51 籠中
「めじだだ。めじだだ」
おっきな声で目が覚める。
洞窟の中央で小人が喚いているのだ。本人は大声を出しているつもりはないのかもしれないが、普通の人の三倍くらいはデカく聞こえた。
「じじざまもぼらめじだだ」
同じ穴で眠っていた老人も声を掛けられている。彼は先ほどのようにうるさいなんて小言を垂れることもなく、無言でその言葉に従って起き上がる。
「おいでぐで、ぐうでぐれろ」
小人は手に抱えていた鍋一つにでっかいスプーンを幾つか添え、穴から退出した。
「どうやって食べる?」
洋が真っ先に鍋に近寄り、老人に訊く。
「ぞれぞれどっでだべるだだ」
おぼつかない手つきでスプーンを持ち上げた老人は、それを鍋に差し入れて中身を掬いだし、直に食いだした。
「うへ、仕方ないか」
全員で同じ鍋をつつくのに少しばかり抵抗を感じた礼一は口を歪め、声を漏らす。が、空腹には勝てない。なるべく老人や洋が触っていないところを狙い、スプーンを突っ込む。
料理自体の味は食べれなくはないが旨くはないといったところ。変にネバネバした緑の葉っぱと筋張った大きな肉がゴロゴロを和えられ、スパイシーで酸っぱい。次も是非食べたいかと問われると答えに窮する。
「まずいだだ」
老人が肉を頬張りながら顔をしかめる。てっきり現地民好みの味かと思ったがそうでもないようだ。それにしてもこのお年寄り、自分と同じ小人がやって来た時には妙に静まっていたのに今は盛んに飯を食っている。
「なんか嫌なことでもあるんですか?一応同族じゃないんですか?」
「ごんなぎょうぐうだでな。だべでねるだげ、あどばいらねぇっでいわれでるみだいだだ」
どうやら今の扱いが施しばかりを受けているみたいで気が引けるらしい。これまで頑張った分、胡座をかいて踏ん反りかえっても良かろうに律儀なことである。
そうやって美味しくはない食事と老人の身の上話に興じていると、ドンドンと洞窟を歩く音が近づいてくる。
「こんなところに居たのか。どこにいったのかと探したぞ。ん、このご老人は?」
現れたのはシロッコだった。彼の後ろからは殆ど気配のないバルバロがそーっと顔を覗かせている。どうやらいつまで経っても礼一達が帰還しないため捜索してくれていたらしい。意外だ。
「いや、何かわからないですけど捕まっちゃいまして。乱暴を受けた訳じゃないんですが、ここから出してもらえないんですよ」
礼一はここに入ることになった経緯なんかはすっ飛ばし、この軟禁状態からの解放を訴える。だが、先輩はやれやれと頭を振ってその繰り言をストップさせる。
「ん、悪いがみんなでもう少しここにいなくてはならない。俺だってここで待ってるように言われているのだから。それよりそこの老人を紹介してくれ。この後一緒に過ごすんだ」
「マジかよ。じゃあどの道このままここにいなきゃならないんですね。ああ、そのお年寄りは元鍛冶師だったそうでここに住んでいる人です」
「そうか。ん、どうも馬鹿二人が世話をかけたようで申し訳ない。ここへはいつから?ん、そんな最近のことですか。まだ若いのに災難なことで。ん、老いぼれ?そんなことはありませんよ。まだピンピンのビンビンではないですか」
残念なことに二人を探しに来たシロッコも同じようにここに閉じ込められてしまったらしい。これではまんま同じ穴の貉、木乃伊取りが木乃伊になるというやつである。すっかり意気消沈した礼一は投げやりに老人の紹介をすると地面に腰を戻す。しかし、一方のシロッコはと言えば、礼一達の間に漂う絶望感など知らぬ風。社交儀礼を前面に出し、老人に話しかけている。
「ここを知っているのか?」
あまりにこなれた様子が不可思議だったのか洋がおっさんを突っついて尋ねる。
「一応うちとはやり取りがあるからな。何しろ俺たちが普段移動で使う洞穴は彼らが掘ったものだし、武器だってあちこちに住む彼らのような者から調達している。縁は十分にある。ここについても話では聞いている。ん、来たのは初めてだがな」
シロッコは物知り顔でそう答える。
「じゃあ結局来るのは初めてか。」
「ん、そうだ」
それじゃあ頼りにならないと洋が落胆し肩を落とす。
「来たことはないが、ここについてはある程度知っているぞ。ん、なんたってな、、、」
がっかりされてもなんちゃあないといった様子で、おっさんは思わせ振りに間を置く。
「何ですか?」
「次の目的地がここだったということだ。ん、次討伐する予定の《陰人》はこういう洞穴の奥に棲んでいる」
仕方なく合いの手を入れると、シロッコが待ってましたとばかりに続きの言葉を紡ぐ。
「ああ、次はこれと似たようなところに行くんですね。こんな気味が悪くて移動に苦労する場所にまた行くんですか。今からもう気分が滅入ってきますよ」
次回の洞穴行きが決まったとお手手を空へ掲げて、これぞお手上げと示して見せる。しかし、おっさんは今度は何も言わずに間を置いてこちらを見つめてくる。
「何ですか?」
「ん、勘違いしないでくれ。魔物が出るのは今いるこの穴の中だ」
「ふは?」
思わず耳を疑い、喉笛から変な息が漏れる。ただの小人の洞窟ではなく、魔物の巣窟とはこれ如何に。
「ん、本当だ。暗がりは丁度奴らの好みだろう。普段は人の生活圏にわざわざ踏み込んで来ないから大した害は無いだろうが確実にいる。いるという報告自体は随分前から上に詰めている軍に上がっているしな」
昨日、挨拶に行った際に聞いたのだろう。呆けている礼一の耳を言葉が通過する。そういや、先程小人の爺さんが化け物が出るとか言っていたが、あれは本当だったのか。老人の世迷い言と頭の隅に追いやっていたがリアルだったんだな。
「ん、しっかりするんだ。また魔物と戦うのだからな。今から半分死んだような面をして貰っては困る。ご老人からも何とか言ってやってくれ。こいつらと来たらまだまだ若いのに楽ばっかりしようとして、少し辛いことがあるとぎゃーぎゃー騒ぎ出すんだ」
ぼけっとしている礼一を指して、シロッコが爺さん相手に愚痴りだす。悪かったな。こちとら生まれて十数年、この顔で生きてきたんだよ。
「もう疲れましたよ。一旦寝させて貰います」
「俺も」
若者は時として多くを求められる。礼一と洋はお喋りを続ける老害を尻目に黄金の微睡みに落ちていった。
「ん、眠ったか。それでは正直に教えて貰いたい。彼らはこいつらを葬るつもりでここへ突っ込んだんだな」
「んだ、わじらもごごにいればじぎにじぬ。ながまもざっざとぎえぢまっだだ」
若い二人の寝顔の横でおじさんとお爺さんの影が近寄って揺れる。海千山千の老兵にとっては耐えられる話でも、経験のない者には劇薬となる。馬鹿なことを思いついて、軽挙妄動を起こさないとも限らない。
「ん、やっぱりそういうことか。ではもうここに残ってるのはあなただけなのか」
「んだ」
「こいつらがここへ入れられたのは矢張りこの髪の色だったり、目の色が獣人の特徴だからなのか。あなたがたの中ではそういう類のものを酷く嫌う人が多いと聞くが、まさかあの忌まわしい円卓の輩と関係していたりはしないでしょうな。もしそうなのであれば我々だけの問題ではなく、軍でも対応を検討させるを得なくなるのだが」
「んだ。ざいぎんばじゅうじんだなんてよびがだをずるようだだな。わじらがらずっどまものだだ。えんだぐなんでがんげいねえむがじがら」
「こいつらと会話してなおそう言われるのか。奇妙なものだ。そう語るあなたも仲間も歳を取って、ここへ捨てられて魔物に食われるのだろう。ん、まるで魔物のように野蛮な口減らしをしている」
文化の溝は深く、言葉は通じても相容れない。静かにそして僅かに棘を含んだ会話が交わされていく。




