28 巨体
ホアン船長の恐怖の殺戮ショーが終わり、いよいよ皆で本日二度目の魔物の襲来に備える。魔物の群れも徐々にその姿を波間に現し、はや襲ってきそうな勢いである。
「陣形は夕方と同じでいきましょう。明かりは点けてはいますが、足元には充分注意して下さい。おそらく今回はボスが出張ってくるので気を引き締めてください。死にさえしなければ何とかなるので兎に角全員が生き残ることを最優先に考えてください」
船長の指示を受け、全員蓋の周囲を囲んで迎撃の構えを取る。腕が回復したので礼一と洋も金属棒を構える。
徐々に甲板へ上がってくる魔物が増えてきた。素人二人も一度散々振り回して棒の扱いには慣れたので、今回は出来るだけ省エネで敵を多く倒すことを意識する。
左手を支点に棒を構え、右手で棒の先端をしゃくりながら突きを主体とした攻撃で次々に魔物の息の根を止めていく。
あんまりにも作業的な行為なのでついつい生命を奪っている感覚を忘れがちになる。しかし時折それを思い出す度に罪悪感に似た感情に襲われる。
最初から魔物を別の生物と区別して戦えると楽なのかもしれないが、二人には無理である。
なまじっか幼少より道徳を叩きこまれてきたために、未だ魔物と人とを意識上で明確に分けて捉えられない。頭の片隅に彼らにも家族、感情、痛覚があるのだろうという考えがよぎる。
おそらく彼らの考えは正しい。行動原理に違いはあっても魔物と人間との共通点等数えれば幾らでもあるだろう。むしろ違いの方が少ないかもしれない。
その上で我々は自らの決定で魔物を殺すのだ。ならばそこを突き詰めて考えるのはむしろ当然ですらあるだろう。
穿った見方かもしれないが、礼一や洋が魔物の生殺与奪について考えを巡らせるのは一種文明人特有の傲慢さとも言える。
農耕牧畜を始めたことで、他種の生物の生死を管理できる立場に立った人間であるが故にこのような悩みが生まれ出るのだろう。
よく動物を殺すことに対して議論が巻き起こるが、こういった話をしている全員が、神の目で以て他の生物を断罪していることに変わりはない。
そこそこ時間が経過し、散々動き回っているものの皆にさしたる疲れは見えない。これは礼一と洋も同様である。
二人に関しては夕方に比べて上手く立ち回れるようになったお陰であろうが、全体を見ても夕方に比べて効率的に戦えているようである。
少なくともパントレ達がいつもやるような力でごり押し作戦と比べると大分少ない労力で多数の敵を打ち倒せている。船長が出てくるだけで随分と様子が変わるものである。
その船長はと言えば皆の中では最も楽に敵を捌いている。何しろ彼の間合いに入った途端に敵が動きを止めるので一方的に杖でぶっ刺せばよいだけなのである。
間合いは前の殺戮ショーと比較すると随分小さくなったようだが、それでも彼を中心とした円の中では魔物は無力である。一体この船の船長をやる前は何の仕事をしていた人なのだろうか。
聞いてみたい気持ちもあるが、自分では聞こうと思わない礼一であった。
「おい前出過ぎんなよ」
横で陣取って戦っているパントレから注意が飛んでくる。気付けば礼一は皆の輪から突出した位置で戦っていた。これでは敵の真ん中で孤立しかねないと慌てて後退する。洋も同様であったようでそそくさと後ろに下がっている。
別に彼らが張り切って戦っていたために前で出たという訳ではない。単純に力量が足りないのだ。
パントレ達や船長、それにピオは雑魚の魔物に全力を出さずとも良い。そのため全体を見渡して丁度良い位置をキープしながら戦うことが出来る。
一方の礼一達と言えば、一つ一つの攻防に命が掛かっているため周りを見ている余裕など殆どない。偶にしか皆の様子を確認していないため自然足並みを乱す羽目になってしまうのである。
新しいことを始める際に大局的な視点を持つというのは誰でも苦労するものである。何しろ自分がものを見えていないことにすら気付くのが遅れるのだがら仕様がない。
多少のミスがあったりはするものの順調に戦えていると全員が思っていた。
事前の情報では、敵の中で強いのはボスだけということだった。それに照らせば、この調子であと一踏ん張りすれば良いはずであった。
しかし予想外の事態とはいつでも起こるものであり、それは今回においても同様であった。
ぐらっと足元が揺れ、礼一はバランスを崩して倒れる。
魔物の群れを止まってはくれないので、現象を纏った足を向けることで対処する。事前に靴を脱いでいたのが幸いした。
寄ってくる魔物を蹴りつけつつ立ち上がる。
辺りを見れば、流石というべきか船長達の体勢に乱れはない。洋は倒れたようだが、さほどの混乱もなく懐に入り込んだ魔物を片手で殴り殺し、棒を支えに立ち上がっている。
「ユニークが出ました。パントレさん、お願いできますか?」
ホアン船長の呼びかけに片手を上げて応じ、パントレが目の前の魔物の群れを飛び越えて走り出す。彼の抜けた穴は子分のフラン達によって何事もなかったかのように埋められる。見事な連携である。
パントレが向かった方向を見やれば、巨大な影が立ちはだかっている。丁度礼一達が小人の島で遭遇したパンダモドキ程の大きさはあるだろうか。
迫りくる魔物を捌きながら礼一はパントレの身を案じる。
実際にあの図体の生物と相対した礼一だからこそわかるが、身体の大きさはそれだけで武器となる。魔物に関して言えば、図体が大きい上に、動きは俊敏、力は強大と来ているのだから救いがない。
失礼ではあるがただでさえ小柄なパントレで対処できるのであろうか。
現状礼一にパントレを助ける力はない。しかしだからといって諦めるというのは話が違うだろう。
ない頭に血を送り込み礼一は必死に考えを巡らす。
すると突如として先程感じたものよりも更に大きな揺れに連続で襲われる。
二度目なので、流石に無様に倒れることはなかったものの体勢は酷く崩れる。魔物の襲来は続いているため危ないったらありゃしない。
原因はパントレの向かった方向以外にあり得ないだろう。どういった次第かと横目で確認する。
瞳に映り込んだ光景に礼一は驚愕する。
あろうことかパントレは魔物と真っ向から殴り合いをしていたのである。てっきり何か特別な方法でもあるのかと思っていたら、脳筋突撃一択とは恐れ入るしかない。
しかし人間何事も極めれば相応の成果は出るようで、意外にも殴り合いはパントレの方が優勢である。
それどころか魔物は手も足も出させて貰えずにパントレのサンドバッグとなっている。的がでかいだけ殴り放題とでも言うかのように、両腕に炎を纏ったパントレが一方的に蹂躙する。
見る間に魔物は甲板の端に追いやられ、最後に強烈な一撃を喰らって船外に吹っ飛んでいく。
「ざまぁ見ろ。はーすっきりしたぜ」
パントレは大きな声でそう叫ぶと踵を返して、魔物を蹴散らしながらこちらに帰ってくる。炎を纏っていたせいで彼の服の袖をすっかり焼け焦げ、タンクトップでも着ているようである。
雨がパラパラと降っていて服が濡れていたから良かったものの、そうでなければ火達磨である。果たしてその辺りまで考えた上での行動なのであろうか。
礼一は頭の中で彼が何も考えていない方にそっと一票を投じ、意識を目の前の敵に切り替える。
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