11 日中
奇妙な一件があったせいでまんじりともせずにじっとしている内に時刻は昼となる。天井の隙間に陽光が煌く。そんな状態にも拘らずシロッコと洋は飽きもせずに延々と眠り続けている。そんなに寝ていると次に起きた時に頭が痛くなるぞ。
バンッ
扉が開いて店主がヌッと現れる。彼女は礼一と洋にはお構いなく、シロッコの方に近づく。
「そろそろ起きとくれ。仕事をする頃合いだよ。あんたもそんなに暇にしていたら駄目だろう。そこの二人を連れて行ってあげとくれ」
ガシガシと容赦なく蹴り起こしている。最早客対応も糞もない。
「ん?ん?わかった、わかった。起きる。起きます」
シロッコが混乱しながら跳ね起きる。
「ってやっぱり俺の仕事はこの子らを連れていくことですか。んん。どうにもそうじゃないかと思っていたんだ」
彼は一人で勝手に納得して頭を掻く。今の言いっぷりだと何処かに連れていかれるのは自分達だ。礼一と洋は事の成り行きを確かめるべく店主の顔を見つめるが、彼女は大きく首を縦に振り部屋を出て行ってしまう。えッ、マジ。何もわからないよ。
「ん、それでは行くとするか。持ち物なんて特にないが、隠すものが必要だな」
シロッコが二人を姿をしげしげと見ながら、髭を掻き掻きそう呟く。
「おっさん、どういうことだ」
洋が尋ねると、すると彼は大きく息を吸い、ズイとこちらに顔を近づける。
「いいか、俺は、おっさんじゃない。黙って、ついてこい」
そうしてすっかりご機嫌斜めで部屋を出て行ってしまう。
「何か頭からすっぽり被れる布と仮面を貰えないか?この子等を人目に触れても問題ない格好にしないといけない」
シロッコが店主に掛け合っているのが聞こえる。果たして仮面を着けて、全身を隠している奴を真面と言うのだろうか。礼一は首を捻る。
「これを着るといい。ん、何というか君達の見た目は少々目立つからな」
地下室の入り口で仮面と布を手渡しながら、シロッコは言いづらそうにそう告げる。
「ありがとうございます」
二人は余計な事は言わず直ぐにそれを身につける。先程怒らせたばかりなのでそこそこ気まずく、茶々を入れるのは躊躇われたのだ。
「ちょいと」
身支度を整え階段を上がり始めたところで店主が背後から二人を呼び止める。頼むから気配を消して近寄らないでもらいたい。ちょっとばかしビビッて小便を漏らしかけながら、礼一は振り返る。右足の付け根をツーと雫が一滴垂れていく。
「こいつをあげるから常に首から下げときな。多分役に立つだろうから」
彼女はそう言って透明な石を二人の手の上に乗せる。石は丁度ネックレスとして首から下げられるように穴が開けられている。
「それじゃあね」
彼女はさっさと部屋へと引込んでしまう。何とも素っ気無い別れ際だ。
「ん、彼女にしては良くしてくれている方だぞ。少し驚いた」
階段を上りながらシロッコがそう語る。軽く目を見開いているところを見ると本当なのだろう。
「では行くとしよう。布から身体がはみ出さないように気を付けるんだぞ」
シロッコの号令で三人は家の表戸から外へ出る。
道を歩きながら礼一は仮面の上から鼻を押さえる。前にこの貧民街を通り抜けた時もそうだが、何だかドブのような腐った臭いが立ち込めている。何だってこんなに臭いんだ。一刻も早くこの地区から抜け出したくて自然足が早まる。思うところは一緒のようで、洋も同じくペースを上げる。
「ん、俺より前に出ないでくれ」
シロッコがそんな二人に指示を飛ばす。逆らう訳にもいかず、仕方なく彼の影を踏むように付き従って歩く。通りには幾らか人の姿があったが、見慣れない三人の姿に脅えるようにあばら家の中に引っ込んでしまう。当初礼一は自分達の妙な恰好が原因かと思っていたが、前を行くシロッコの顔を覗き込んで勘違いを悟る。
「ここらでは舐められたら終わりだ。隙を見せないように」
礼一の視線に気付き、左右を睨め付けながら腰の剣に手を当てて歩いていたシロッコが注意を促す。これが『スラムの歩き方』というやつか。某海外旅行ガイドブック風の題名が思い浮かぶ。確かにそうでもしないと先日のように身包みを剥がれるような羽目になるのだろうが、見も知らぬ相手を盗人扱いするのは良心が痛む。
心の中で住民達に詫びを入れながら歩いているとシロッコの足が止まる。彼の脇から顔を出して前方を確認すると、この地区には似合わないしっかりした造りの家が建っている。
ドンッドンッ
シロッコが扉を煩く叩く。人が消え、閑散とした通りに乾いた木の音が響き渡る。
「そんなに叩かずとも良い。開いているから入って来なさい」
扉の奥から穏やかな男性の声が聞こえる。何処かで聞いたことのあるような懐かしい響きである。
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