19 領地
曰く領土の中心に山岳地帯が広がり、人が住む街は山間部ないしは海辺に点在する。この土地においては人間も魔物の一種類程度の位置づけで住み分けを行っているというのが適切な説明になるそう。何しろ人よりも魔物の方が住んでいる面積も人口も多いのだ。そしてそれ故か都市と都市間の交易路は常に魔物に脅かされているという。いささか過酷に過ぎる環境だが、そんな出涸らしの茶ほどに旨味なしの土地故に侵略されることもない。内憂は抱えまくっているが外患は気にする必要がない状態だ。ある意味では御しやすい領地なのかもしれない。軍が強くさえあれば。
「という訳で軍の仕事は端的に言えばひたすら魔物を倒すことだ。他の家はどうだか知らないがここではそれが最も大きな仕事だ。ん、冒険者なんぞと一緒にしないでくれ。こっちは切りのない仕事と安い賃金が保証されている」
世間じゃそういうのをブラックと呼ぶのだよ。話のオチに礼一は青ざめる。
「流石に冗談だ。そんなことをしてたら逃亡兵だらけになる。ん、しかしまぁ魔物を倒せる力をつけなければならないのは本当だ。何せ大方の都市が魔物の生息域の中で孤立している。いつ襲われても対処できるようにしなくては」
「十分辛い仕事ですよ。というか例えばここの土地から徐々に人間の領域を広げるなりすればいいじゃないですか。何でわざわざあっちこっちに都市を作るんですか?」
質の悪い冗談に礼一が問い返すと、シロッコは意表を突かれた顔をする。
「悪い。うっかりだ。説明を忘れていた。そもそもここの領地の成り立ちはどうしようもない土地を与えられたところから始まるんだが...」
そう言って再び始まったシロッコの説明によると、枝分かれした王家の傍流を新しく一つの家として仕立てる際、領地として下げ渡されたのがこの土地らしい。分かりやすく言うと家として認めてあげるし土地もあげる(人が住める土地とは言っていない)ということだ。海に面しているため交易なりが期待できる以外は全て罰ゲームに近い。その交易に関しても海まで道を通すことが出来なければ実現不可能であるため、実質空手形だ。
「碌でもない話だろう。断りようもないしな。しかし家として認められた以上、そのうち国から仕事を回され、出費は嵩む。人外魔境でも何でも開拓して利潤を生む以外道は残されていなかったそうな。ん、今は内陸から海まで何とか道が拓けている。お陰様でがっぽがっぽのうっはうはだ。とういうことでな。今ある都市も海に到達するルートに設けられた拠点が基になっている。あちこちに点在しているのもそれが理由だ」
何とも酷い話だが、国を運営する上では効率的なやり方ではあるのだろう。失敗すればその家を取り潰して他の誰かにやらせれば良いし、成功すれば領土が勝手に拡大する。痛む腹なんてのは何処にもない。あっても傍流の家のであろう。子孫なんてのは放っておけば腐る程に増えるので人手が尽きることもない。
「汚いな」
洋の口からポロリと非難が零れる。礼一も概ね同様の感想を抱く。賢いやり方だが気分の良い話ではない。まぁ色々と事情がわかったので良しとしよう。
「じゃあここは教国全体から見れば端っこなんですね?」
「ん、そういうことだ。王家の方々は管理官っきり派遣して、自分達は教国の中心地に居を構えている。貧民街であった爺さんがいるだろう。あの人がこの街の管理官さ」
あれー。そいつはびっくりだ。気安く話していたがそんな偉い人だったとは。しかしあの人自分のこと軍の人間とか言ってなかったか。礼一の頭は驚いたり戸惑ったりとせわしなく回転する。
「ん、爺さんの言ってた軍の人間云々の話は嘘だぞ。言ったろう。中身はペテン師だと」
マジかい。あの爺もう一生信じるものか。見事に一杯食わされた礼一の心中で、温厚なお爺さんが稀代の詐欺師に変身する。
「いやそこまで動揺しなくていい。あの爺さんは嘘つきではあるが、恩や義理には煩い。君達を軍に入れた理由に関しては嘘はないと思うぞ。あの年になって不便な土地で管理官をやっているのも損得抜きの忠義あってこそだからな。ん、恐らくだが」
せめてそこははっきりと言い切ってくれ。余計不安になる。
「それで軍については大体わかりましたけど、あそこの兵舎は何なんですか?殆ど誰もいないし、唯一発見出来たのもまんまアル中の青年だし」
「ん?君はあいつのことは青年と言うのか。歳は俺と一緒ぐらいの筈だぞ。何で俺のことは.....」
「いやそういうのはいいのであの兵舎の住人について教えてくださいよ。場合によっちゃ今日安心して眠れないかもしれないじゃないですか」
予想外の部分がおっさんの琴線に触れたようだが知ったこっちゃない。もしもあの建物が誰も寄り付かない事故物件の類なら少なからぬ覚悟が必要となるのだ。
「いやあの建物自体にそこまで深い意味はない。仮宿みたいなものだから人が少ないのは当たり前だ。ん、あそこを使うのはあちこち移動して臨時の仕事を片付ける風来坊ばかりだからな」
説明がボヤっとしていてちっともはっきりしない。もっと具体的な説明が欲しくて礼一がせっつくと色々と面倒な事実が判明する。
まずあの兵舎に出入りする人間は軍の中でも格別の戦闘能力を有し、防衛を主とする軍においては珍しい急襲部隊としての役割を担っているらしい。彼らは常に個々で駆け回りその役目を果たす。例えば、各地の魔物を殲滅して回ったり、大規模な魔物の襲撃に際しては単騎での切り込みや撹乱を成し遂げる。故に功績だけで言えば軍の中でも頭一つ抜けている。
またその一方で、協調性のなさと問題行動が多さから評判は最悪、悪い噂には事欠かない部隊でもある。曰く街を守る筈が街を廃墟にした、魔物と一緒くたに味方の軍勢まで全滅させた等々。
「いや何してるんですか?このままだと俺達は実力不足で過酷な現場に放り込まれ、更には味方に嫌われて孤立無援。お先に真っ暗じゃないですか」
礼一が口角泡を飛ばさんばかりにシロッコへ文句を言うと、彼は渋柿を食ったような顔をする。
「俺に言われてもな。俺だって前にいた隊からこっちに移されて迷惑しているところだ。こんなことなら変に頑張って戦わなければ良かった。ん、こっぱずかしいあだ名までつけられるしで散々だ。前の隊の奴らも今まではシロッコ隊長と呼んでいたのが、今では顔を合わす度に“口なし”隊長だと。ん、人望が無かった訳ではないからな」
「二つ名ってやつじゃないですか。箔が付いて結構じゃないですか」
「ん、あだ名というのは親と一緒で選べないんだぞ。どれだけ嫌な呼び方でも周りにそう呼ばれれば受け入れるしかない。理不尽極まりない」
どうやらシロッコ本人は二つ名が気に食わないと見える。
「まったく。たった数回、ほんの数回、上に報告を入れずに魔物討伐に駆けただけ。それだけで報告する口もないのに手ばかり出すから“口なし”というのは酷いだろう。あんまりだ」
シロッコの話を聞く限り彼は中々の問題児だ。軍にいた頃は単騎で都市近郊の魔物を殺して回り、それが原因で報復に押し寄せた魔物を叩き潰していたらしい。結果的に魔物の脅威が減って暮らしやすくなったと彼は主張するが、一時でも危険に晒される街の人は堪ったもんじゃない。目出度く悪名が管理官の目に留まり、転属に相成ったという。本来礼一達の隊に入隊するには管理官の推挙と軍の上層部の承認が必要だが、シロッコに関しては軍の上層部は喜んで彼を手放した上に素敵な二つ名まで広めたそうだ。
「実質、管理官共の直属部隊だからあの爺さんの推薦があった以上断りようがないんだけどな。そのせいで魔物の家での手術を前倒しにされるし、新人の指導役まで任せれるしで散々だ」
「いやそれは知らないですよ。大体隊に入る前に手術を受けたのはシロッコさんの勝手じゃないですか」
「いや違うぞ。今の隊は管理官の推薦があって初めて入れるからな。各都市のどの管理官も自分の推した人物が他所のに劣れば面子にかかわる。だから腕の立つ者がいれば手を尽くして迎え入れ、少しでも強くしようと手術でも何でも受けさせる。勿論手術も合う人と合わない人がいるから事前に確認はされるがな。ん、俺は運悪く合う方だった。君達の場合はそんなこと関係なく手術をされた上にうちの隊にぶち込まれたみたいだが。ま、頑張ってくれ」
シロッコはまるで災難か何かのように愚痴を垂れる。しかも終いには礼一達を突き放す。まぁ指導係ということなので存分に頼らせて貰うが。しかし手術にも合う合わないがあるとはね。恐らく礼一は魔石がしっくり来たので合う方で、そうでない洋は合わない方なのだろう。
「ん、そうだ。そのうち“魔物の家”の店主様に会うことになると思うが、あの姐さんの前で管理官の爺さんを話題に上げるなよ。たちまち不機嫌になるからな。何しろ姐さんは殆ど詐欺に近いやり口でこの領に囲いこまれている。爺さんには相当な恨みつらみがあるだろう。ん、君達もあの老人と個人的な縁があるなら姐さんの八つ当たりを食らうに違いない。せいぜい機嫌を損ねないように気張ってくれ。こっちまで当たりを強くされるのは嫌だからな」
この野郎自分は関係ないってか。というかあの爺、知れば知る程にとんでもないな。
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