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(2)春のおとずれ?

 ヤモリのチョロさんから送られてきた動く光の絵が壁に(うつ)っています。


 その中では…………。


「ヘタレね」

「そうですね」


 残念ながら、エマもターニャの言葉に同意するしかないと思いました。




 壁に映っている、少し困ったような顔で笑っている男の人はエマのお父さんです。


 オリバー・サンテ 三十四歳。

 平民ですが、お城の“歴史編纂室(れきしへんさんしつ)”というところで働いています。


 とても物覚えが良くて、どこの棚に何の資料があるかを全部覚えているので、職場の人たちからは、とても頼りにされているみたいです。


 お父さんは最愛の妻⎯⎯エマのお母さんを、9年前に病気で亡くしました。

 エマが五歳の時です。


 それから、お父さんとエマの二人で頑張ってきました。

 あまり裕福とは言えませんでしたが、とても幸せでした。


 エマが十歳になった時、お父さんが突然再婚することになりました。


 お母さんの薬代のために金貸しから借りたお金がなかなか返せず、その借金の“かた”にとられたお父さんが金貸しのお姉さんの婿にされてしまったのです。


 わかりにくい説明でしたが、金貸しは男の人です。

 けっして、“金貸し()お姉さん”なのではありません。


 お姉さんは夫から離縁されて、二人の娘を連れて実家の弟(金貸し)のところに帰ったところでした。


 新しいお義母(かあ)さんと二人のお義姉(ねえ)さんたちは、そろって家事が苦手で、贅沢が大好きで、来る早々エマのことを召し使いのようにこき使ってくれました。


 お義母さんたちの散財でさらに積み上がる借金返済のため、お父さんは仕事をいくつも掛け持ちして頑張らなければならなくなりました。


 そんなある日、大晦日の夜に小さな魔女様が現れてから、全てが一気に変わってしまったのです。


 エマは“魔女の試し”を突破してお師匠様の弟子になりました。


 このお師匠様がものすごいお金持ちで、お父さんの借金を肩代わりしてくれたのです。

 これからは利息無しで、お師匠様にゆっくり返していけば良いことになりました。


 そしてなんと、お義母さんと前のご主人様との離婚がまだ成立していなかった事が発覚(はっかく)して、お義母さんたち三人も家を出ていくことになったのです。




 けっこうにぎやかだった家にお父さんがひとりぼっちになってしまって、どうしているかと心配していたのですが…………。


 美女がいます。


 とても綺麗な女の人が、かいがいしく、とても楽しそうにお父さんの食事の仕度(したく)をしています。


 女の人は二十歳をいくつか過ぎたくらいでしょうか。

 派手な美貌や色気はありませんが、清楚で知的で落ち着いた大人の女性です。

 春一番に咲く花のような、凛とした美しさを持った人ですね。

 誰なのでしょうか?


 お父さんってじつはモテるの?

 そんなこと、全然知りませんでしたが……。


 エマのお父さんは背は高いのですがヒョロヒョロと頼りない感じの人です。

 茶色の髪にはいつも寝癖がついています。


 顔は、うーん、真面目な顔をしていれば、ハンサムだと思えないこともないんじゃないかな? という感じです。


 もしかしたら娘のひいき目が少しだけ入っているかもしれませんが……。


 指の間から見える二人の様子はまるで十代の初恋のように初々しくて、見ているこちらが恥ずかしくなってしまいます。


 あっ、二人の指が偶然触れて、恥ずかしそうに頬を染めています。

 お姉さんだけじゃなくて、お父さんまで赤くなってるぅ。


 うわあ。うわあ。どうしましょう。

 なんだかものすごく、見てはいけないものを見ているような気がします。


 音や声が聞こえないのが、なんとももどかしい。


 お父さん。そこっ、そこよっ!


 その後、謎の美人さんは、食事を作り終えると慌てたように帰って行ってしまいました。


 一緒に食べて行けば良いのに。


 いいえ、そこはお父さんのほうが誘うべきなんじゃないかしら?


「ヘタレね」

「そうですね」


 冷たい風が部屋の中をヒュウッと吹き抜けました。


「君たちはあい変わらず、いつも楽しそうだね」


 振り向くと、銀の髪の貴公子が立っていました。


「カリナ様? いつの間にいらしてたんですか?」


 銀髪に濃い紫の瞳。背が高く、人形のように整った顔の麗しの王子様に見えるのですが…………。


 じつは魔女。


 それも、年齢400歳を越える“大お婆さん”です。


「呼び鈴を鳴らしたんだが、気づかなかったようだね。ホーさんがドアを開けてくれたんだよ」


 エマはカリナのお茶をいれるために立ち上がりました。


「すみません。魔法の実験に夢中でぜんぜん気づきませんでした」


 ⎯⎯あれ? お師匠様も気づかなかったのかしら?


 エマがターニャのほうを振り向くと、ターニャはツーンとそっぽを向いていましたが、その耳が赤くなっているのが見えました。


 もっと素直に面白いものは面白いと言っても良いんですよ。

 お師匠様はけっこうかわいい人なのです。


 エマはカリナとうなずき合い、見なかったことにしました。


 こういうところを指摘すると、拗ねて何を始めるかわかりませんからね。


 エマのお師匠様はけっこう繊細で、とってもめんどくさい人でもあるのです。


「お土産だよ」


 カリナ様はいつも手作りのお菓子をお土産に持ってきてくださいます。

 “カリナ様の手作り”ではないですよ。

 家に専属の料理人がいるのです。


「あら?」


 今日はいつものおしゃれな箱の他にもうひとつ、素朴な感じの紙の袋がありました。


「王都薬草園謹製(きんせい)(みやこ)名物(めいぶつ)ガマトリオクッキー?」


 薬草園でお菓子を売っているなんて知りませんでした。

 女性の冷え性に効く薬草入りだそうです。


「行列ができていたので買ってみた。エディからは新作のお菓子は必ず手に入れるように頼まれているからね」


 エディさんというのがカリナ様の家の料理人さんです。

 カリナ様に命じられて、日々、美味しいお菓子作りにはげんでいる人です。それというのも⎯⎯。



 ああ、今ちょうどカリナ様がお師匠様を確保して抱き上げたところですね。


 エマはすかさずテーブルにお茶を用意します。

 お菓子はカリナ様のお持たせで、クッキーとエディさんの新作ケーキです。


 カリナ様がとても幸せそうなお顔で、自分の膝の上に座らせたお師匠様に手ずからお菓子を食べさせています。


 カリナ様は甘いものと可愛いものが大好きなんです。

「こういう時間が何よりの癒し」だと、よくおっしゃいます。


 一方のお師匠様も、文句を言いながらも逃げないのはカリナ様が持ってくるお菓子が楽しみだからなんです。


 お師匠様、甘いものが大っっ好きですからね。

 それに、エディさんの作るお菓子は本当に美味しいんです。

 エマも同じ物を作ってみますが、どうしてもあの味は出せません。


 ようするに、カリナ様によるお師匠様の“餌付け”ですよね。


 カリナ様には“氷の人形”という異名があります。


 氷の魔法を得意にしていることもあるのでしょう。


 でもそれだけではなく、冷たい無表情と鋭い目付き、そして氷りつきそうな声と言葉で敵対する相手を震え上がらせる恐ろしい魔女だと言われているのです。


 でも、この家に来ている時は別人です。

 本当のカリナ様は可愛いものが大好きな優しい(かた)なんですよ。



 世界魔女会議事務局局長という肩書きを持つカリナ様はとても忙しくて、これから当分の間、お休みが取れないのだそうです。


 なんでも、南の遠い国で伝染病が発生したのだとか、局長様は大変ですね。


 カリナ様を見送るお師匠様の少し寂しそうな様子に、カリナ様はとても嬉しそうでしたけれど…………。


 お師匠様? カリナ様を気づかっているのですよね?


 “しばらくエディさんのお菓子が食べられない”のを残念がっているわけじゃないですよね?


 賢いエマは、余計なことは口にせず、ニッコリ笑ってカリナを見送ったのでした。






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