表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺はドラ息子  作者: 塩幸参止
5/35

第一章・その4

        2




「で、要するに、どういうことなんだよ」


 気絶した冴子を女子寮の前で寝かしつけ、ピンポンダッシュでトンズラこいた俺たちは、近くのファミレスに飛びこんでいた。俺の住んでいる男子寮は沙織をつれていけないし、ルームメイトの葛城もいる。沙織の催眠術で葛城を部屋から追いだすのは気がひけた。


 俺の前に座った沙織はモジモジしていた。――なんて言ったらいいのか、好きな人を呼びだして、これから告白する前の女子高校生って感じである。


「わたくしたちは、未来を誓い合った仲だったのです」


 またすごい爆弾発言から話がはじまった。


「わたくしも嬉しかったのです。風間家の殿下と結ばれるなど」


「待て待て待て。俺は普通の人間なんだけど」


「何をおっしゃいます、このような、まぶしいほどの呪詛の力を身に秘めながら」


 キラキラした目で沙織が俺を見つめてきた。吸血鬼にしかわからない、特殊な何かが見えるらしい。俺はファミレスのなかを見まわした。俺たちの会話を聞いている人間はいない。ま、そりゃそうだろう。俺はホッとなった。


「あのな、一から説明してくれ。えーと沙織さんだったよな」


「沙織でかまいません」


「じゃ、沙織。質問なんだけど、その、婚約者っていう風間家の大吸血鬼の息子が、どうして俺なんだ?」


「瓜ふたつだからです。呪詛の力も、かつて私の見た、あの、震えるほどの力を秘めていらっしゃいます」


「あそ。じゃ、いい。それはわかった。で、話しぶりからすると、その殿下ってのは、ちょっと行方不明になっていたみたいだな。どれくらいだ? 一〇〇年か?」


 一〇〇年だったら俺は他人の空似である。吸血鬼は無限に生きるって言うから、生まれ変わりとか言ってくる危険もあるが、それは白を切るしかない。というか、最低でも十八年前って言って欲しかったんだが、沙織は俺の期待に応えてくれなかった。


「二年前です」


「ふうん」


 俺はちょっと考えた。ま、それでも、他人の空似で間違いない。


「あのな。二年前って言うと、俺は中学三年生だった。普通に人間として生活してたんだよ。だから、悪いけど、俺はそんな、殿下とか呼ばれるような存在じゃないんだ」


「え」


 俺の説明に、沙織が意外そうな顔をした。


「そんなはずはありません。だって、生き写しとしか言いようがない、このようなお顔で、殿下ではないなどと」


「だって仕方がないだろう。俺は二年前、高校受験で勉強していた。――していたはずだ」


 俺は自分で言ってて、妙なことに気づいた。あれ?


 俺の顔を見ていた沙織が、少し心配そうな表情をした。


「どうかなさったのですか、殿下?」


「俺の名前は光沢鉄郎だ」


 返事をしながら、俺は自分の過去の記憶を思い返そうと必死になっていた。――なぜ、中学校の名前が思いだせない? その当時の担任は? クラスメートは? 俺が覚えているのは、高校にあがってからのことだけだ。というか、なぜ、そもそも、そのことに疑問を持たなかったのか?


「あの、殿下?」


 沙織の声は、聞き覚えのある、懐かしいものだった。いや、どういうことだ。沙織は吸血鬼で、しかも初対面だ。懐かしいどころか、悲鳴をあげて逃げだすのが本当だろう。――そもそも、なぜおれは沙織を恐れないのだ?


「ひょっとして、殿下、わたくしのことを思いだしてくださったのですか?」


「黙れ」


「あ、もうしわけありません」


「謝らなくていい。ただ、いま、頭がグルグルして、整理するのに必死なんだ」


 俺は頭を押さえた。俺は男子寮に通っている。中学まではそうじゃなかったはずだ。一緒に住んでいた親は――親は誰だ?


『前の実験体は我らに対抗し、人間の世界で生きた。今回はうまく行くといいが』


 知らない奴の言葉がよぎった。実験とはなんだ? なぜ、この俺を実験に使う。俺が神祖の血をひくものだからか? なんだこの会話は?


「――待てよ。だんだん、思いだしてきたぞ」


 俺は頭から手を離し、顔をあげた。沙織が真剣な顔つきで俺を見据えている。


 かつて、見た顔だった。


「そうだ。二年前だ。俺は実際に十五歳で、おまえと一緒にいたんだ」


 俺は沙織を見ながらつぶやいた。




「あのときの俺は、確かに吸血鬼だった」




 俺の独り言に、沙織が嬉しそうにした。笑顔の口元から牙がのぞく。この娘の悪い癖だった。


「またでてるぞ。人間と一緒にいる間は気をつけろ」


「あ、はい。失礼しました」


 沙織が慌てて口元を押さえた。まあ、見ている人間もいないから、いいとしよう。俺は視線を横に逸らせた。もう完全な夜である。浮足立つような、この高揚感。いままで、なぜ俺はこれを忘れていたのだろうか。


「それで、俺はおまえと一緒にいたんだ。でも、どうも気に入らないことがあってな。確か、どいつもこいつも俺のことを風間家の跡継ぎって目で見て、俺自身のことはどうでもいいって感じだから、何か手柄を立ててやろうと思ったんだ。それで、ひとりで魔族討伐に行ったんだ」


 沙織のほうにむきなおりながら、俺はそこまで言った。


 ――俺が覚えているのはそこまでだった。


「それで、気がついたら、俺は人間として高校生活を送っていたんだ」


「やはり、思いだしてくださったのですね」


 俺を見ながら、沙織が涙ぐんだ。気持ちはわかる。婚前交渉――と言うほどでもないが、互いに血を吸ったりした仲だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ