表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/98

30  油髪

「ようやく出れましたね」

 洞穴出口の柵を元に戻しながら礼一はシロッコに呼び掛ける。だがその声は決して達成感や充足感に満ちたものではなく、小姑の如き嫌味を含んだものであった。

「まさかこんなにかかるなんて思いもしなかったですよ。嗚呼、うひゃぁ」

 三人がトンネルを彷徨った時間は計三日。当然ながらその間、体を清めることなど出来ない。もう頭や身体のそこら中がべたついていて痒い。礼一はあっちこっちを掻きむしりながら奇声を上げる。

 さっさと風呂に入りたい。やきもきしつつ辺りを見渡すが一帯は夜の森。小屋の一つも見当たらない。

「ん?どうしたんだ?」

 シロッコはと言えばこの反応である。彼にとっては任務で三日風呂に入らないぐらい別段珍しくもないのだ。しかし礼一達はそうもいかない。生理的嫌悪が抑えられないのだ。

「今夜はどうする?」

 洋が髪を不快そうに掻き揚げながら尋ねる。一応髪は邪魔になれば定期的に切るようにしていたが、プロの床屋に頼むべくもないので散切りもかくやといった有様。そこに来て皮脂や泥がこびり付いたとあっては最早それは三角コーナーに溜まったヒジキである。

「少し行けば泊まれるところがある筈だ。ちゃんとした小屋だ。ん、山が近いから魔物を警戒しながらにはなるが」

 服に付着した土を払いながらシロッコは歩き出す。今夜は月が明るい。木々の下枝を押しのけつつ一行は道を開く。

 幾分山を下ったところで枝葉の向こうにポツポツと灯りが垣間見えてくる。魔道具にはない焚き火の暖かい光だ。

「ん、見えてきたな。今夜はあそこで休むことになる」

 ようやくあの洞穴から解放された実感が湧いてきた。いくつも火があるから人も複数人いるのだろう。

 三人は力を振り絞って残り幾ばくも無い道を踏破し、篝火に照らされた小さな村に辿り着いた。こういう形式の建物をバンガローというのだろうか。礼一は立ち並ぶ素朴な造りの山小屋を眺める。第一印象はとても良かった。山小屋がというよりもこの村のだ。やってきたばかりの礼一達に村人の誰もが笑顔で会釈をしてくれた。漂う歓迎ムードに思わず頬が緩む。

「お兄さん、そんな草臥れた形していたらいけないよ。今なら替えの服も食事も安くしとくよ」

 ボケっとしていると客引きの女に腕を掴まれる。何だか偉く強引だ。こっちがまだ頷いてもいない内にグイグイ引っ張っていかれそうになる。

「いや、困るんですけど。俺この人達と一緒なんで」

「いいじゃないの。ここらに泊まるのは決まってんだろ」

「おい、勝手は止めてくれ。彼は俺の、ん、部下みたいなものだ」

 反射的に身を引いた礼一と女がひと悶着を繰り広げれば、シロッコが止めに入る。

「何だ。決めるのはあんたなんだ。ねぇ家に泊まっておくれよ」

 決定権がシロッコにあるとわかった女は礼一をどっと突き飛ばし、いそいそと彼にしな垂れかかる。何とも見事な掌返しだ。

「ん、遠慮しておく。ここには駅家がある筈だ」

「っ、何だ、知ってんなら先に言いなよ。迷惑だったら」

 シロッコがしかめっ面で応じれば、女は半ばキレ気味に捨て台詞を残し駆け去っていく。おっかねぇ。真面そうな町娘の面して飯盛り女か何かかね。

「嫌な感じだ」

 呟く洋の目線を追えば、直前までにこやかだった村人たちが舌打ちをして背を向けるところだった。うわっ。金にならないとわかった瞬間、露骨に態度を変えやがった。

 何だか酷く気分を害したまま一行は駅家に向かう。シロッコ曰く駅家とは各地を繋ぐトンネルの口の近くに存在する仮宿で、商人や軍人が立ち寄った際に利用するのだそう。特段充実した施設ではないが、最低限は管理されていて整っているとのことである。泊まれるなら十分だ。冷たい人々から逃げるように礼一達は足を急がせる。

 目指す建物は村から少し離れた場所にポツンと立っていた。貧相ではないが周りに人家がないせいか物寂しい雰囲気が漂う。

「先に入っておいてくれ。俺は先に村長のところに顔を出してくる」

 シロッコは戸口から荷物だけ放り込むと礼一達を置いて一人、村の方へと戻っていく。

「じゃあ入るか」

 礼一は魔道具で以って光を当てながら中に入り込む。閉ざされていたせいで空気は澱んで暖かった。ボスンッと鞄を床に打ち捨てて目をそばめれば端の方に寝具らしきものが束ねられているのが見える。この分だと不自由なく寝られそうだ。礼一は一先ず安心する。しかし一方で部屋自体を明るくする類の道具が何処にもないことが気になった。蝋燭でもあればいいのだが。洋と一緒になって捜索を開始する。

「ん、何をやっているんだ?まずは体を流してしまおう」

 二人してあっちこっち覗きまわっているとシロッコが戻ってくる。逆光で戸口に立った顔が見えず、一瞬身構えてしまった。心臓に悪い。

 シロッコは村長のところで貰ってきたのか借りてきたのかした荷物を床に下ろすなり、服や布をこちらに放って外へ出る。質問した割に答えはどうでもいいらしい。礼一達も早いところ身綺麗になりたかったので照明のことは一旦脇に置いておく。

「あ〝ー。さぶい」

 残念ながら風呂なんて上等なものは何処にもなかった。礼一達は足を汚さないよう平石の上に立ち、魔道具の水を被る。ご察しの通り、身体はあっという間にすぐ冷える。

「ふー、ふー、ふー」

 一気に多量の水が出ないことに苛立ちながら全身を洗い、自己最高記録で体を拭って着替えを済ます。水洗い故満足がいく程綺麗にはならなかったが、もういい。

「今日は、もう、寝ます」

「ん、わかった。戸の傍に布があるから適当に取ってくれ」

 礼一は紫色の唇を震わせて睡眠する旨を告げ、屋内めがけて一目散に駆け戻る。

レビュー、ブクマ、評価、感想等々お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ