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風にそよぐ 〈ハイファンタジーも甘くない〉 ※第1章完結済み  作者: 鯉のなます
第1章 見知らぬ大洋
27/98

27  開演

 腹部からゴロゴロと雷のような音が鳴り、痛い程の空腹感を感じて礼一は目覚める。一瞬寝ぼけて実家の自室のベッド周りと風景が違うことに混乱する。

 ここはどこわたしはだれ状態になったが、すぐに先程迄の大変な出来事を思い出し、周りを見渡す。

 礼一の周囲では、魔物が襲撃する前と同様に皆が目を瞑って休息を取っている。どうやら先にご飯を済ましてしまったようで、礼一の前に食事の入った籠が布を被せて置かれている。

 何か口に入れてしまおうと籠に手を伸ばしたところで思ったより腕に疲れや痛みがないことに気が付く。

 試しに立ち上がって皆の休憩を邪魔しないように静かに足踏みをしたり伸びをしてみたりするが、殆ど身体に異常を感じることはない。

 それどころか一度死ぬような経験をしたからか、身体強化に至ってはこれまでで一番と言っても良いほどスムーズに行えた。

 人間どれだけ悪い状況にあっても、いや悪い状況にあればある程、一つ上手くいくことがあればそれに救われるものである。礼一も例に漏れず、身体強化がこれまでにないほど上手く出来たお陰で陰々滅々としていた気分が瞬く間に吹っ飛び、上機嫌で食事をとる。

 成功体験はそれによって増長したり、頭が固くなってしまえば毒ともなるが、単純に精神的に楽になったり、モチベーションを上げる分には十分役に立つ薬にもなる。

「はあー。食った食った。今なら何でも出来そうだ」

 我々の予想通りと言えば、予想通りの展開だが、どうやら早くも礼一の中でそれは毒に転じようとしているらしい。 

「交代交代ッ」

 礼一が一人悦に入っていると、甲板の蓋を撥ね上げて誰かが船内に飛び込んでくる。そうして一体誰だと見上げる間もなく、フランが階段の手すりを滑り降りて礼一の目の前に見事な着地を決める。

「おっ、起きたね。調子はどうだい?」

「良いぐらいです。次の戦闘は任してください」

 フランの軽い調子に乗せられ、礼一も調子のいい返事を口にする。

「おいっ、ヴァス起きろって。次の見張りはお前だぞ」

 フランは傍でいびきをかいているヴァスを叩き起こして甲板に追いやってしまう。そうして空いたスペースを我が物顔で占領しくつろぎ始める。

「いやあ、治療の出来る人がいるってのは良いもんだね。お陰ですっかり身体が楽だよ。船員全員に金も取らずやってくれるなんて船長も人格者ってやつだな」

 フランは誰に言うでもなく一人言を言う。それを聞いて礼一は起きた時にあんなにも身体が楽だった理由を知る。

 冷水を浴びせられたかのように先程まで感じていた全能感が覚め、代わりに流石船長人間が出来ていると心の中で拍手喝采を浴びせる。

 船長にすれば人の皮を被った馬鹿に褒められるなんて心外もいいところであろうが、礼一にとっては増長の一途を辿るところを抑えられたので間違いなく良いことであっただろう。

 取り敢えず身体は楽ではあるものの、わずかに疲れや痛みは残っているので礼一も無駄口は叩かずに休憩を取る。見る限り武器や食事が不足している様子もないので、船倉に降りて、それらをえっちらおっちら運ぶような真似を繰り返す必要もなさそうである。

 続く戦いに向けて彼には今少しの休息が必要であった。


---------------------


 地震でも起きたかのような揺れを感じて礼一は目覚める。一体何だと顔を上げると洋が肩をグワングワン揺すっている。原因はこやつであったか。

「起きろ、敵が来た」

 洋は手短にそう伝えると、金属棒を肩に掛け階段を上っていってしまう。

 どうやら礼一一人だけが最後まで呑気に寝ていたようで、廊下には人っ子一人見えない。その事実の気付くと、礼一は出遅れては大変と慌てて近くにあった棒を引っ掴み洋の後を追って階段を駆け上がる。

 甲板に着くと礼一が眠っている間にどの位の時間が経ったかは不明だが、辺りはすっかり夜になっていた。

 蓋の付近には明かりが幾つも灯されており、既に皆は揃い踏みといった様子で海の方を眺めている。波間にはすっかりお馴染みとなった魔物の頭がぷかぷかと浮かんでいるのが見える。

 まだ襲ってくる動きはないようで、パントレ達も特段迎撃する為の構え等はとっておらず、邪魔になりそうな魔物の死骸を甲板の隅へと蹴飛ばしてどけているだけである。

 礼一もいそいそとその作業に加わりながらそう言えば船長やピオがどうやって戦っているかなんて詳しく見る余裕もなかったと考える。二人ともパントレ達に混ざって何の苦も無く戦っていたのだから相当に腕が立つことはよくわかるのだが、いまいち派手に動き回っている様子もなかったので何をしているのかわからなかったのである。

 とそこへ海から魔物がちらほら船へと上がりだす。すぐさまパントレが飛び出そうとするが、ホアン船長はそれを手で制して自ら一歩前に出る。

「戦い方というのは直接殴ったり蹴ったりする他にも色々とあります。礼一君も洋君もそれぞれ自分にあったやり方を模索してみてください。それと思いもよらぬ攻撃をしてくる相手なんてものはこの世の中にはごまんといます。くれぐれも油断しないように気を付けてください」

 船長は礼一と洋に向かってまるで解説でもするかのようにそう告げ、魔物が迫っているのに特段焦った風もなくそちらを睥睨している。一体何をするのだろうか。

 船長は徐に持っている短杖の取っ手に何かの魔道具を嵌め込み、杖の先で足元をコツンコツンと叩きながら魔物の方へ歩み寄る。

 すると途端にこちらに向かっていた魔物が動きを止め、直後にまるで土下座でもするかのように地面に倒れ伏す。

 一体どんな手品かと目を白黒させる礼一達の前で、船長は蹲った魔物の頭部に杖を宛がうと、何の躊躇いもなくそのまま真下に向かって勢いよく突き刺し破壊する。服に血が飛び散るが、船長は全く顔色を変えず、気にしたそぶりも見せない。

 一方の魔物も抵抗して暴れることなく、死ぬ間際に苦しむ様子すら見せない。潰された頭部を中心に広がる血だけが生命の終わりを知らせている。

 その後もホアン船長は倒れ伏す魔物の傍へ歩いていっては頭部を突き刺すという作業を繰り返す。杖の先に付いた魔物の血がヒタヒタと甲板の床に垂れ、船長の歩いた道筋を示す。

 一種異様な光景の中で船長は一通り目に付く範囲の魔物を一方的に殺害し、すたすたとこちらへ戻ってくる。

「ま、一例を挙げればこういうことも出来るということです。私が今使ったのは普通の魔道具ですが、使いようによってはこんなものでも命を奪うには充分な役割を果たしてくれるということです」

 こちらを向いたホアン船長が穏やかな調子で喋ってくれるから良いものの、そうでなければ肝の小さい礼一なんぞはまたもや小便をちびるところであった。というかパントレの話では普通の魔道具じゃ大したことは出来ない筈ではなかっただろうか。

 疑問に思ってチキン先輩の方を見ると、彼も初見だったようで青ざめてすっかりブルっていた。やっぱこの船で一番怖いのはこの船長なのだと礼一は実感する。

レビュー、ブクマ、評価等々宜しくお願い致します。

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