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2.四季の風景

 ぱっと、外が明るくなった。

 トンネルの灰色の壁が後ろへと流れていく。電車は徐々に減速していたが、今はとてもゆっくりと進んでいる。


 窓に飛び込んできたのは、桜並木だった。


「うわあ、すごいピンク色。いっぱいだ」


 列車のすぐそばを川が流れていて、それに沿ってずっと桜の木が続いていた。

 季節は春。桜の花が満開に咲き誇っている。


「あっ、何か飛んできた」


 淡い紅色の花びらが一つ二つ降りてくる。強い風が吹いて、次々と窓辺に寄り集まって舞い上がった。

 子どもたちは驚きの言葉を発する。


 川沿いの情景は、そのまま続いていた。

 菜の花の黄色い畑がところどころにある。蓮華の濃いピンクの花が草むらに点々と咲いていた。タンポポの綿毛がふわふわと舞い跳ぶ。春ののどかな光景だった。


「間もなくトンネルに入ります」


 アナウンスがあり、しばらくすると桜並木はコンクリートの壁の向こうへ消え去った。

 列車は再びスピードを上げた。


 乗客たちは、年若い者も高齢の者も、今見た風景に胸を躍らせていた。


「窓の外、すごかったね。あんなに長い川とたくさんの木が並んでいるなんて」


 男の子が目を輝かせている。


「そうだね。いい春の景色だったね。今度は夏の風景だよ。面白そうだね」


 おじいさんは、孫に向かってにっこり微笑んだ。




 しばらくして、また音楽が流れ、アナウンスがあった。


「間もなく、トンネルを抜けます。窓の外をぜひご覧ください」


「おばあちゃん、また外が見えるって」


 女の子が大きな声で、祖母に話しかける。

 車内は、ざわざわと騒がしくなった。


「そろそろ車内の気温を上げる演出も行いますので、皆様ぜひ暑い感覚も味わってください。衣服の調節や水分の補給などのご用意も合わせてお願いいたします」


 抽選前から聞いていたことだったので、乗客たちはすぐに準備を始める。上着を脱いで、似通った半袖のシャツ一枚になった。

 徐々に車内は暑くなってくる。そうして、向こうから明るい光がやってきた。




 トンネルを抜けると、そこは真夏だった。


 列車は、赤い鉄橋を渡っている。青い海のすぐ上を、スピードを落として走っていた。

 太陽がぎらぎらと照りつけ、海は光輝いていた。白いさざ波が繰り返し浜辺に打ち寄せる音が聞こえてくる。暖かい風がどこからともなく吹いてきて、車内に潮の匂いが立ち込めた。


「暑いなあ」


 年嵩の男の子が、おばあさんからパンフレットをもらって、仰ぎ始めた。


 入道雲が沸き上がる空を、二羽のカモメがすうっと飛んでいく。海を渡った先には、ひまわり畑が広がっていた。


「うわあ、たくさん咲いているよ」


 続いて夏の花々が色とりどりに咲き乱れて、丘を埋め尽くしていた。周囲の木々は深い緑色で、セミの鳴き声が響き始める。


「何これ。すごくうるさいんだけど」


 幼い男の子が文句を言うと、周りのお年寄りたちが声を立てて笑った。


「いろんなのがいっぱいいるんだねぇ」


 虫や草花などが珍しくて、年少者たちはいちいち声を上げるのだった。


 やがて、アナウンスが響き、トンネルの向こうに、夏の風景もセミの鳴き声も消えていった。

 列車は再び速度を上げ、走り続けていく。




 長いトンネルを次に抜けた先は、秋の真っ盛りだった。

 山の木々が、黄色やオレンジ、赤い色に染まっている。真っ赤な紅葉の葉が、車窓のそばまでひらひらと舞い降りてきた。水田には稲穂が実り、風にさわさわと揺れていた。


 ここでは、夕焼け空が広がっている。


「空、どうしたの? 青くないよ」


 目を丸くして訊く子もいた。

 やがて、細かな虫の鳴き声が聞こえてきた。


「さっきよりうるさくない虫だね」

「そうだね。秋の夜は、こんな虫の声がよく響いていたものさ」


 おばあさんが懐かしそうに話すと、隣にいたおじいさんが、優しく連れ合いの手をとった。

 夕焼け空の反対側には、そろそろ藍色の空が降りてきていて、大きな満月がぽっかりと浮かんでいた。


 やがてそんな情景も、トンネルの向こうへと過ぎ去った。




 次にトンネルを抜けるときには、皆同じような厚手のコートを着込んでいた。

 光とともにやってきたのは、冬の風景。夜闇の中に、一面に広がる雪景色だった。

 遠くの山々まで、何もかも白く覆われていた。湖に湛えられた水が、白く凍りついている。木々はすべて葉を落とし、真っ白い雪をかぶっていた。そんな銀世界を、ぴょんぴょんと兎が跳ねていった。


 集落の明かりが、ぽつりぽつりと見えてくる。


「何、あれ」


 女の子が指差したのは、一軒の家のそばに残っている雪だるまだった。


「ああやって、雪のだるまを作って、遊んだものだよ」


 おじいさんが子どものころを思い出して話し、隣のおばあさんが小さく頷いた。


「雪の寒い日だって、みんな外でよく遊んだものよ」


 その言葉に、女の子は「ふーん」と半分不思議そうに相槌を打った。


 やがて列車は、雪の世界からトンネルの中へ入っていく。人々はコートを脱いで、また車内の世界に戻っていった。




「半分くらい進んだかな」


 時刻を確かめると、行程のちょうど半ばほどの時間が経っていた。

 パンフレットを眺めながら、男の子は尋ねる。


「ええと、四季の風景は終わったんだよね」

「そうだね。もう少ししたら、次の放送があるよ。今度トンネルを出るのも、楽しみだね」


 孫の質問に、祖母はゆっくりと答えた。


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