7 内憂
「そうか。君達はこの国の人間じゃなかったな。ん、ということはこの国の宗教についてもあまり知らないのか。そうだな」
シロッコは顎鬚を摘まみながら下を向く。その様子はそこはかとなくおっさん臭い。
「ん、わかった。“円卓の末裔”はな、簡単に言えば人間至上主義者だ。純粋な人間以外の者を差別するのは勿論のこと、実害を加えることも少なくない。昔はそこまで過激ではなかったんだが、頭が交替してから様変わりした。今の彼らが君達や魔物の家を見つけたのなら問答無用で殺したり、破壊したりするだろう。人間以外は排除対象らしいからな」
怖っ。自分たちであれば一目で獣人と判断されて殺される。大戦中の某国収容所を思い浮かべ礼一は震え上がる。
「この国を中心とした信仰は真教と呼ばれる。中身をざっくり説明するとだな。人の文明は神である善悪を判じて善を守護し悪を罰する存在により開かれ、我々にはそれを守っていく責務を持つといったところか。ん、まぁそういう訳で俺達人間は普段から悪を排除しなきゃいけない。この国では一般的に人間が善、魔物が悪と言われている。だから魔物は出来る限り駆逐すべきとされている。ただ何事もそうだが、解釈は人によって様々でな。残念ながら魔物と獣人を一緒くたに人外と断定する連中も存在する」
おいおい、実際に魔物を見たことが無いのかよ。流石に一緒にするのは常識的に無理だろ。
「真教では人間が文明を持つに足る知性を有していたからこそ、神は人間を守ったと言われている。尤もその教え通りに知性の有無で善悪を分けるなら、獣人をむやみに差別するのも筋が通らないのだが。どうやら見た目の違いは大きいらしい」
礼一はシロッコの話に多少納得し、頷く。確かに礼一達が元いた世界でも、見た目による差別の例は歴史にごまんと溢れていた。
一方で一つ疑問が湧く。彼の話を聞く限り、礼一達と同様彼自身も“円卓の末裔”とやらに命を狙われるのではないのか。彼だって手術を受けたのだ。少なからず純粋な人間の枠からは外れた存在と言えよう。
「ん、勿論俺も一般的に言うと危うい身の上になりはしたぞ。だが昨日も言ったように俺は軍の人間だ。流石にそう簡単に手出しはされないし、そこらの人間に後れを取ることもない」
礼一のいぶかし気な視線に気付き、訂正するようにシロッコが言う。なんだがそいつはズルい身分だな。少々気に食わない。
「でも危害は加えられなくても非難はされるでしょう。国ぐるみで信じている教えを軍人が守ってないなんて変ですよ」
どうにも納得ができず、礼一はシロッコに尋ねる。
「言っただろ。解釈は人によると。別に教国民の誰もが獣人や魔物関連のものを悪と考えている訳ではないし、そこまで狂暴な性格もしていない。差別する人はいるだろうが、滅多矢鱈に攻撃してくる奴なんてほんの一握りだ。そもそも俺の場合は見た目でバレることもないんだからそこまで危険はない。注意するに越したことはないがな」
確かに見た目で分からなければそれほど危険はないだろう。矢張り獣人の容姿はこの国で生きていくには相当に不便だ。特に礼一達の様に頭から爪先まで概ね黒いと隠すのも一苦労である。自分の髪の毛を摘まみながら礼一は今後どうやって人前に出たものかと思案を巡らせる。
「取り敢えず俺が話せるのはこんなところだ。先ずは下手な死に方しないためにも手術を受けるんだな。ん゛ん゛、身体が重いな。すまないがここらで一眠りさせてもらう」
考え込む礼一を尻目にシロッコは床に寝っ転がり、身体を丸めて眠りこける。どうやら服用した薬とやらは副作用が相当続くらしい。
「手術を受けるしかない」
出し抜けに洋が決断を下す。一瞬虚を突かれたものの、もう時がちょっとも残されていないことに礼一は気が付く。シロッコと話している間に十分過ぎる程に時間は過ぎ去ってしまったのだ。ここから逃げ出すならば次に店主が起きる前に動き出さなければいけない。つまりは決断するのは今この瞬間なのである。
「うーむ、うーん、うーむ」
すっかり困ってしまって礼一は唸りながら部屋の中を歩き回る。別に名案が浮かんだりはしないが、じっとしていられないのだ。何かないか何かないかと只管に歩を進めるが、もともとスッカスカの灰白質である。期待薄なのは当人以外の誰が見ても明らかであった。
バンッ
結局、百と十周部屋を回り切った辺りで部屋の扉が開く。
「まったく眠いね。これもどっかの誰かのせいだよ。おや寝てるじゃないか。まったくいい気なもんだ。ほらそこの二人、突っ立ってないでさっさと下に来な」
店主の声が聞こえる。残念、タイムオーバーだ。
二人は店主の指示通り部屋を出る。そうして片方は覚悟を決めた目で、もう片方は肩を落として地下室へと続く階段を下りていく。
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