54 声息
「ん、あっちに迎えが来てるのが見えるだろう。後は彼らと一緒に帰ってしまえばゆっくり出来る」
シロッコの指先を辿ると彼方に人影が見える。彼らは急峻な山道を物ともせずスイスイとこちらに近付いてくる。
「あれっ、あの先頭に立ってるのはバルバロさんじゃないですか。どこに行ったのかと思ってましたよ」
ようやく顔がわかる距離になった時に集団の頭を務める者が誰かわかった。途中で消えたあの気配の薄いバルバロさんだ。
「気づいていなかったのか。君たちが押し込められていた洞窟に顔を出した後、他の小人達と一緒にどこかに行っただろう。ん、俺が出口に存在に確証を持っていたのもあいつから事前に話を聞いていたからだしな。だからこそ、あいつには迎えを寄こすように頼んでいたんだ。万に一つがあっても困るからな」
「へー、そうなんですか。若干ではありますが、無策で穴の中に特攻していったのか思っていましたよ。実際半分疑ってましたしね。自殺未遂に巻き込まれたんじゃないかってね」
そういう大事なことは先に言っておいてくれと礼一は文句を言う。
「先に言っておくのを忘れたのは悪かったがそこまで言われないといけないのか。ん、こっちは君たちを助けるためにわざわざ穴の奥まで出張ったんだぞ」
「そうですね。ありがとうございます。一緒に捕まったシロッコさん」
「ん、青二才め」
最初から真っ当な方法で助けるつもりなんてなかったことをけなしてやると、おっさんは脱糞したみたく呻きを上げて黙ってしまう。
しかしまぁこの人が来てくれなければ、脱出することもできず未だに穴の中だったろう。ありがとさんと青二才は心の中で感謝するのだった。
「ん、ここを辞めたいというのは本当か?」
「はい。もうこういう危険なことをするのはよそうかと。ある程度力もつきましたし、自分から首を突っ込まない限りそこまで痛手を負う事もないと思いますし」
「ん、そうか」
室内を重苦しい沈黙が支配する。
「大体シロッコさんもここに居続ける理由は何ですか?いくらなんでもキツくてやってられないと思うんですけど」
兼ねてから疑問を礼一は口にする。ここに居なくてももっと楽に生きられる道は幾つでもあるはずだ。
「ん、それはな・・、」
おっさんが思うところを述べようとしたその時、ガンッと扉を蹴り開けられた。
「どこにいるかと思えばここですか。随分ゆっくりというかゆったりお喋りをしてますね。どうなんですか。最強だとか噂されていた方々が救援を呼んだ挙句、部屋でダラダラ団欒ですか」
部屋に入ってきたのは中肉中背の奥目がちな男であった。上級士官のかっちりした服を着崩し、ズケズケとした物言いで絡んでくる。
「久々に外に出られて良かったのでは?ん、我々が来なければここに篭っているだけでしょう」
「それはうちみたいなとこでは当たり前のことですよ。まぁいいです。他のところには良いように言っておいてください。そういう約束でしょう」
「ん、伝えておく。良いようにな」
「頼みますよ。それが目的で助けを出したんですからね」
最後にそう念押しをし、男はガニ股で部屋を出て行った。
「ん、不愉快な男だ。職務怠慢を反省する素振りもない。お望みの通りよろしく伝えてやる」
シロッコからちらりと陰口が漏れる。この分だと、よろしい情報は万に一つも流れないだろう。
「横槍が入ったせいで、話が逸れたな。ん、君たちがここを辞めるという話だが、別にそれ自体は問題ない。第一に君たちの所管は俺ではなくあの爺さんだしな。俺に断らなければならない理由なんてそもそもない。だが、この先は決めているのか?君たちの身柄については責任があるからできる範囲なら相談に乗ろう」
シロッコさんもはそう言って髭をぼりぼり掻く。そして礼一達を指差して念を押すようにこう続けた。
「一つ忘れてはいけないことを言えば、命は吹けば飛んでしまうぐらいにはあっけないものということだ。ほれっ」
彼は抜け出た無精髭にフッと息を吹きかけない飛ばしてみせる。汚いし、おっさんの顎髭如きと一緒にしないでもらいたい。が、危険なことは先刻承知のことでもある。ここは礼一も額に盛り上がった血袋をグッと抑え込んでお願いするしかない。
「港に帰るまではよろしくお願いします。シロッコさんの頭のそれくらいに短い付き合いになりそうですが頼みます。」
出来る限り感情を消してそう頼み込むと、シロッコは応とばかりに頷く。どうやら此方の嫌味に気付く程の神経が頭に残されていないようだ。これはツンツルテンが現実味を帯びてきたと礼一はこっそり嘲笑う。
「ん、話が決まったならさっさとここを出るとしよう。もう用事も特に無い訳だしな」
それでもやっぱりおっさんは気づいた様子もなく、こともなげに次の強行軍の予定を発表した。
「楽し過ぎて時間が経ったことを忘れてしまう旅を始めるとしよう。」
違和感を感じて、再度おっさんの様子を窺えば、ニィときみの悪い笑顔がこちらを見つめている。
「いやぁ旅は楽しくなくっちゃ困りますよ。ハハッハハッ」
何だか恐ろしくなった礼一はカラッカラッに乾いた口で、空笑いをするのだった。




