第三章・その6
「おはよ」
「おう」
「おはようございます」
冴子のあいさつに、俺と沙織が返事をした。冴子は、どういうわけだか敵意に満ちた目で俺を見据えている。なんか少し怖え。
「なんだその眼は?」
「ちょっと質問」
冴子が人差し指を立てた。質問はひとつってことらしい。
「私、なんで昨日も記憶がないの?」
「は? ――あ、そうか」
「あ、そうかってどういうこと?」
冴子の目がヤバい。どうも、またもや勘違いをしているようだった。俺は忙しいっていうのに。
「一日だけなら、まだ信用もしたけど。二日連続で記憶ないってどういうこと? マジでルーフィー飲ませたの? 私のことレイプしたの?」
沙織がそばにいるのにスゲー言いようだった。あきれる俺の横で沙織の表情が変わる。
「そんな。光沢さんが、そのようなことをするわけがないではありませんか」
あわてたようにフォローする沙織のほうを冴子がむいた。
「おはよ。なんでそう思うの?」
「だって、光沢さんが望みさえすれば、性の処理など、いくらでも」
「まあまあ」
とんでもない説明をはじめた沙織を俺は遮った。あらためて冴子が俺のほうをむく。
「何よ、いまの? ひょっとして、本当に悪いことしてるんじゃないでしょうね?」
「するわけないだろうが。信じられないなら風呂場で裸になって鏡で自分の身体を確認して見ろ」
「え、何それ最低。セクハラのつもり?」
「レイプがどうとか言いだしたのはどっちだよ」
「それは、あんたと一緒にいたら記憶が飛ぶから変だと思って――」
「あ、ちょっと待った」
俺は冴子の言葉をとめ、右手をポケットに突っこんだ。マナーモードで振動するスマホをとりだす。
相手はダイアナだった。
「悪い、ちょっと電話が。この話はまた今度」
「待ちなさいよ。そんな手には乗らないわよ」
スマホを顔に当てながら逃げようとする俺の後ろを冴子が追いかけてきた。もちろん沙織もである。
「いや本当なんだけど」
「だったら、ここで話してみなさいよ」
「あのな、世のなかにはプライベートってもんが」
困り果てた俺が沙織のほうをむくと、驚いたことに沙織も聞きたそうな顔をしていた。
「どなたとお話をされるのでしょうか?」
少し心配そうな顔で聞いてくる。女の独占欲はすごいな。俺が、自分の知らない誰かと会話するのが我慢ならないらしい。
「昨日、ちょっと知り合った奴とな。
仕方がないから、俺は沙織たちの前でダイアナと話すことにした。
「もしもし?」
『おはよう。私だ』
「わかるよ。それで、朝からなんだ?」
『実は、今日の夜、また会いたいと思ったのでな』
「お、そうか」
俺は沙織のほうを見ながらうなずいた。
「それでな」
『実は、日本のエレメンタル同盟から聞いた話なんだがな。今夜、この街の吸血鬼どもが魔族と戦うそうなんだ。実にいいタイミングだ』
沙織と冴子に聞こえる声量でダイアナが説明しはじめた。実に悪いタイミングである。
『そこで、その戦いに乗じて、貴様と私が乗りこんで、リリスを救出しようと思う。今回は、私もエレメンタルに頼るだけではなく、魔道具を持って行くぞ。まあ、それでも吸血鬼どもを片付けるのは難しいとは思うがな。ある程度は、なんとかできると思う』
「へえ」
俺の前で、冴子と沙織が黙って聞いていた。前者は電波を見る目で、後者は驚愕の表情である。
『もちろん、むこうの行動がきちんと把握できていないから、これ以上の作戦は建てようがないが。ただ、急に言われたら、貴様も動揺すると思って、いまのうちに連絡を入れておいた。夜までには覚悟を決めておいてくれ』
「いまの時点でものすごく動揺しまくってるよ」
『それは日本語でヘタレと言うのではないか?』
「人間なんてそんなもんだ」
『人間と吸血鬼の混血のダンピールが何を言う』
笑いながらダイアナが言う。冴子がギョッという顔をした。
「あのな。俺、これから授業なんだ。難しい話は、また今度な」
『ああ、そうか。それは失礼をした。では、夕方。私の家にきてほしい』
「じゃ、またな」
俺はスマホを切った。冴子と沙織を交互に見る。
「あのな。いまのは」
「光沢さん、どういうことなのでしょうか?」
「あんた馬鹿じゃないの?」
沙織と冴子の質問は当然のものだった。
「実を言うと、まるで人の言うことを聞かない奴と知り合ってな。勝手な思いこみで一方的にものを言ってきて」
「それで、吸血鬼と戦ってリリスを救出するというのは――」
「あんた、吸血鬼と人間の混血だって嘘吐いて誰かを騙したの? そういう神秘的なのって、誰かをナンパするのに行ける手かもね」
沙織が悲しそうに訊いてきて、冴子が嫌味たっぷりな調子で言ってきた。
「この最低野郎」
「俺は嘘なんか吐いてない。むこうが勝手に勘違いして、俺の説明を聞いてくれないんだよ。いまのおまえと同じだ」
冴子に言い、つづいて俺は沙織のほうをむいた。
「とりあえず、夜はなんとかするから」
「どうやってでしょうか?」
「それはこれから考える」
俺はスマホをポケットにしまい、教室にむかって歩きだした。
「待ちなさいよ。逃げるの?」
「もうすぐ授業だぞ。学校では授業を受けるのが俺たちの仕事だ」
「そんな言い訳が通用するとでも」
「冴子さん、ここは光沢さんの言うことが正しいです」
まだ噛みつきにかかる冴子を沙織がなだめた。
「とにかく教室に戻りましょう」
「ふうん。――まあいいわ。新聞部としての行動は放課後にしておくから。これはおもしろい記事になるでしょうね」
「そりゃ困ったな。夕方になったら、あらためて記憶をなくしてもらうか」
「なんですって」
イラついてたから、ちっとばかし嫌味ったらしく言ってやったら、俺の背後を歩く冴子の気配が一変した。
「あんた、やっぱり、私に何か薬を盛って」
「そんなんじゃねえよ。精神衛生上、多少の不安を持って人生を送ることにはなると思うが、何も後遺症は残らないから安心して生きていけ」




