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33  四人

「おい。こいつとこいつ。頼まぁ」


 どすん、どすんと礼一の腕に荷物が乗っけられる。重い。何で俺がこんなものを持たなくちゃいけないんだ。そう思って横を向くと今の自分と瓜二つの表情で両手一杯に荷物を抱えた洋がいた。


「うっし。後は何を買うかねぇ」


 若干恨みすら滲む二人を前に、元凶たる少女はいけしゃあしゃあと伸びをする。太々しい限りである。だが文句は言えない。既に実力行使をする現場を目にしてしまっているからだ。


「ん。もう十分だろう。それに今後は荷物は自分で持つようにしてくれ。俺たちも自分のがあるんだ。いつまでも他人の分まで持ってはいられない」


 当の第一被害者、シロッコさんはあんなことをされて猶、真っ向から彼女に釘を打つ。彼のこういうところは素直に凄いと思うが、結局目の前じゃまたぞろ諍いが始まってしまい事態は一向に好転しない。


 しかしまあ今回は流石にシロッコの言い分に圧倒的道理があり、無理は通らなかった。わがまま少女は不満を零しつつも新たに鞄を一つ購入し、荷物を詰め始める。場所は繁華街の道のど真ん中。通りすがる人々からは凍てつくような視線が浴びせ掛けられる。


「ふー。痺れちゃったや。それに何だか鳥肌が立ってきた」


 そんな状況であるから手の平を開閉し、鬱血した腕の血色を回復させようにも不思議に肌が粟立つ。


「人が沢山で準備がしづれぇ」


 そして問題の発生源は未だ無自覚無責任に愚痴を垂れている。因みにこの少女の名はウェネティといい、あんな屋敷に住んでいたり、こんな買い物を出来るのも全てここの管理官が彼女に甘々だからだそう。捨てられてこの街に流れ着いた彼女を世話していたというのが縁らしいが、拾った娘の教育ぐらいしろよと悪態を吐きたくなる。親の顔が見てみたいとはよく言ったものだ。


「よーし。準備完了。おい、さっさと行こうや」


 たっぷり10分間ほど世間様に迷惑を掛けた末に少女こと、ウェネティは歩き出す。勿論礼一達の都合なんて御構い無しだ。


 とまれどうにか歩き出した3人は街を抜けて元居た村の近辺へ。都会から一転ど田舎に舞い戻った。


「タイムスリップ?」


 村の周囲が殆ど木々で埋まっているからか、家屋自体が貧相だからか分からないが時代が一昔前に巻き戻ったような錯覚を覚える。礼一も洋も不可思議に感じ、ついつい首を伸ばしてキョロキョロする。


「ん、これからこの周辺の山にいる魔物を狩る。先ずは俺が仕留めてみせる」


 シロッコは後ろに続く3人へハンドサインを送り、山へと分け入る。そうして後はひたすら上へ上へと進み、中腹まで登った辺りで一際薄暗い茂みの中に身体を沈めた。


「早くこっちに来てくれ。それとそんなに音を立てないでくれ。魔物に気づかれてしまう。ん、静かに、静かにだ」


 こんもり盛り上がった茂みの内側からおっさんのウィスパーボイスが響く。道中やけに険のある目つきで睨んでくると思ったらそういうことか。


 だが一点大きな認識違いがある。殊更喧しい音を立てていたのは最後尾でむくれているクソガキだ。パンパンに荷物の入った鞄があっちこっちに擦れてガサガサゴソゴソ、そりゃあもう煩いのなんのって。


「おい。止まんな。進めって」


 痛っ。余計なことを考えていたのがバレたのか件の人物からケツに一発貰ってしまった。シロッコの指示に従うのが嫌だからってこちらに八つ当たりをしてくれるなよ。そう心中で文句を垂れながら礼一は一、二、三で茂みにダイブする。


 ミシミシパキパキ、ぶつかった小枝で頬に何条もミミズ腫れが出来る。しかしまぁこれだけ枝が生い繁っているなら万に一つも魔物に見つかることはあるまい。そう思えば狭苦しい反面、ちょいとばかし心が安らぐ。


「息を潜めるんだ。〈肉塊〉の群れに近付くには基本的にこちらが待ち伏せする他ないからな。ん、そこ、息が大きいぞ」


 シロッコがウェネティに注意を飛ばす。無理からぬことだ。彼女の鼻は毎秒フーフーと水牛のようにどでかい息を吹き出し続けており、世にも見事な騒音装置と化しているのだから。


 しかしその注意はここまでで我慢し続けた彼女にとって焼け石に水ならぬ火に油を注ぐ結果となった。横から聞こえる鼻息は益々荒くなり、陽炎を幻視するほどの熱気を感じる。こいつはやべぇ。礼一はオロオロと右へ左へ目を彷徨わせる。


「んっ。今だ」


 そんな危急存亡の最中、突如としてシロッコが抜き身片手に茂みから躍り出した。枝葉が邪魔で見えないが何か発見したようだ。


「何だ、何だ。ぎゃっ」


 様子見でそろそろと膝を伸ばし鼻から上を覗かせたところ、何かの飛沫に目を潰された。鳥の糞乃至は蝉のしょんべんでも浴びたかと大急ぎで服の袖を引き絞って顔を拭う。


「、、血か」


 手元に付いた鮮やかな赤が何物か、判別に要した時間はほんの数秒。すぐにそれが誰か或いは何かの血であると気付いた礼一は立ち上がろうとする洋の肩を抑えつつ、前方に意識を切り替える。


「ん、ああもう終わったぞ。出てきても大丈夫だ」


 そんな礼一の視界の真ん中で振り返ったのは血だるまおじさん。彼を中心とした一円にはピンク色の丸々とした人型が散らばっている。決してグロテスクなカラーじゃない。切り出したばかりの肉みたいに新鮮な色味だ。礼一は湧き上がってきた興味に任せてシロッコの傍へと歩き出す。


「こいつらが〈肉塊〉だ。見てくれは名前の通り。こっちは裏で、ん、正面はこっちだ。一応よく見れば目や口や鼻、それに耳もある。肉で隠れていていまいちわかりにくいがな」


 近づくと転がっている骸の有体がはっきりする。全身は毛や毛穴のないつるりとした皮膚に覆われ、さながら人型の腸詰だ。頭部にはシロッコが刀で死体をひっくり返して説明した通り、人間同様の諸器官が揃っている。しかしそれらは全て盛り上がった肉に押しつぶされ、あるのかないのか微妙である。


「あまり危険には見えませんね。物騒な爪も牙も確認できないですし。あれっ、身体が」


 魔物にしては凶器になるもののないボディーを変に思っていると、今まさに観察していた亡骸が見る見るうちに萎んでいく。それと同時に色も艶々した桃色から腐った茶色に変わりゆき、腐敗臭がぷーんと鼻につく。


「言っただろ。腕力は小さな子供を攫うぐらいしかないんだ。ん、酷い臭いだ。移動しよう。何にしろ伝えたかったのはこの魔物を仕留めるにはああやって離れた風下の暗いところで息を潜めて気づかれないようにするしかないということだ。こいつらは気配を察知するのには長けているからな。走り回って探してもいいんだが、群れ全体を仕留めるならこの方法が一番確実だ」


 後方待機中の二人を呼び、早足でその場を離れながらシロッコは言う。さも何でもないといった風であるが、それを聞いた礼一はどうやら今回は自分達の出る幕はなさそうだと感じる。


 じっと待つことは苦じゃないし、こうして山を移動することも今では問題ない。しかしああも素早く飛び出して切った張ったを繰り広げられる程身ごなしはよくないし、下手にタイミングを計り違えれば足手まといになりかねない。後詰めという名の戦力外要員しか務めらそうにない。


 それに一番の問題は今後どう戦うかではなく、このまま四人でやっていけるかなのである。ウェネティはこれ以上大人しくシロッコに従うことは思えないし、自分にそれを宥める自信もないのだ。


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