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2   隠密

 キィッ

 建物が古いからか、地下室へと続く階段が二人の重みで軋む。

「シィっ、静かにしろって」

 声を潜めて後ろを歩く洋に注意する。まったくガサツでいけないよ。もっと気を付けてもらわなきゃ。

 階段は暗く足元はちっとも見えない。次の段を探る自分の足先の感覚だけが頼りだ。

「ッと」

 余計なことを考えていたら危うく躓きかけた。危ない危ない。

 背後から押し殺した笑い声が聞こえる。友の不幸を笑うとは薄情な奴だ。だが先刻偉そうな顔で注意した手前文句も言えない。

  ゴンッ

 今度は顔が何かにぶつかる。どうやら地下室の入り口に到着したようだ。またも後ろから笑い声が聞こえる。何だこの圧倒的敗北感は。

 手で扉の表面をまさぐると錠前はなく取っ手のみ付いているのがわかる。

「そっとな」

 わかってるっての。気が気ではなさそうな洋の声を無視し、取っ手を引く手に慎重に力を込める。

 ズズッズズッ

 下の地面を僅かに擦りながら片目で覗ける程の隙間が開き、光が漏れる。

 二人は恐る恐る扉にへばり付き、部屋の中へと視線を走らせる。

 ゴクリ

 目に入った室内の光景に思わず喉を鳴らして生唾を飲み込む。

 部屋の大きさは二人が元の世界で住んでいたアパートと同じ広さで大体六畳程。中央にはがっしりとした造りの椅子が置かれ、部屋中におどろおどろしい器具が並べられている。まるで拷問部屋だ。

 一体あの性悪店主は何をやっているのか。必死に部屋の中を見回すが、当の本人の姿は見当たらない。

「んんっ、誰だ」

 突如部屋の中から人の声が聞こえ、礼一の肩はびくりと跳ね上がる。

 因みに礼一と洋はフダの国の言葉と教国の言葉のどちらも多少は理解出来る。船長や他の乗組員から魔力の扱い方と同様にスパルタで仕込まれたお陰だ。当時は映画「完全被甲弾」に登場する軍曹さながらのスパルタ教練に恨みさえ抱いたが、今となっては感謝の念しかない。

「そこにいる人達だ。出て来なって」

 部屋の中の主はまたも声を上げる。一体何処に向かって喋りかけているのか。返事を返す者はいない。

「扉のところでこそこそしてる君達。入って来なよ」

 まさかの俺たちかよ。思わず顔を見合せる。

 すると急に横にいた洋が訳わからないことを話し出す。

「コチラエリア51,ワレワレハ宇宙人デアル」

 こんな所で悪ふざけしてんじゃ無いよ。礼一は慌てて友人の横腹を小突く。どうやらツボに入ったらしく洋は痛そうに顔を顰め、再度扉の隙間に口を近づける。

「異常事態発生,応答不可,応答不可」

 本当にこいつは。何でこんな場面でふざけられるんだよ。すっかり相手の出方を伺うことを諦めた礼一はままよとばかりに中に踏み込むこととする。

「さっきから何訳の分からないことを言ってるんだ。んっ、ようやく入って来たか」

 バンッと扉を開けて室内に入ると、先程までただの椅子と思っていたものの上に人間が一匹雁字搦めに縛られて座っているのが見える。顔以外の部分が縄で覆われているのでそういう椅子と錯覚していたのだ。

「んー?何だか変な人達だな」

 椅子の上のそいつは二人を繁々と眺めて一言そう言う。

 いやこっちの台詞だよ。思わず頭をはたきそうになった。

 「あの、ここで何してるんですか?」

 気を取直し礼一は男に尋ねる。

「んん?君達ここの店の人じゃないのか?一体誰だい?」

 男が片方の眉を跳ね上げ怪訝そうに言う。

ちょっと失敗したか。もう少し遠回しに質問するべきだった。

「店の人だ」

 礼一の額に冷や汗が浮かんだところで洋がずいと前に進み出で、さも当然かのように宣う。確かに店の人と言えば店の人だけどぶっちゃけ俺たちの立場は微妙だぞ。

「いや今返事するまでに妙な間があったんだけど。あとほら俺一応お客さんなんだけど」

 ほら、怪しまれてるじゃないか。お客さんにそんな口聞いちゃダメだろうに。

「お客さん。俺は店の人だ」

 直ってねーよ。実はこの洋という男、以前客対応が悪過ぎてバイトを首になった前科持ちである。本人は格差社会へのアンチテーゼだとか嘯いていたがそんなことが現実で罷り通る訳はない。

「はぁー。わかったよ。確かに獣人がこんなに堂々としていられるのもこの店ぐらいだろうしな。今は施術待ちだよ。もうそろそろ調薬が終わるし、そこからが本番だ」

 男はやれやれといった様子で長嘆息する。何だか息が煙草くさい。こっちにもその類の嗜好品があるのだろうか。

「それは大変ですね。そんなに縛られて身体痛かったりしませんか?」

 今度は変な疑いを持たれないよう無難な質問で探りを入れる。

「何てったって身体を作り変える行為だからね。こんぐらいは仕方ないし、ある程度は承知済みさ。それにしても最近は大変だ。軍の末端の俺らまでこういう手術を受けなきゃいけないんだから。命には替えられないし、親に貰った身体だのなんだのと言ってられないよ」

 どうやら男は特殊な立場の人間らしい。

「そろそろ店主も来るみたいなので俺たち失礼します。あ、店主には俺たちが来たこと内緒にしといて下さい。バレると怒られるので。それでは」

 もう少し突っ込んだ話を聞きたかったが店主と鉢合わせると事なので二人は暇乞いをし、そそくさと部屋を出て階段を駆け上がる。男は尚も何か言っていたがゆっくりもしていられないので聞き捨てた。

「いや、まさか人がいるとは思わなかった。肝が冷えたや」

 手にびっしょりとかいた汗をズボンで拭いながら礼一は洋に話しかける。

「これからどうする」

 それなんだよな。男の話からあの部屋で何らかの人体改造手術らしきものが行われるのはわかったが、それがどういったものなのかはイマイチ分からない。勧善懲悪劇でお馴染みの仮面を被ったバッタ男にでもなるのだろうか。

「確認しに行くか?」

 正直気は進まないものの洋にそう問いかけると、彼は無言で礼一の背を叩く。仕方ない。行くしかないか。

 二人は先程上ってきた階段を再度そろそろと下り始める。今度は扉の位置や階段の段数を大体把握していたので大きな音を出すような不始末は犯さなかった。取り敢えず一安心だ。

 扉ににじり寄り、室内から音がしないか耳を澄ます。有り難いことに地下室の扉は薄く中の様子は筒抜けだ。

「以上で説明は終わりさ。もう一度言うが、どうなっても私は責任を取らないからね。それでも良いなら始めるよ。とその前に、、」

 ここ数日で聞き慣れた悪魔の声がして礼一と洋の緊張は一気に高まる。息を殺してなるべく存在感を消そうと後ずさる。

 しかし中で何が行われるのかは確認したい。どうにか扉に隙間を作れないかと礼一は思案する。だがそんな思考は不要だった。

 ドガンッ

 大きな打撃音と共に二人の目の前で扉が吹っ飛んだ。


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