勇者、頭を下げる
ハリセン……。
それは張り倒すための扇子。
軽やかな響き渡る音を奏でる武器だが、その攻撃力は乏しい。
最果ての街では各家庭に一個はある常備品。
何が起きたかは想像するに容易いが、頭を抑えるお義父さんと顔を合わせづらい。
用意された座布団に座るが、俺の視線は目の前のテーブルに釘付けだ。
「……ネスレ様」
フラウアに服の裾を引っ張られ、上目遣いから覗くように顔をあげると、睨みつけるお義父さんと目が合ってしまった。
痛烈な憎しみの瞳。
断言しよう。魔王の目力の方が可愛いかったと。
だが俺も勇者として魔王を倒し者。
これ以上フラウアにカッコ悪い姿を見せる訳にはいかない!
震える身体を抑え込み、少し後ろに下がると床に手を突き頭を下げる。
「む、娘さんと、け、結婚を前提にお付き合いはひぇてくだはい!」
くっ、ダメだ。
呂律が回らない。
そして今迄に感じたことない怒りの波動が、ピリピリと伝わってくる。
「あぁーん? 今なんて言った? 叩き殺すぞこのガキャ『スパァーン!』ーー!?」
またしても乾いた音が鳴り響くと、ボソボソと「か、かぁさん、ち、ちょっと」と弱々しい声がする。
思わず笑いが込み上げるが、腹に力を入れ必至に堪える。
巧妙な罠だ。
ここで笑えば俺の印象は最悪のものになる。
勇者の豆知識⑤
勇者の聴覚は異常に発達している。
戦闘における音は重大なキーポイントであり、勇者は音だけで相手の動きぐ分かるという。
後日勇者は語った……。
お義母さんのハリセン。
予備動作を感じる事なく、その音が事実だけを教えてくれたと。
正直躱せる自信はないと。