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20  苦楽

 樫に似たズシリと重い木材を手渡されて礼一は一瞬よろけかける。塔の上で説明を受けた後、二人は山の斜面にある訓練場でシロッコによる薫陶を受けていた。

「ん、そうではない。もっと足で地面を感じて動くんだ。山で戦うとなれば安定した足場なんてのは滅多にない。こけたりでもすれば魔物に致命的な隙を晒すことになる」

 結局二人が今しなければならないのは一刻も早く実戦投入に耐えうる実力を付けることなのだ。シロッコの指導にも否が応でも熱が入る。しかしそうは言っても斜面の上で素早く動き回って戦うには二人の身体が追い付かない。忽ちへばってゾンビのようにふらつき始めてしまう。

「魔力で強化出来ればもう少し動けますよ。無理ですよこんなところ。素の状態で重い棒まで持って動き回るのは」

 肺から上ってくる鉄臭い唾を飲み込みながら礼一は訴える。地獄みたいな航海を生き延びれたのも魔力が使えるようになったからこそだ。それが使えないとなると無力に地べたに突っ伏すしかなくなる。寧ろ同じように魔力が使えない中、不自由なく跳んで回るシロッコの肉体こそ驚異的だ。見たところ上背は礼一達と並ぶ程しかなく、筋肉量の差こそあるがそれだって知れている。不思議で仕方ないし、不思議しかない。

「コツはサボることだ。武器を使うにしても、走るにしてもそれは変わらない。ん、感覚は人それぞれだからわからない。出来る限り効率良く動けるように考えながら訓練するんだ。体力が回復したら再開するぞ」

 礼一達の動きには無駄が多く、もっと楽に動く術を見付けなくてはならないらしい。だが出来る気がしない。もう結構奮闘したがそんな器用なことを考える余裕すらない。

「魔力が戻ったら魔物でもなんでも倒しますから。俺の場合直接殴ったり蹴ったりするより現象を使った方が効率よく戦えますし」

 もうちょっと休憩をくれとばかりに礼一が呻くと、シロッコが信じられないといった顔で栗色の髪の毛を掻きむしる。

「ん゛、ん゛。俺の聞き間違いでなければ現象に頼ると聞こえたんだが。正気か。所詮現象なんてものは身体強化をした際に漏れ出た魔力に過ぎない。どれだけ頑張ったところで大して強化されることもないし、相性の悪い相手に出くわせば無意味と化す。そんなものに本気で命を預けようと思うのか。そんなことを君達に吹き込んだのはどこの馬鹿だ」

「えっと、こっちに来るときに一緒に船に乗っていた冒険者の人ですけど」

 礼一の脳裏に必死こいて土下座をするパントレの姿が浮かび上がる。うむ。確かに彼は生まれ持っての馬鹿、天性の馬鹿、そして生粋の馬鹿であった。

「はぁ。冒険者なら者によってはそういう戦い方をするのかもしれない。彼らは戦う相手と機会を選択できるのだからな。それに危なくなれば逃げればいい。信頼は失うかもしれないが命は助かるだろう。だが俺達は、少なくともここではそれは出来ない。どの魔物がいつ襲ってくるのかを俺達は選べないし、山中での戦闘は長時間に渡る。現象なんていう不確かなものに頼るより、継戦に耐えうる地力を養った方が余程役に立つ。それはこれから手にするであろう“魔物の家”で得た能力についても同じだ。ん、手札を増やすことは大事だが、それに頼ってはいけない。手札なんてのは切らないに越したことはないのだから」

 シロッコは厳しく言い切る。礼一はそんな彼の言葉を反芻しながら、船での戦闘のことを思い返していた。あの時は運よく魔物から逃げ切ることが出来たが、皆限界ギリギリだった。環境が悪かったということもあったろう。しかし根本的に力が足りなかったことは否めない。海の魔物でさえそうだったのだ。それよりも強いとされる陸の魔物相手に一歩も引けない状況で果たして切り抜けられるだろうか。

「ん、そういうことだ。頑張って楽に戦うコツを掴まなければならない。何、魔物相手だから技術云々はそれほど大事ではない。敵より速く動き、強く剣を振るえればそれでいい」

 無理難題だろうという言葉が喉まで出かかったが礼一はそれを飲み込む。少なくとも実際この地で戦い、生き残ってきたシロッコの言う事だ。安易に否定して良いものではない。それに休憩はもう十分だ。立ち上がり、ずっくと斜面を踏みしめる。

「よし、それでいい。訓練再開だ。ん、それと魔物の討伐自体は魔力が戻らなくても行うからな」

 頼もしく頷いたシロッコの言葉に折角立ち直った二人の膝から力が抜ける。何でだよ。それこそ無理難題だ。

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