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27  露見

「この中に裏切り者がいる」

 神の子もビックリな重々しい調子でシロッコがそう告げる。彼の前に居並ぶ礼一、洋、ウルグは皆一様に眠たげで不機嫌そう。そりゃそうだ。随分と早い時間に叩き起こされた上、寒い庭で阿保らしい警察ごっこの容疑者役。ふざけるのも大概にして欲しい。

「“口なし”は矢張り“口なし”という訳だ。我輩達を引っ張り出しておいて説明する口さえないとは。哀れ極まりない。貴様のつまらん遊びになど付き合っていられん。我輩は失礼する。止めたくば力尽くを覚悟するがいい」

 三日月刀の柄をカチャンと打ち鳴らし、鼻息荒くウルグさんが立ち去っていく。これにはシロッコもなす術がなく、両手はダランと下げたまま。

「じゃあ俺たちも失礼します」

「君たちは逃がさない」

 これ幸いと礼一達も逃げ出すが、鬼の形相で引き留められる。何なんだよ、全く。

「いいか。これを見ろ。俺たちへの指令書だ。魔物を討伐せよと書いてある。それだけなら別に何の問題も無かった。でもここを見ろ。〈肉塊〉、〈半身〉、〈隠人〉。俺たちの魔石があの爺に筒抜けになっている。その上でそれを倒しに行くよう言われているんだ。おい、今なら怒らないから正直に言ってくれ。情報を漏らしたのはどっちだ?」

 現時点で怒っている奴の怒らない宣言ほど説得力の無いものはない。呆れ半分で宙を仰げばシロッコの血走った眼が此方を向く。

「ん、この間、爺さんに会いに行ったのは君だよな」

 暗にお前がバラしたんだろと言われている。しかしここで礼一はおやと疑問を覚える。確かにシロッコについては腐る程リークしたが自分達の話はしていない。となると心当たりは一つ。

「普通に店主から聞いたんじゃないですか?あそこは仲は悪いですけど住んでいるのは近所ですし」

 自明であったと言うべきか。最も高い可能性が浮上する。前を見れば、そんなこと思いもよらなんだと顎の外れた髭っ面。マジでいい加減にして欲しい。

「悪かった。俺の勘違いだ」

「そりゃないじゃないですか。こんだけ疑っておいて、それにこんなに朝早くに叩き起こしておいて勘違いの一つで済まそうだなんて。そうは問屋が卸しませんよ」 

 礼一は平身低頭のシロッコにダルい絡みを開始する。

「すまなかった。詫びとして追加で情報を教えるから、一つ勘弁してくれ。こいつは極力伏せておけと言われたことだが、今回の任務はある種の囮だ。君達には姿を隠さずそのまんまで動いて貰う。当然行く先々で災難に遭うだろうがそれも織り込み済み。領内の“円卓の末裔”を釣り上げて排除せよという命令だからな。寧ろ襲って来て貰うぐらいが丁度良い。幸い現地にうちの隊の連中がいれば力を貸してもらえる手筈になっている。ん、勿論表向きの任務も遂行しなければならない。〈肉塊〉、〈半身〉、〈隠人〉の群れは倒しに行く。出発は明日だ。今日は俺も準備で忙しい。それじゃあな」

 これ以上責められるのを嫌ってかシロッコはそそくさと庭から出て行く。明日の詳しい動きすら伝えずにだ。

「管理官の爺さんはどういうつもりなんだ。俺たちを手元に置いときたくて軍に入れたんじゃないのか」

 任務の内容に礼一は首を傾げる。聞いた限り“円卓の末裔”は厄介な集団だ。直接やり合うべきのは悪手だろう。

「囮か。危ない立場だ」

 洋が眉を顰める。まだ弱い魔物に勝って喜んでいる二人のことだ。対人戦闘なんてとてもとても。専ら逃げに徹するしかない。果たしてシロッコに二人を守りつつ、敵を排除する力があるのだろうか。

「こんなことになるなんて聞いてないんだけど。シロッコさんだけ危ない任務に送り出して終了だと思っていたのに。俺たちは塞ライフは安泰じゃなかったのかよ」

 頭を抱える礼一だったが、言っていることはクソである。所詮人を呪わば穴二つと言うことだ。

「で、どうするよ」

「行くしかない。どのみちそれしかない」

 シロッコの背中にさよならしてから二人は頭を突き合わす。これは礼一の悪癖の一つで諦めが異常に悪い。重い腰を上げたと思えばまた据え直すなんてざらだ。これでも最近はマシになった方なのだが、余程遠出が嫌なのか愚痴と文句が噴出する。

「心休まらない日が続くんだろうな。四六時中あのおっさんと一緒なんてぞっとしない話だよ。前に聞いただろう。自分から魔物に喧嘩を吹っ掛けるような人間なんだぞ。必然的に俺たちも魔物と戦わなきゃいけない。その内、おっさんと魔物の見分けがつかなくなるんだろうな。普通に過ごしていたらあんな人相の悪い人間とは絶対話さない。どえりゃあ汚い顔だ.....」

 段々文句の内容が関係ないシロッコの外見に向かっていく。手当たり次第もいいとこだ。こんなことをしていれば人望は風の前の塵に同じ。案の定、洋が細い目を更に細め、鬱陶しいと言わんばかりの顔を作る。もう聞いていられないのだろう。人の悪口を近くで聞かされるというのは存外に苦痛だ。

「管理官に訴え出ろ。無理なら諦めろ」

 最終的に彼はピシャリと礼一を叱りつける。

「っ、悪かったよ」

 流石に虫の居所を察し、礼一も素直に謝罪する。親友の気持ちを汲み取れない程馬鹿ではないのだ。

「爺さんも死にに行かせるようなことはしない。大丈夫という確証があるからこそ命令を出したんだろう」

 多少不憫に感じたのか洋はそう言って慰める。管理官はわざわざ下げたくもない頭を下げ、魔石の手術まで受けさせたのだ。むざむざ生き残る余地のない任務に出すのは普通の頭で考えれば無駄遣いの極みである。そう考えると洋の発言にも多少の真実味がある。

「どうなんのかね。わっかんねえ。そんなことばっかりだ」

 朝空に上がった礼一の嘆きは雲に流され消えていく。何が正しくてどうすればいいのか。時宜なんてのは人間の預かり知らぬ彼方にあるのだろう。

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