36 短慮
近付いただけでもう十分精神的に堪えた。魔物に襲われた人もいるにはいたが何より獣の害が酷い。あちこちから火の手が上がり、家は倒れ、傷ついた人々が逃げ惑う。まるっきりの生き地獄だ。
「助けて、助けておくれ。何にも見えない。真っ暗になっちゃったよ」
俯いた女が手を前に出してヨタヨタとこちらに向かってくる。
「誰かいるんだろ。一体全体どうなっちゃったっていうのさ」
傍まで近寄った女は手探りで礼一の膝に取り縋り、顔を上げる。
「ちょっと、ちょっと待って。うへぇ、あなたは、その目は」
焦ってへっぴり腰になった礼一は女の顔を見て驚愕する。最初に村で宿をゴリ押ししてきた女だったのだ。そんでもってその顔の本来目ん玉がある部分にはぽっかりと真っ暗な穴が空いていた。二重にびっくりだ。
「どうしたんですか?何があったんですか?何に襲われたんですか?」
「沢山鳥がやってきたんだよ、沢山。そっからは、、、」
矢継ぎ早に尋ねるが女の口からはよく分からないうわ言が出るばかりで役に立たない。
「ん」
シロッコが礼一の肩に手を置いて首を振る。残念だが彼女を置いて先に進もうということらしい。
「ごめんなさい」
礼一はか弱く膝に添えられた手をそっと外して足を踏み出す。元凶を倒して一刻も早く事態を収拾しなければならない。
「ん、行くぞ。獣でも魔物でも構わない。人を襲うものがいたらそれは即ち俺たちの敵だ。手当たり次第にぶっ殺せ」
語尾を震わせてそう厳命するとシロッコは勢いよく前方に跳躍し、今、当に無力な子供の命を絶たんとしていた鳥の首根っこを掴み折る。礼一そして洋も目に付いた魔物や獣に田舎剣法で刀を振り回しながら飛びかかる。刀はちょっとも経たない内に血と脂でタダの金属棒と化したが息の根を止める道具としては十分だった。殴り、蹴り付けて首を折る。何でもやってやった。
どのくらい切った張ったを繰り返した頃だろうか。急に周りが静かになり、視界に映る敵が姿を消したため三人は動きを止める。
戦闘中の気分の高まりが尾を引いており、周辺の景色がいやにはっきり見える。見たくもないのにだ。
「おら、おら、くそったれがぁ。くたばりやがれ」
臨戦態勢を維持していると喧しい雄叫びが鳴り響き、全身キラキラさせたちっこいのが三人の前に滑り込んできた。
「おう。お前らか。安心しろ。山から下りた奴らは全部ぶっ殺してやった。こんなんになるのはちっと予想外だったがまぁ一件落着てぇこった」
ウェネティだ。マイペースは彼女の常であるが、こんな時でもそれは変わらないらしい。彼女はここらの惨状がまるで目に入っていないかのように清々しくいっちょ上がりと言ってのける。
「あんたは自分が何をやらかしたのかわかってないのか。ん?お陰で要らない犠牲が沢山、馬鹿にならない死傷者が出た。亡くなった人にどう詫びるつもりなんだ?ん?」
彼女の平然とした様が気に食わなかったのだろう。シロッコが苛ついた様子で詰め寄る。
確かに礼一達三人は世紀末も斯くやという村の有様を知っている。人の命にどこまで価値があるかは判断できないが、少なくとも日常のワンシーンのように流して良いものではない筈だ。彼女には少しでも反省してもらわないと亡くなった人々が浮かばれない。
ほんの一瞬そんなことを思っていた時期が礼一達にもありました。
「うるせぇ。どりゃっ。いいか、俺がお前らと別れて最初に向かったのは何処かわかるか?この村だよ。いつも偉そうにしていて気に食わねぇが、危なくなるから逃げろって伝えに来てやったんだ。でもなぁ馬鹿どもは話なんて一つも聞かずにせせら笑って追い払ってきやがった。昔っからそういう奴らだったから今更っていや今更の話だよ。山の近くは危ないから街に来るようにって話は何回も出てたってのに、金欲しさにここに留まり続けたような奴らだしな。こんな村とっくの昔に滅んでいてもおかしくなかったんだ」
光陰矢の如し。束の間に時は流れ、シロッコがアッパーカットを食らって吹っ飛び、続けてマシンガンのようなウェネティの喚き声が響き渡った。
「ん〝、わるかった」
地面に伸びてピクピクしながらシロッコが謝罪する。何とも情けない。
「ああん?モゴモゴ喋ってちゃ聞こえねぇ。もう一遍言ってみ、ろ、やっ」
ああっ、ウェネティの奴、追い打ちでおっさんの頭にサッカーボールキックを決めやがった。何がもう一遍言ってみろやだ。もう白目向いて口からシャボン玉噴き出してるじゃないか。
「冷静に、冷静にいきましょ。ちょーっとこの人は邪魔なので横にどかしちゃいますね」
「おう、気が利くじゃねぇか。もう一生顔も見たくないからうつ伏せにしといてくれや」
流石にこれ以上は死んじまう。そう思った礼一はシロッコを守るべく彼の両足を引っ掴んで脇へズルズル引き摺って行く。
「すいません。長い物には積極的に巻かれていく主義なんで」
最後に口の中で小さく呟き、髭面をしっかり地面にめり込ませればお仕事完了だ。これでシロッコは殺されずに済み、ウェネティは上機嫌、四人の仲は元通りである。ここまで完璧な三方よしは近江商人でもそう出来るものではない。
「よくやった」
ご覧。感情を表に出すことの少ない洋君も細い目を見開いて感心してくれている。礼一はすっかり気を良くして友人の隣に舞い戻る。
「そいじゃあ今から街に帰るか。今の俺は機嫌が良いから荷物は自分で持っていってやるよ。その代わりお前らには〝それ"を任したからな」
四人の仲は儚く崩れ去った。安心しきっていた礼一達二人に対し、傲慢少女は恩着せがましく宣言するとすたこらさっさと駆け去ってしまったのだ。
「〝これ"を俺たちが運ぶのか?」
残された礼一と洋は半死半生のおっさんを前に顔を見合わせる。
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