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10  施術

「いいかい、息と一緒に吸い込むんだ。昨夜見ていたからわかるね」

 店主が瓶を鼻先に突き付ける。

 ちょっと待って、まだ心の準備が出来ていない。というか親友の危機だってのに洋の奴は何をしているのだ。助けてくれても良いだろうに。ちっとばかしムカつきながら彼のいる入口の傍へガンを飛ばすと、件の人物は舟を漕いでいやがった。一生恨んでやる。

「ちょいと、話聞いてるかい?余所見をしてる場合じゃないよ。死ぬよ」

 そんなまさか。急な脅し文句に驚いて思わず店主の顔を見るが、仮面を着けているせいで表情がわからない。彼女は無言でこちらを見返してくる。え、マジなの?怖い怖い。礼一は慌てて居住まいを正す。

「それじゃ」

 ポンッと軽い音と共に蓋が開けられ、煙が出てくる。今回のはシロッコのように緑色ではなく、真っ黒でまるで煤煙だ。間違いなく身体に良いものではないし、これ本当に大丈夫なものなのかな。そんな感想を抱きつつ礼一は息を吸い込む。

 うぇあッ。煙を吸い込んだ筈が鼻の中を固形物が通り抜けるような感覚を覚える。そいつが肺の方まで下るのを微妙な顔で耐えていると、吸い込みきれなかった残滓が勝手に鼻の穴へと入り込む。

 煙が全て身体に吸い込まれたのを確認すると店主は瓶をポケットに放り込み、首筋を揉む。どうやらお疲れのようだ。何だかんだここの仕事を一人で切り盛りしているのだ。礼一達の前ではとんだ無精者の彼女も、裏では色々と苦労しているのだろう。

「あんたの施術はこれで終了だ。それでは次に目が覚めた時にな」

 昨夜と同じような台詞が聞こえ、彼女の背中が遠ざかる。椅子に雁字搦めに縛り付けられ、うんともすんとも言えない礼一はボーっと見送る。手足に食い込む縄が地味に痛い。ちょっとでも動くと柔肌に傷がつきそうだ。

 自分の身体の状態を気にし始めたところで腹が減っていることに気付く。そう言えばもうずっと食べていないんだった。朝方は情報収集、昼からはずっと爆睡していたため飯のことなんてすっかり頭から飛んでしまっていた。やけにお腹が空くわけだ。緊張感なくそんなことを思っていると、

 ドクンッ

 心臓の鼓動が一拍、嵐の前触れの様に礼一の耳に響く。

 そしてそこからは地獄だった。胸部に鋭い痛みが走ったかと思うと、身体の中で風船でも膨らましているかの如く内側から圧がかかる。このまま身体が爆発してはじけ飛ぶのではないか。激痛に寸断され遠のく意識で感じる。北斗七星をモチーフとした暗殺拳の犠牲者を思い出す。嗚呼、もうそろそろ限界だ。それじゃあ皆さんさようなら。

 こうしてあっという間に礼一は夢の世界へと旅立つ。

 夢に落ちてからずっと小鬼のような奴を追い回している。やけにすばしっこく逃げ回るのであと一歩で取り逃がす。逃した後にこちらの様子を伺っている辺りが癪に触る。小癪な野郎だ。

 そうやって鬼ごっこをしている内に、徐々に身体が重くなる。九つの玉を集めている訳でも無いのに、何故重力トレーニングをせにゃならんのだ。文句を垂れながら必死こいて動いていると、いよいよ辛くなってくる。

「おらぁッ」

 喝を入れ、重圧を跳ね返したところで目が覚める。

「んあっ、あれ?」

 見慣れた部屋の薄闇に疑問符が湧く。記憶を辿るが、昨夜の店主の言葉を最後に何も思い出せない。

「んん゛ー、んん」

 傍から唸り声が聞こえ、徐に腹の上に何かがズシリと乗っけられる。ははぁん、寝苦しさの正体はこいつか。礼一は躾のなっていないおっさんの足をむんずと掴んで横に退ける。人様をオットマン扱いするとは良い度胸である。

「ったく。よっこらせっ」

 未だに続く頭痛と倦怠感にうんざりしながら立ち上がり、部屋の外へ出る。一体今は何時であろうか。答えてくれる蕎麦屋もいないので店の表戸を開け、外の様子を確認する。

「うえっ」

 地の果てが僅かに色付いている。丁度夜明けのようだ。普段の礼一なら日の当たる屋外に苦痛を感じない。しかし今日はどうも気分が悪いせいか眩しい陽光を見るのが嫌で早々に戸を閉め、部屋へと舞い戻る。

「、-い、おーい、おーい」

 床に寝転がり薄暗い天井を眺めていると何処からか忍び声が聞こえる。まさか自分に向かってのものとは思わず無視をする。

「おーい、おーい、おーい」

 誰にも答えてもらえないからか呼び声はずっと続く。まるで止まらないアラームのようだ。

「うるさいな。出てきたら良いじゃないか」

 諦め悪く続く声にいい加減苛々Maxで礼一はボソッと不満を零す。

「何だ。聞こえてるなら返事をくれればいいのに。酷いよ」

 声を出す瞬間に呼び声が止み、返事が返ってくる。

「誰だ?何処にいるんだ?」

 気味が悪くて礼一はあたりを見回す。

「どうなんだろう。多分君と一緒だと思う。僕もさっき目が覚めたからわからないよ。こんなところ初めて見るし」

 声が語る内容は意味不明だ。

「何だお前、気持ち悪いな」

 何だかはっきりとしない様子に我慢できず、礼一は率直な感想を告げる。

「そんな。そこまで言わなくても。まだ話し始めたばっかりなのに」

 悪口を言われて凹んだのか声はパタリと聞こえなくなる。一体何処のどいつだ。

「おい、君大丈夫か?気味が悪いぞ」

 急に肩を揺さぶられびっくりする。誰かと思って顔を向けると、シロッコが心配そうにこちらを覗き込んでいる。

「大丈夫ですよ。どうしたんですか?」

「何で一人で会話しているんだ?変だぞ」

 心底奇妙といった風で、冗談を言っている訳ではないようだ。詳しい話を聞くと、彼目線では先程から礼一が一人二役で話をしているように見えたらしい。薬の影響で気でも触れたのかと心配になり声を掛けたそうだ。何だか怖いな。

 不可解な出来事に驚き、暫し礼一は考え込む。似たような話をどこかで聞いた気がする。はて何処だったか。そうだ。

 思い当たったところで礼一は思考停止に陥る。遡ること約一年前、洋に紹介された怪談サイトの閲覧中、同じ下りの話を目にしたのだ。ぞーっと背筋が凍り付く。念のため周囲を確認するが、横に寝転ぶ洋とこちらを見ているシロッコ以外人影は見当たらない。

「あの、つかぬ事をお伺いしますが宙に浮いていて足が無かったり、身体が透けてたりする奴って知ってますか?」

 礼一はおっかなびっくりシロッコに問い掛ける。

「ん?知らないな。君の知り合いにはそんな奴がいるのか?変わった奴だな」

 ホッとした。こちらの世界には幽霊なんてものはいないらしい。面白半分に怪談を聞く程度ならまだしも、お化けと対面なんてのはご容赦頂きたい。まぁ兎に角その類で無かったことには一安心だ。

 しかしながら先程の声が何だったのかはわからないままである。可能性として考えられるのは何だろうか。礼一は押し黙り、何かないかと頭の中を引っ掻き回す。宇宙人と繋がった、新たな人格の出現、夢遊病、etcこの十数年で蓄えた無駄知識を総動員するが、そのどれもが素人の浅知恵故、確証がない。

「ん、取り敢えず気が触れていないなら良かった。また分からないことがあったら聞いてくれ」

 シロッコがそう言って寝転ぶ。このおっさん食っちゃ寝しかしてねぇ。大丈夫か。


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