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29  洞穴

 干物屋を出た後は服や魔道具を買い求め、装備を整えてから街を出る。

「それで何でまた塞の方に戻っているんですか?威勢よく出発しておいて出戻るなんて恥ずかしくて嫌なんですけど」

 出立の際、パシに対してビビるくらい強くなって帰ると大口を叩いたのだ。お早いお帰りだなんて身の置き所がない。

「ん、塞には戻らないぞ。目的地は山の向こうだ。塞に行っても仕方がないし、反対側に進んでいっても海にぶつかるだけだろう」

「確かに。いや塞に戻らないならいいんですよ。折角山を下りてきた訳ですし」

 言い訳するように礼一は呟く。しかし塞の後ろに広がる山々に踏み込むのか。嗚呼、気分が悪くなってきた。げんなりする礼一であったが、そんな彼の心持ちとは裏腹に一行はどんどんと前進し、山の入り口に行き着く。

「そっちではない。それだと塞に行ってしまう。入り口はこちらにある」

 そのままの勢いで山を上りだした礼一と洋にシロッコが待ったをかける。何だ何だと道を戻り、彼の指示通りに脇道を進むこと暫く、目の前に大きな洞穴が見えてくる。

「うへぇ」

 土やカビの臭いを孕んだ冷風に顔を撫でられ礼一は悲鳴を上げる。穴の中から吹いてきたのだろう。気味が悪い。木製の柵で封鎖された入り口奥は暗く、さながら地獄の門。立ち入ったが最期、一切の希望を捨てることになるだろう。無意識に足が後退る。一刻も早く離れたい。

「では行こう。ん、君達も柵を除けるのを手伝ってくれ」

 怯える礼一の耳に平坦な声が響く。シロッコだ。彼は穴の傍で作業をしながら礼一達を手招きしている。

「俺たち狐狸に化かされてるんじゃないか?」

「だろうな」

 一瞬沸き上がった疑惑に洋の同意が聞こえる。そうなると早いところ本物のシロッコを見付けなければ。二人は目を見合わせ、脱兎の如くその場から逃げ出した。

「おい、どこに行くんだ?任務中だぞ」

 後ろから偽物が呼び止めてくるが、騙されてなるものか。礼一達は力いっぱい腕を振り、身体を前へ前へと押し出す。

 ガシッ

 後ろから物凄い力で肩を引かれ、礼一は重力の赴くままにひっくり返る。ぐぇっ。骨身に響く衝撃に声すら出ない。朦朧としたまま身を捩れば冷やっこい土が頬に触れる。

「倒れたのか。何で、」

「二人とも急に走り出すとはどういう了見だ。あんまりふざけてもらっては困る。ん、少しばかり力が入り過ぎたか」

 シロッコの声を聞き流している内に段々と目の焦点が合い、直前のやり取りを思い出す。そうだ。おっかない洞窟から逃げようとしたんだ。

「大丈夫か。意識は、ん、あるようだな。すまない。強く掴み過ぎた。だがそれもこれも君達が突然逃げ出すからでな....」

 頭の上を長ったらしい言い訳が通り過ぎていく。

「うわっ、擦り剥いてら。痛いな」

 ようやく戻った痛覚が怪我した箇所を示す。付着した砂利を払い落とせば肘周辺の傷跡がテラテラ光っている。こいつは酷い。我ながら痛々しくって見ちゃいられない。

「いや、本当に悪かった。ん、しかし何でまた逃げ出したりなんかしたんだ?」

「怖かったんですよ」

「何だって?」

「怖かったんですよ。あんな得体の知れない洞穴を使うなら先に説明して下さいよ。こっちだって心の準備とか必要なんですから」 

 この野郎、今そんなことでって顔をしやがった。礼一はシロッコを睨み付け、恨み節たっぷりに怒鳴ってやった。横では洋も抗議するようにサムズダウンの構えを取っている。どうやらこの友人もしたたかに転ばされたようで頭に土がこびりついていた。

「悪かった、悪かったったら。謝る謝るよ。頼むから大人しくついてきてくれ」

 平謝りを繰り返すシロッコは二人を宥めすかしながら洞窟の前に誘導する。

「本当にここに入るんですか?真っ暗じゃないですか」

「灯りは魔道具があるから大丈夫だ。ほら、一人一つ持っておいてくれ。外で魔物と戦いながら進むよりこの横穴を進んだ方が安全で時間もかからない。ん、嘘ではない」

 渡された魔道具に魔力を通せば一応それなりの光源にはなった。しかし洞穴の薄気味悪さは変わらない。礼一は盾でも押し出すようにシロッコを先頭に据え、湿った暗闇を歩き出す。

 穴の中はとことん暗い。最初の内こそ振り返れば入り口から外光が差し込んでいたが、長くうねった道を進む内にその光も蛍の尻灯り並みに幽かになり、遂には見えなくなってしまった。儚いものである。道は猶も続き、前後どちらも黒一色という変化のない景色に時間の感覚が薄れていく。

「ん、そろそろ休憩しよう」

 シロッコの号令で放心状態から我に返る。何だか久し振りに人の声を聴いた気分になる。足元に何もないことを確認してからトンネルの壁にもたれ掛かるように腰を下ろせば、手に持った灯りが自分以外の二人を照らし出す。

「あっ、眩しかったですね。すいません」

 照明を上に向け過ぎた。礼一は慌てて魔道具を地面に下ろして詫びを入れる。こうして身体を折り曲げているといつかの島の洞窟を思い出す。あの時は今以上に右も左もわからない中で生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされていた。もしかしてこう暗くて閉塞的な空間に恐怖を感じるのはそのトラウマだったりするのだろうか。四方を見回しながらそんな思索に耽っていると、視界の隅でふわりと埃が舞う。何処かはわからないがきっと出口はあるのだろう。耳元で感じる微風に希望が湧く。

「あと少ししたら出発する。ん、喉も潤しておいてくれ。これを渡しておく」

 シロッコから水を飲むようにとこれまた魔道具を渡される。辺りはジメジメしているのでそれほど喉は乾かないが一応頂戴しておく。だがあんまり飲まないようにしよう。用を足せるような環境でないのは一目瞭然だ。礼一は下っ腹と相談しながら少量の水を摂取する。よし、これだけ飲めば十分だ。あとは足の疲れだが、まだ全然問題ないな。よし、出発準備万端。屈伸をして余裕を確かめた礼一はよっこらせと鞄を肩に担ぎ上げ、膝小僧を叩いて気合を入れる。

 かくして三人の延々たる行軍は再開された。どれだけ時間が経ったのかなどいざ知らず、体力と気力の続く限り前へ前へ。外界と隔てられた土中を土竜よろしく這いずり回る。


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