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俺はドラ息子  作者: 塩幸参止
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第一章・その2

 俺は校舎をでた。今日は天気がいい。夕焼けが綺麗だ。これなら大丈夫だろう。曇りの日は、冗談抜きに吸血鬼がでるからな。


「どうして、そんなに目立つ行動をとるのよ?」


 校門をでて、いつもの道を歩く途中で冴子が訊いてきた。これも、いつもの質問だな。いつもの返事を言うしかない。


「俺は人間だからな。人間なら、人間らしい行動をとるものだろう。だから、悪い奴がいたら粛正する。何か問題があるか?」


「いつも問題だらけじゃない。変なの」


「変か?」


「すっごく変。普通の人間は、自分は人間だ。なんて言わないよ」


「それは俺もわかる」


 俺は人間だ。――これは俺の口癖みたいなものだった。どういう経緯でこういう口癖が身についたのか、俺にもわからない。いつから言いはじめたのかもだ。たぶん、昔からである。もう忘れてしまった。


「それに、光沢が、中学のときに、どんなだったかも教えてくれないし。なんで教えてくれないの?」


「人のことを、そうやってガタガタ調べようとするもんじゃないぞ。俺だって言いたくないことくらいはある」


「そりゃ、そうだけど。私は」


「逆に俺から質問だ。どうして、そうやって、俺にばかりからむんだ?」


 冴子の言葉を遮って、俺は訊いてみた。これも、帰り道によく繰り返す、俺たちの定番の会話だった。冴子が俺を見あげたまま、ちょっと口を閉じる。


「それは、さ。ほら、あのさ」


 いつものように、冴子が誤魔化しにかかった。これ以上、突っ込むのはなしだな。話は終了。あとは、商店街から公園を抜けて、冴子の女子寮まで行けばいいだけだった。これも、いつもの日常である。


 本日は、そうならなかった。


「あの、光沢? 何かおかしくない?」


 商店街から公園に行った俺は、冴子の言葉で顔をあげた。――冴子の言うとおりだった。おかしい。なんだ、この明るさは?


「これ、太陽の光じゃないよね」


 冴子の言葉には怯えが含まれていた。確かに、これは陽光じゃない。とはいえ、LEDでも蛍光灯でもない。いまは夕焼けのはずだ。そして、上空から降りてきた、白い霧。霧に覆われているのに明るすぎる。自然界にはありえない現象が目の前で起こっていた。


 俺の腕を冴子がつかんできた。


「まさか、忘却の時刻?」


 冴子の声は震えていた。気持ちはわかる。忘却の時刻――魔族の生みだす異空間だ。当然、それをつくりだした魔族も、ここにいることになる。聞いた話だと、最低レベルで虎と殺し合いができるとか。


「まさか、こんな東京に、魔族がくるわけないだろう」


 冴子に言い聞かせ――実は、自分にも言い聞かせていた――俺は冴子の手をつかみ、俺の腕から離した。俺の視界の隅で、冴子が俺を見あげてくる。


「あの、光沢?」


「後ろに下がってろ。何かあったら、俺のことはいいから大急ぎで逃げだせ」


 こういうとき、人間ならどうする? 男は女性を守って行動する。それが基本のはずだ。俺が持っているカバンは皮製だったな。これに噛み付いてくれればいいんだが。それにしても、十七年の人生だったか。――何も言葉がでてこない。辞世の句もなしか。ま、いいさ。俺は最後まで、人間らしく生きた。


「うっ」


 俺の横で、冴子の短い声が聞こえた。ばたっと音がする。魔族の瘴気にやられたらしい。くそ、走って逃げろは手遅れだったか。俺はただじゃ死なねえぞ。考えながら胸ポケットからボールペンをだす。


「きな。それとも、人間の言葉もわからない下等種なのか?」


 目玉にボールペンでも突き刺してやれば、少しは痛がるだろう。人間が、ただ食われる餌だけじゃないって教えてやる。


「ぐるるるる」


 俺の言葉が理解できたのか、霧の彼方から、黒い、獣のような、何かが姿をあらわした。何かとしか言いようがない。最低でも虎と同じ戦闘力とは聞いていたが、ずいぶんと形は違うもんだな。なんだ、あのくちばしは。いや、ついてる位置からすると、あっちが触覚か。


 俺はカバンを盾にしながら、右手に持ったボールペンをかまえた。魔族を相手にである。窮鼠猫を噛むとはこのことだった。


「はじめるか」


 俺の宣言と同時に、見たこともない獣の形をした魔族が姿勢を変えた。あれは、突進する前の勢いづけか。身体を低くし、それでも、前足――じゃなくて、触手と形容する方が的確だな。それを振りかぶる。エレメンタルに目覚めているわけでもない俺の勝てる可能性、ゼロパーセント。あばよ。世界の何もかも。


 俺が死ぬ覚悟でボールペンを握る手に力をこめたときだった。


「GIEEEEIIIGYAAAAAAGWAAAAAAAAAAEIIIIIIII!!」


 その魔族が、すさまじい雄たけびを上げてのけぞった。いや、雄たけびではない。これは悲鳴だ。ビビりながら後ずさりし、俺は気づいた。魔族の背中に、さっきまでいなかった黒い影がいる! 魔族がランドセルを背負ってるんじゃない。何かが張り付いて、俺に理解できない、何かをしているのだ。それで魔族は苦しんでいるらしい。


 魔族が痙攣して、地面に倒れ伏すまで、五秒ほどだった。


「おまえは――」


 俺は、倒れ伏した魔族に、いまだにしがみついている黒い影に声をかけた。いや、詰問は失敗だったか? みるみる汚泥と化していく魔族から身体を起こした黒い影が俺に目をむけた。――驚いた。外見は、俺たちと同じ、普通の人間の、しかも美少女である。病的なほど肌の色は白かったが。いや、これは白すぎる。アルビノか? 瞳も赤い。口からのぞく犬歯は異様に尖っていた。少しして気づいた。こいつは吸血鬼だ。

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