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5   騒音

「、-い、誰かー。おーい、誰かいないかー。誰か。おーい」

 大声が響き渡る。誰だよ騒がしいな。仄暗い天井を薄目で確認し、朝の訪れを知る。

「おーい、誰か。んん?な、何をするんだ。ちょ、ちょっと待ってくれ、何処に連れていくつもりだ。下ろしてくれ」

 何やら大きな音がしたかと思うと騒音の発生源がこちらに近づいてくる。こっち来んなよ。身構えようと思うが身体と瞼が言うことを聞かない。取り敢えずの解決策として礼一はボロ布を頭からすっ被り、耳を塞ぐ。これで暫く惰眠を続けられる。

 ズガンッ

 急に傍らの地面が揺れ、慌てふためいて飛び起きる。見れば昨夜の男が部屋の入り口で苦しそうに呻いている。

「そいつを黙らしときな」

 店主の声が降ってきたかと思うと、大きな音を立てて扉が閉まる。これはあれだな。朝一で気持ちよく寝ているところを邪魔されてブチ切れたって感じだ。

 そもそも夜更かしの常連で昼頃に起きる彼女のことである。朝っぱらのこの時間帯は丁度眠たい盛りだろう。そこへ近所迷惑な野郎が到来したのだからキレない方がおかしい。

「まったく容赦ないな。ん?君は昨日の青年じゃないか」

 男がこちらに気付いて話し掛けてくる。

「おやすみなさい」

 礼一も眠りを妨害され、イライラしていることに変わりない。再度ボロ布をひっ被りながら一言そう告げる。次こそはしっかりグダらせて貰う。

「ん?もう朝だろ。何か変なことを言ったかな」

 男のぶつぶつ呟く声が聞こえるが無視だ。無視。

「はぁー、二度目の目覚めは心地いいや」

 それから数刻の後、シャキッと目覚めた礼一は大きく伸びをする。

「二度寝しただけだな」

 声がした方向を見るとおっさんがいじけてそっぽを向いている。どうやら服の代えは持っていたようで、裸族は卒業済みだ。

「昨日おっさんが眠った後の片付けやらでみんな寝る時間遅くなったんですよ」

 世話してやったのに恩知らずな言い草だと礼一は抗言する。

「おっさんって、、いや、まぁいい。悪かった。昨日のことは途中から記憶が飛んでいて覚えていないんだ。どんなだったか教えて貰えるか」

 何やらショックを受けた様子でおっさんが尋ねてくる。そういやこの人は気絶していたのだから自分の晒した醜態を覚えていないのも当然だ。そう気付いた礼一は昨夜の惨状について懇切丁寧に説明する。話が進むにつれて男は悄然とした面持ちで首を垂れる。現実は時に非情だ。耐えろおっさん。

「ん、それは何ともすまなかった。この借りはいつか返させてもらう。ところで君達はどうしてここへ?」

 暗い過去を忘れようとするかのように男は露骨に話題を逸らす。まぁその気持ちはわからないでもない。礼一も気を利かせて話を合わせる。

 どこか知らない世界から来たなんてことはどうせ信じて貰えないので、遭難した所を偶然助けられ、すったもんだの末にこの店に拾われたという内容を手短にまとめて聞かせた。

「そいつは港で会った爺さんに感謝しないとな」

 一通り聞き終えてから男はそう呟く。確かにそれはそうのだが礼一としては少々納得がいかない。あの爺さんが紹介してくれたこの家も大概胡散臭く、事実礼一と洋は現在進行形で危うい立場に立たされている。

「その顔はあまりわかってないといった感じだな。今聞いた限りでは君達は冒険者のように強くもなく、見た目は獣人ときている。この場所を紹介されていなかったら十中八九野垂れ死ぬか、殺される運命を辿っていた筈だ。元々ここの住民ではないのだから貧民街で生きていくことはまず不可能、それ以外の場所を冒険者でもない獣人が出回ればこっちの国の人間に殺されて終了。そんなとこだろ」

 教国に着いてこの方全く意識していなかったが、本来ここはそういう国だ。所謂獣人と見做される人々に人権は存在しない。頭ではわかっていたが、流石に殺されると聞くと首筋がスッと寒くなる。

 尤も礼一に実感がないのも無理はない。港からこの家までも貧民街を通ってやって来たのだ。教国民と接触する機会など一度もなかった。恐らくあの老人も二人が教国民と会わないよう敢えてその道を指示したのだろう。

「確かにそうかもしれません。あ、でも俺達もおっさんが受けた手術を受けさせられそうになってるんですよ。ここだって別に安全て訳じゃあないですよ」

 多少納得させられはしたものの、当初から言っているように礼一と洋には恐怖の手術が待っているのだ。結局どこにいても危険に変わりないだろう。

「そいつは君の勘違いだろう。紹介状の中身は読んだのか?恐らくだが港で会った老人は端から君達に手術を受けさせるためにここを紹介したんだろうよ」

 男はさも自分の推測が正しいかのようにそう言い切る。紹介状の中身なんて読みはしなったが、何故に老人が手術を受けさせようとするのだろうか。訳が分からない。

「そもそもここの仕事は君達のボスが一人居れば十分事足りる。あの人が君達を雇う必要なんてこれっぽっちもない。それでも君達を手元に留めているのは彼女なりの優しさだったんだろう。それも君達のせいでおじゃんになってしまったが」

 あの店主の何処に優しさがあったんだ?男の発言には一々首を傾げざるを得ない。

「それはそうと手術だったか。何処に躊躇う要素がある。君達は現状無力極まりない。手っ取り早く手術でもして力を付けないと使いものにならないだろう。幸い俺みたいな普通の人間が手術を受けるのは多少覚悟が必要だが、君達は獣人だ。今更二の足を踏むこともあるまい」

 今のは何か引っかかる言い方だな。まるで蔑んでいるじゃないか。

「それはどういう意味ですか?」

 一方的に滅茶苦茶言われ、少しばかり頭にきて礼一は問い返す。

「気を悪くしたなら謝る。ただ今のは俺がというよりこの国の社会的な評価という意味だ。手術を受けるということは体の作りが魔物と似る。この国の人間からすればそれは唾棄すべき事柄だろう。だが君達獣人はそもそも人間扱いされない。であれば今更そういった社会の目を気にする必要はないということだ」

 魔物と似る?どういうことだ。そう言えば肝心の手術の中身ついては知らないままだった。

「魔物の家と手術について知りたい」

 うわあっ、びっくりした。振り返るといつの間にか起きていた洋が繫々と男を見つめている。


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