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52  渋滞

「起きたか」


「あれ、あの爺さんはどこに行ったんですか」


「ん、ちょっと俺たちとは合わないらしくてな。先ほど出て行かれた。それより今日は魔物をやった後はすぐに帰る。荷物をまとめておいてくれ」


「はあ、はい」


 シロッコはそれっきりあのお爺さんのことは口に出さず、自身の装備やなんかを点検している。一日を共に過ごした礼一達からするとどうしてだと戸惑う気持ちもあったが、まぁあれこれ言っても当人がすでにいないので栓のないことである。


「俺たちはもう大丈夫です。そんなに持ってきたものもないです。でも、魔物を倒してそのまま外に出られるものなんですか」


 礼一と洋はお尻の土くれを払いのけて立ち上がりながら訊く。


「少し賭けにはなるが、外に通じる出口はあるはずだ。ん、問題は魔物と空気だが、こればっかり頑張るより仕方ない」


 彼はそう言うと、気合いを入れるように太ももをピシャリとはたき歩き出す。


「ガスか。対策は出来るものなのか」


 洋が眉を険しくして尋ねる。出口があるのも結構だし、魔物に関してもこのおっさんがいればなんとかなるだろうが、空気は別だ。ガスなんて湧いて出られた日には、気付く間も無くデスルート直行だ。


「ん、考えはある。一応な」


 シロッコはやけに難しい顔をしながら、腰に吊るした剣を触ってみたりと入念に確認を行っている。まるでこれから戦いにでも行くようだ。いや、確かに戦いには行くのだが、合戦にでも出るかという気合いの入り方なのだ。


「ん、君たちにも武器を渡しておく。行くとしよう」


 毛づくろいする猿そっくりに自分の身体をまさぐっておっさんであったが、思い出したように礼一と洋の足元に小刀を放る。


「あ、どうも」


 礼一も洋も得物が手元にない状態だったので、取り敢えず受け取る。シロッコはというと穴の入り口から外の通路を覗き込み、人がいないのとわかるとスルリと抜け出す。


「ん、静かにな」


 おっさんを先頭に頂きながら、息を潜めながらの行軍が始まる。小人達がここらへ滅多に訪れないというのは本当だったようで、誰も来る気配はないが、この先には魔物という別の敵がいるのだ。


「こっちだ。ん、こっちだ」


 シロッコは殆ど目を閉じ手を前に出して覚束ない足取りで進む。道は一応わかっているっぽいのだが、真っ暗の中でこうウロウロされると見てるこっちは気が気じゃない。


「あの明かり点けましょうか?一応持ってきてますよ」


 見かねた礼一は提案する。


「ん、やめてくれ。集中が切れる」


 しかし、提案はすげなく却下された。能力で魔物を探しているのかおっさんは背を丸めて手を前に出す。


「ん、こっちか」


 不安なまま道を行き、三人はもう明かりなんて何もない空間、かび臭く冷たい空気が満ち満ちたスペースへと足を踏み入れる。


「構えてくれ。ん、そろそろ接敵する」


 そろそろ前進していたシロッコは注意を促すなり、サッと足を折り曲げ、ロケットスタートをきめる。


「えっ、あっ」


 無能な部下二人は対応できずにまごつくが、通路の先ではくぐもった何かのうめき声とパタパタ走り回る音がしている。様子だけでも見ておこうと礼一と洋も現場に急行するが、暗い中を手探りで進むため、時間がかかる。可能な限り忙しく動いたつもりだったが、着いた時にはやはり一足遅かった。


「ん、遅いぞ。次からはもっと早く行動できるように準備しておいてくれ。まだまだ戦い続くから次回からは頼むぞ」


 鉄さびのようなもわっとした血の匂いが鼻腔一杯に広がり、事が起こった場所へ到着したと悟る間もなく、不機嫌そうなおっさんの声が穴に響く。


「いや、あんなに急に飛び出されたら付いていけないですよ。それに今はここから脱出することが先決でしょう。魔物なんかにかかずらってないでさっさとずらかりましょうよ。シロッコさんの能力を使えば、魔物のいないルートを探ったりとか何とかなるでしょう」


 人と争うのも魔物と争うのも願い下げな礼一は、取り敢えず小人も《陰人》もいないところへ逃げたいと訴える。

「それは無理だ。空気が問題と言っていただろう。ん、目に見えないものを見分けることはできないが、代わりに目に見えるものがあれば何とかなる。それが魔物だ。大概環境に強いこいつらだが、流石に人間が無事にやっていけないような場所で生きるのは難しかろう。つまりは《陰人》を目印に進んでいけば呼吸に関しての問題は解決できると言うわけだ。ん、その代わりに魔物と戦わなくてはならないがな」


 おっさんは一仕事を終えた刀を鞘へとしまい込みながら、諦め口調でそう言う。もう魔物と戦い


続けることは決定済みらしい。


「それで外に出られるならいいですけどね。魔物を倒しまくって降りた先がただの穴の底とかなら、今からでもいいので小人の親分のところへ出してくれるように泣きついた方がよっぽど現実的ですよ。本当にこれが最善の方法なんですよね?」


 骨折り損のくたびれ儲けになった上に誰にも骨を拾って貰えないなんてことになるのは嫌なので礼一は厳重に念を押す。


「訳あってあの小人達と会うのはまずいからな。これが一番良い方法だ。ん、それに外に通じる出口は間違いなくあるはずだ。この地下以外の周辺でも《陰人》の目撃例はある」


 シロッコは間違いないと断言し、これを最後に3人は会話を止めて、魔物との連戦に突入するのであった。

「あーっ、鬱陶しいなもう。襲ってくるのかにげるのかどっちかにしてくれよ。忘れた頃に凸って来るなって」


「うざったい。きりがない」


 ストレスが大渋滞して、礼一と洋は大声を出す。ここの洞窟の魔物ときたら、こちらから戦いにいくとすぐに姿を暗ませる癖に、後になって3人が小休止していると攻めてくるのだ。しかも後者の方が数がうん倍も多いのでたちが悪い。


「ん、元々そういう魔物だから仕方ない。普段はやつらのいる場所に直接踏み込むなんて面倒はしないがな」


「でもこうも沢山来られるとやってられないですよ。どうも倒したやつも後ろから襲っきてるみたいじゃないですか」


「そういう魔物だと説明していただろう。とにかく今は手を動かしてくれ。このままだと先に進めない」


 さっきからちまちまとしか前進できていない状況に礼一をはじめとした全員が焦りを感じていた。食料なんて上等なものはなく、わずかな水の手持ちしかないこの状態で、常に気の抜けない穴の中を1日以上彷徨うのは無理がある。一刻も早くどこかしらの出口に辿り着き、多少なりともゆっくり休憩を取る必要があった。

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