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生まれ育ちの話

 正くんは言う。

「僕は、発達障害ですよ」

 おじさん。

「どうして、そう思うのかな?」

 正くん。

「テレビで、見たんです。

 発達障害だと診断されたある女の子の話。

 学校の人間関係が次第に苦痛になってしまって。

 学校に通うことをやめて、家にいても心が追い詰められていって」


 正くんは言う。

「僕、わかるんです。

 他の生徒達に阻害されている感覚というか。

 みなが分かり合えているのに、自分は分かり合えていないというか。

 自分だけがまるで異物で。突然、怒られてしまったり。

 共にいても、自分は合わせて笑っているようなことばかりで。

 そんな苦しみが最近は増えていて、人が怖くなりつつある。

 いつか僕も学校に来るのをやめてしまって、取り返しのつかない不幸な人生になっていくんじゃないかなって、不安を感じてます」


 おじさんは言う。

「なるほど。

 社会生活、ここでは学校生活に、適応できていないわけだね。

 ここで、『適応できていない』とはつまり、神経に精神的なストレスが生じている状態を言っています。

 つまり、表面上、もし形だけうまくできても、君自身の心に大きな苦しみが生じつづけていたなら、やがて心身に不調が現れてくるものだからね。

 実際には君は、自分で思うよりずっと、学校生活に適応できているのかもしれない。

 でも私は、君のその主観的な苦しみを過小評価することはしません」


 おじさんは言う。

「社会生活に適応できていないとは、一般に、程度問題でしょう。

 つまり、大多数の人々が社会生活に適応できていることと、暗黙に対比されます。

 社会生活に適応できないことの原因は、次の2種類に大別して考えることができるでしょう。

 つまり、生まれ持った先天的な要因と、生まれ落ちてからの、家庭環境や怪我などの環境要因です。『後天的な』要因と呼んでもいい。

 言っておきますが。

 社会不適応症状が見られた場合に、それが先天的要因によるものか、環境要因によるものなのかを、正しく分類するための機械的な方法は存在しません」


 正くんは言う。

「僕の場合は、次第に周囲との違いを感じるようになってきましたし、育った家庭の影響ではなく、僕自身の生まれつきの性質が関係していると感じています」


 おじさんは言う。

「社会不適応症状が存在し、少なくともその自覚が存在して、さらにそこに苦しみがあるのであれば、それは要因によらず、治療すべき現象かもしれない。

 そしてまた、治療するために、その症状をもたらしている因果関係や要因は、調査し分析されるべきものかもしれない。

 しかし世の中には、実際には環境要因である性質や苦しみについて、自分の生まれつきの性質だと誤解したまま、過度に自分を責めつづけて生きる生涯もあります。

 また一方では、実際には生まれつきの仕方ない性質や苦しみでありながら、育った家庭や環境に対し、過度に恨みつづけたり、過度に感謝しつづけて生きる生涯もあります。

 ただし世間というものは、人のせいにしたがるものです。

 世間というものは、不幸については自己責任に押しつけようとするものです。

 君は、自分がアスペだと言う。

 だから私は、君をアスペだとして話を進めるかもしれない。

 しかし実際には、私には君が先天的にアスペかどうか、知りようがない。

 それはおそらく、君自身にとってもそのはずです。

 そんな、多角的な視点も、決して忘れてはほしくない」


 正くんは言う。

「おじさんが言う意味はわかりますよ。

 僕自身、生まれてすぐの時期の記憶などまったくない。

 幼い頃の日々にあった一つ一つの出来事が、僕の今の人格形成に影響したはずだし。

 僕の今日の、学校生活の悩みについて、環境の要因がないとまでとても言い切ることはできません。

 でもね、おじさん。

 僕自身が毎日のように感じている感触は、とても現実的なものです。

 他者の心についての違和感。思考のロジックに対する異物感。

 ときにそれは、嫌悪感だとすら言ってもいい。

 僕が、多くの人の間にあって、多くの人のように笑ったり泣いたりして、心のなかまで多くの人と同様であること。そんなことはきっと、未来永劫、起こらない」


 正くんは言う。

「そして。

 もしも後天的な要因によって僕に何らかの欠陥が生じていたとしても。

 正しく自覚した程度でそれが解決可能だとは限らない。

 だとすれば、そんな欠陥すら含めて僕であるにほかならないから。

 だから僕は、自分自身の発達障害に向き合わねばならない。

 そう思ってます」

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