3.終点まで
『未来号』は、しばらく時速三百キロ近いスピードで走っていた。
その間、乗客たちは四季の風景について、繰り返し話し込んでいる。
「空はどこまで続いているの?」
「月はどうやって浮かんでいるの?」
「川の中の魚は、本当に生きているの?」
「どうしていろんな虫がいるの?」
景色どころではない質問も、多かったけれども。
アナウンスが流れた。
「そろそろ都心に入ります。トンネルを一度抜けますので、ぜひ車窓をご覧ください」
子どもたちが騒ぎ出す。奥から光が漏れてくる。
トンネルを出た瞬間、様々なビル群が見えてきた。
高層ビルや高い塔がいくつもいくつも建ち並んでいる。建物の谷間には、ミニチュアのような車や人が動いている。
高架上の特急列車からは、まるでパノラマのような都会の風景が広がっていた。
「すごい人だね。みんな違う服を着ている」
確かに年齢に関係なく、乗客たちは似たような機能的な服を着ている。
今は、色も形も数が限られているのだ。それを見慣れている子どもたちには、窓の外の人たちはとても派手で不思議に思えるのだろう。
「ビルもみんな違う。形も色も大きさも、いろんなものがあるんだね」
少し年上の女の子が話すと、隣のお年寄りは自慢した。
「おじいちゃんだって、昔はこういうところで働いていたんだよ」
「すごいなあ」
「いや、たくさんの人がそうやって、仕事をしていたんだよ」
祖父は、孫の言葉にやや照れた。
再びトンネルに入った。都心の景色はさっと消えてしまった。同じようなコンクリートの壁がまた続くのかと思いきや、どこか感じが違う。
列車は減速したままだ。トンネル内部には、等間隔にぽつんぽつんと小さな明かりが灯っている。
「間もなく、駅に到着いたします。この列車のドアは開きませんので、ご了承ください」
「え、駅って? まだ着いていないのに、駅があるの?」
子どもたちから疑問の声が次々と出てくる。
事情を知っているお年寄りたちは「まあ見ていてごらんよ」と笑顔ではぐらかすだけだ。
更にスピードを落とすと、前方から明かりがやってきた。
今度は、はっきりと人工的な光源だ。
列車はホームにゆるやかに入って、停止した。
「止まった止まった。ここが駅なの?」
不思議がって、どの子も駅の周囲を見渡した。ホームがいくつか並んでいる。都心で見たような人影もある。
すると、遠くから規則正しい機械音が響いてきた。コトンコトンという音に、子どもたちはやっと分かってきた。
「他の列車じゃないの?」
見たことのない形の青い特急列車だった。先頭は、大きな窓が前面についている展望車。車両はあっという間に駅を通過していった。すると、また別の、赤い色の鉄道が駅を通り過ぎていく。
「いろんな列車が通るんだね。線路がたくさんあるよ」
「さっきの特急は、どこへ行くんだろう」
「どんな町があるのかな」
子どもたちは、いろいろと想像を巡らせている様子だ。少しは世界の広さが分かってきたかもしれない。
出発するころになって、遠くのホームに、同じような金色の流線型の特急車両が近づいてくるのが見えた。
「『希望号』だって。帰りの列車じゃないの!」
その鉄道は、ホームに同じように止まった。向こうにも、子どもとお年寄りが乗っている。
「反対から来た人たちだ」
子どもたちはもちろん年配の者たちも、全員がその列車に向かって手を振った。向こうの人たちも同じように手を振り返す。
どちらも車両から降りることはないが、短い間に熱心な交流を重ねていた。
『未来号』は先へ向かって、ゆっくりと動き出す。
「さようなら。またどこかで会えるよね」
小さな乗客たちの声が響いた。
「僕は、あの特急に乗ってみたいな」
「私は、別の列車で遠い町へ行ってみたいな」
子どもたちは、しばらくの間、駅での出来事を振り返っていた。その様子を、老人たちはにこにこと笑って見守っている。
列車はその後、トンネルの中を速いスピードを保ちながら、走っていった。幼い者も老いた者もそれぞれ見たことを話し合い、時には飲食をとりながら楽しく過ごしていた。
列車はスピードを緩めた。
「間もなく、トンネルを通りながら、時折車窓が覗けますので、ご覧ください」
「そろそろかな」
お年寄りたちが、目を合わせて頷く。
「どんな具合いになったかな。うちはトンネルを七つ抜けたくらいらしい」
「うちは、十三だって聞いた。数え間違えないようにしなくては」
「大丈夫。ずっと見ていれば、間違えっこないさ」
「それもそうだな。写真どおりだといいな」
トンネルを抜けると、また風景が広がった。今度は、自然豊かな場所でも都心のビル街でもない。何の変哲もない光景だった。
どこにでもあるような街並み、山や川、田畑や建物。時にはお城などが見えることもあった。公民館や学校などの施設、商店街、駅前の風景もある。何よりごく普通の家々が並んで建っていた。
徐行運転をしているものの、すぐにトンネルに入って、また出るということを繰り返している。トンネルを挟んで見える情景は、相変わらず、どこにでもあるような平凡な物ばかりだ。
それは、どこまでも同じように続く。ただ、一つとして同じものはなかった。
ありふれた風景の中を、『未来号』はゆっくりと進んでいき、やがてまた長い長いトンネルに入った。
間もなく終点がやってきた。列車は緩やかにホームへ入っていく。
降りるところも地下のようで、乗ったところと場所としての変わり映えはほとんどなかった。
それでも、子どもたちは新しい都市に胸をどきどきさせている。
一方、老人たちは目に涙を浮かべていた。
「あった、あった。そっくりだった」
「うちもあったよ。本当にそっくりそのままだったな」
懐かしさに溢れた声ばかりだった。
「わたしの住んでいた街も、ちゃんとあったよ」
「窓の向こうにあるって思うだけで、何だか胸がいっぱいだわ」
「そうだね。よかったね」
口々に話す中を、駅長がやってきた。
「このたびは、観光特急『未来号』にご乗車いただきまして、誠にありがとうございました。終点のD-4市です。D-3市からお越しの皆様を心より歓迎いたします」
D-4市の市長も挨拶に来ると、告げた。
「皆様には、これからD-4市を一日観光していただきます。皆様のお住まいの都市との違いなどを教えていただければと思っています。何しろ初めての他の市民との交流ですから、どんなことでもおっしゃってください。今夜はこちらにお泊りいただき、明日また特別観光特急にご乗車になってお帰りください。皆様がこの都市を訪れることを、心より歓迎申し上げます」
D-3市とD-4市は、地下深くに建てられているドーム型の都市だ。数百キロ離れているとはいえ、隣どうしだった。今は地底のトンネルでつながっている。
この鉄道の敷設により、やっと行き来ができるようになっていた。
今回初めて一般の市民が特別列車で行き、隣の市を見学できることになったのだ。