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31  誤解

「うーん。おらっ」

 ぎゅるうっという腹のアラームで目が覚めた礼一は気合い十分に飛び起きる。何も食べずに寝てしまったためお腹と背中がごっつんこしてやがる。

「何か食べるものはないか」

 悪ガキを探すナマハゲが如く小屋を徘徊すれば、端に転がる自分の鞄を見付ける。あの中には干物しかないがしょうがない。背に腹は代えられぬと妥協し、干し肉を齧ることにする。不味くはないのだが顎は疲れるし、いい加減飽きた。

 ふと小屋を見渡せばシロッコがいないことに気が付く。あのおっさん早起きだな。礼一は彼の姿を探しがてら散歩でもしようと小屋の外へ出る。今日の予定についても訊いておかなくては。

 あれ、そういえば見張り番を交替で務めると言われていたのに朝まで爆睡してしまった。こりゃ悪いことをしたかなぁ。あれこれ考えながら歩く礼一であったが行く先から活を入れるような大音声が聞こえて足を止める。

「あれは多分そうだよな」

 前方では見慣れた姿の男が剣を振り回している。朝っぱらからよく訓練なんかやる気になるな。尊敬しつつも若干引く。

「ん、君も訓練か。殊勝な心掛けだ」

 近付く礼一にシロッコが気付く。だが訓練なんてやりたかない。

「どうも。今日はどういう動きになりますか?」

「ん、そうだな。全員起き次第、最寄りの塞を目指す。討伐はその後だな」

「成程、わかりました。それでは」

「待て待て、折角だ。一緒に体を動かそう」

 秘技〈聞かなかった振り〉を発動しようとした礼一だったが呆気なく無効化される。無念。

「そういや、昨日は見張り番を忘れていてすいませんでした。真っ暗だったのですっかり熟睡してしまいました」

「ん、それはいいんだ。昨日村長と話してここらに魔物が巣食っていないことは確認済みだからな。魔道具なんて贅沢なものはこの村には一つもないだろうし暗くて寝てしまったのもわかる」

 恨みを買っているのかと邪推した礼一だったがどうもそういう訳でもないようだ。となるとこの人はナチュラルに他人を鍛錬に巻き込んでいるのか。それじゃあもう逃げられない。匙を投げた礼一は大人しく体を動かす。

 以上の顛末で始まった修行は小一時間に及び、すっかり汗だくになった礼一はまだ寒い朝だと言うのに行水をする羽目になる。幸いというかシロッコが焚き火を用意してくれたので小屋へダッシュする必要はなかった。

「熱っ」

 すっぽんぽんで火に当たると吃驚するぐらい皮膚が火照る。何か着られれば良いのだが前日分、本日分の服は洗った上で丁寧に火の前で炙られている。まだ乾く様子もないので待たねばならない。

「ところで不思議なんですけど、この山脈の中で魔物が存在しない地域なんてあるんですか?俺たちの塞ですら山を下りたら魔物が居たじゃないですか?」

 やることもなく暇になった礼一はもぞもぞ動きながらシロッコに尋ねる。先程、村の周辺に魔物がいないと聞いた時からずっと疑問に感じていたのだ。

「一応いないこともないのだが無暗に人に襲い掛かる魔物はいない。魔物にも色々な種類がいる。人間より強いもの、弱いもの、獰猛なもの、臆病なもの、須らく皆魔物だ。ん、勿論どれだけ貧弱な魔物でも子供や赤子相手なら捕食者たり得る。だがその程度の魔物は軍の力を借りなくとも住民が自分達で警戒すれば事足りる。昨日の態度を見ればわかったと思うが、彼らにとって軍の人間、ましてや村に物も金も落とさない軍人なんてのは単なるお邪魔虫という訳だ」

 シロッコは自嘲気味な笑みを浮かべ、村の方をちらと見返す。おいおい、ふざけんな。少なくとも軍が各地で魔物を討伐していなきゃこんな山間部の村なんて陸の孤島そのもので早々にぶっ潰れてしまう。自分達の生活が誰の犠牲の上に成り立っているかもわからないのか。軍人もこんな扱いを受けて笑っていられるなんてよっぽどの聖人君子か、脳足りんのどっちかだ。どうかしている。村人の自分勝手な考えに礼一の頭は煮立ちだす。

「ん、怒るなよ。大体そんなものだからな。彼らも自分で精一杯考えた上で笑ったり泣いたりしているんだ。多少理解が足りないのも情報が行き渡らないこの環境ではご愛嬌」

 シロッコがそんな彼を押し鎮める。滅多に見ない大人な対応だ。だが礼一の怒りは収まらない。村人に説教しようとシロッコのことを振り払おうとする。

「うぇ、気持ち悪い。場所ぐらい選べよ」

 そんな時である。唐突に飛んできた罵声が加速する二人の衝突を急停止させた。見れば寝坊した洋が欠伸の代わりにゲロでも吐きそうな様子で立っている。

「ん、おいおい誤解だ。そんな趣味はない。この馬鹿がろくでもないことをしようとしたから」

「あっ」

 慌てて抗弁するシロッコと自分の姿を顧みて礼一も誤解の正体に気付く。只今服は乾かし途中で何も身に着けていない。そんな状態で押し合いへし合いなんぞしているのを周りが見たら....。

「おい。誤解だぞ。そんな癖はない。これまで付き合いを振り返ればわかるだろ。なあ俺たちの仲だろ」

「これ以上深い仲になりたくないから近寄るな」

 礼一も夢中で弁解を始めるが一度生じた誤解を解くのは難しい。手を変え品を変えようやく説得に成功した頃には精神的疲労は肉体的なそれを軽く上回っていた。全くもって踏んだり蹴ったり。早起きは三文の徳だなんて大嘘だ。三文きりのためにこんな目に遭うとはむしろ損である。先人の言うことも信用ならぬ。遅起きは十両の徳と言い改めるべし。

「疲れた。ん、服も乾いたようだし早く出発しよう」

 シロッコの号令に従って準備を整え、近くの塞に向かって出発する。もう村には寄らない。あんな胸糞の悪さを二度も味わいたくはない。

 先頭を行くシロッコの足取りから察するに塞はトンネルのあった山の隣にあるようだ。三人は所々脆く崩れやすい山肌に気を配り、急斜面を器用に上っていく。折角洗った体や服は早速土に汚れ、服の内側は蒸し暑さを増す。

「はー」

 まだまだ天辺までは遠そうだ。礼一は見えもしない頂上の景色を思い描きながら、逞しく四肢を使い全身を押し上げるのであった。

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