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風にそよぐ 〈ハイファンタジーも甘くない〉 ※第1章完結済み  作者: 鯉のなます
第1章 見知らぬ大洋
33/98

33  上陸

 ギーコ、ギーコと舟を漕ぐ。遠くに見える浜辺では、早くも此方に気付いたのか幾人かの小人がウロチョロと慌ただしく動き回っているのが見える。一日程しか滞在していなかったが彼らの生活は極めて原始的なものということは理解出来た。

 近辺に存在する島は礼一達が最初に降り立ったあの巨岩ぐらいであることから、沖に出ること自体稀であろう。そんな彼らにとって沖に大きな船が現れるなんてことは、黒船来航の数倍はショックな出来事に違いない。

 そんな風に礼一が考え事をしている間に舟が浅瀬に到着する。皆で舟外に飛び降り、舟を砂浜に引き摺り上げる。砂浜には丁度ルチン族の長老が出張って来ている。

「おいっ、しっかりしろい、行くぜ」

 パントレに背中を叩かれてハッとする。つい島での悪しき思い出に頭を支配されてしまっていた。

 気を取り直しパントレ達の後ろをモゾモゾと付いて歩く。今回は彼らという強固な盾があるのだから、無碍な真似はされないであろう。

「おっとこいつを忘れちまってたぜ。いけねぇ。いけねぇ」

 パントレが何か忘れものをしていたのか、小舟の中を覗き込む。そうして細長い木箱を小舟の中から取り上げると懐にしまい込む。キョロキョロと周囲を窺っているあたり、怪しさしか感じない。

「何ですか?それ」

 礼一はすかさず見とがめる。これから大事な話をすると言う時に、懐に何かを隠そうだなんて穏やかではない。

「秘密兵器だよ。まぁ黙って見てろって」

 妙なことにならなければ良いのだが。不安を感じつつも、礼一には小人達の前でパントレにあーだこーだと言うほどの勇気はない。結局自信満々に歩いていく彼の背をただ見つめるしかない。

 長老の前に行き着くと、パントレが片手に持っていた翻訳の魔道具を長老の取り巻きに手渡す。

「先日ぶりだねぇ。一体どうしたというんだい。おやそこにいるのは試練を通過した小僧達じゃあないかい。元気にやってるかい?」

 魔道具を受け取るなり長老がしわがれ声で礼一達に声を掛けてくる。げッ気付いてやがる。しょうがないので礼一と洋は曖昧に首を縦に振って、長老と目を合わせないように顔を伏せる。またふん縛られて森に放り込まれるのんて真っ平ごめんである。

「ちょっと行き詰っちまってな。物資の補給をさせて貰いに来たんだ。武器の方は奮発させて貰うからよ。お願い出来ねぇか?」

 パントレが物怖じする様子もなく商談を始める。

「ほう。考えないことはないやね。ただこっちも他人様に物を分けてばかりいられる程余裕のある生活はしてないからねぇ。一体如何程で考えてるんだい?」

「果実とホゴの葉を夫々一つで計樽二つ分ありゃ十分だぜ。引き換えの分の武器類は前回と同量で構わねぇ。その代わり島の中で狩りをしたりすることを許して貰いてぇんだ。どうだ?」

「随分と大盤振る舞いだねぇ。有難いことだよ。でもねぇ余所者にそう簡単に島の中を動き回られると困るさねぇ」

 長老が如何にもわざとらしく頭を傾げ、考えてる振りをする。チラチラと此方の様子を窺っている辺り、芝居であることが丸わかりである。

「しょうがねぇな」

 パントレは長老の耳元に口を近付け何やら囁く。そうして懐から先程の木箱を取り出して、長老の手の中に滑り込ませる。長老は蓋を少し開いて中身を確認すると、途端に笑みを浮かべてパントレと握手を交わす。いかがわしいことこの上ないが、どうやら商談は無事にまとまったようである。

 話に片が付くと、パントレが此方に目くばせをする。その合図を受けて礼一達は小舟の中から受け渡し用の布にくるまれた武器の束を運ぶ。

 砂浜の上に武器を並べると、取り巻き連中が改める。暫しの確認の後、納得がいったのか武器を抱えて後ろに下がる。

「それじゃあ、こちらのものを持って来させるよ。ちょいと待ってておくれ」

 長老はそう言うと、すぐさま指示を下して、引き渡す品を取りに行かせる。

「それにしてもこうしてまた会えるとはね。無事にやってるようでなによりさ」

 またしても長老は礼一達に話しかける。さっきからやけに親し気だ。

「その節はどうも」

 どう答えれば良いのかわからず礼一は中途半端な挨拶をする。

「そう固くならずとも良い。試練を生き残ったんだからあんた達には何も恥じるところはないよ」

 長老の喋る言葉の意味が分からず礼一は盛大に首を傾げる。

「何だい。何も知らなかったのかい。まったくしょうがないねぇ。どれちょいと話してあげるさね」

 長老は頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされている礼一と洋に島での彼らの扱いを教えてくれる。

 曰く礼一と洋が最初に発見された岩場はルチン族の聖地で間違いなく、二人は禁足地に踏み込んだ罰として魔物を誘き寄せる匂いをつけて森に置き去りにされたそうだ。これはルチン族の裁きを大地に委ねるとか何とかいう考えによるものらしい。

 いずれにしろ死ぬことが確定している状況に放り込まれ、礼一達は死ぬ筈であった。ところが意外や意外、二人は生きて翌朝を迎えたのである。

 ルチン族の男衆であれば力の証明として度々数人でこの試練に臨むことがあるため、生き残ることは可能であったろう。しかし何の力もない礼一達が二人っきりで生き残るなんてことは万に一つもあり得なかった。

 びっくりしたのはルチン族である。余所者をそのまま島に置いておく訳にもいかないので、大層困ったそうだ。そんな折に偶々やって来たのがホアン船長の船である。これ幸いとばかりに二人は厄介払いよろしく引き渡されたということらしい。

 自分の命がお手玉みたいに気軽に弄ばれていたのを知り、礼一と洋は何とも言えず哀しい心持ちになる。まぁそんな軽い命だからこそパントレに拾って貰えたのかもしれない。

 何はともあれルチン族から樽を二つ受け取って船に引き返す。

「ふー、無事に終わったぜ。これで船長にどやされずに済む。にしても惜しいことをしたもんだぜ」

 砂浜から舟を押し出し、全員が乗り込んだ辺りでパントレがぼやくのが聞こえる。

「どうしたんですか?上手くいって良かったじゃないですか」

 何を後悔することがあるのか礼一は不思議に思う。

「違うよ。大将は酒をルチン族の長老に渡さなきゃいけなかったのが悔しかったんだよ。どうせ嘘ついて自分の懐に収めようとしてたんだろうし」

「ちッ、煩いやい」

 フランが妙なことを言い出す。酒ってどういうことだ?

 その後フランに詳しく話を聞いたところ、パントレはホアン船長に交渉を上手く進める材料として、上等な酒を一瓶譲って貰っていたらしい。島に着いた時に彼が懐に忍ばせていたものが当該の品だそうだ。

 ただどうやら彼は交渉でそれを実際に使うことなく、長老に渡したことにしてちょろまかす腹積もりだったようである。残念ながら世の中そう甘いものではなく、企みは見事失敗する。

 毎度毎度思うことだが、彼の考える作戦はしょうもなくせこいものが多い。本当に名のある冒険者だったのかは疑わしくなるレベルである。

「味の分からないような連中が良い酒を飲もうとするんじゃねぇ。もったいねぇ。あの酒もおいらの喉を潤した方がよっぽど幸せだったろうに」

「大将は酒の味は分かるだろうけど、飲むに値する人間じゃないと思うよ。余計にもったいなく見える」

「うるせぇぞ。おいらぐらいしっかり味わえる人間じゃなきゃ飲む価値がねぇぜ」

 パントレは未だに愚痴を言い続ける。流石の言い分に子分達の反応も散々である。

 どうせ彼の言うしっかり味わうというのは、馬鹿程沢山飲むという意味だろう。未だ未練がましく島を睨みつけるパントレには溜息を禁じ得ない。

33~36話をまとめて再投稿しました。

レビュー、ブクマ、評価等々よろしくお願いいたします。

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