25 戦雲
食堂に行くと先程まで机の上一杯に広げられていた食料の山の一角が崩れており、その向こうにまん丸い生物が見える。
「ピオ、何してんの?」
声が子供みたいで自分よりも若く感じるからか、出会って数日にも関わらず、礼一はピオとは普通に話せる仲になっている。
ピオの方もそれに対して何も言わないので、恐らく友達ぐらいには思ってくれているのだろう。多分。そう信じたい。
「戦う準備ー」
友人(仮)がこちらに向かって返事をする。確かに腹が減っては戦は出来ぬとは言うが、皆があくせく準備している時に食事をしているとは中々に良い根性をしている。
「ちょっと皆の分の昼食を貰ってくね」
一応断りを入れ、礼一と洋は近くにあった皿にパンと干し肉と果実を盛り付ける。
二人が食事を盛り付けているのを見て、ピオは食事の手を止めて立ち上がり、厨房へ行ったかと思うと籠を両脇に抱えて戻り、そこに机の上の食材を詰めていく。
そうしてそれを礼一と洋に手渡すと、再度厨房に戻ったかと思うと、巨大な斧をその手に引っ提げて戻ってくる。
「行こー」
いやあんた何するつもりなの?急に凶器持ちだすとか怖いんだけど。
心の内に若干の恐怖を感じつつも、ここ二、三日で育んだ彼との友情を信じようと、礼一は斧には触れずに食堂を出る。横に洋が居るので最悪二対一で何とかなる等という皮算用を頭の中でしていたことは内緒である。
「綺麗だ」
肝心の洋はピオの持つ斧の磨き上げられた刃を見て感心している。君は本当に怖いもの知らずだね。
「おッ、有難い」
フランが礼一が筵の上に置いた籠の中身を見て声を上げる。
礼一と洋を含めた五人は朝から何も食べていなかったので食料を貪り食う。
正直どれもそんなに味は良いとは言えないが、この後沢山動くであろうことを考えると腹に何か詰め込んであるだけ安心な気がするのである。
にしても本当に美味しくない。パンはぱさぱさだし、干し肉は異常に塩辛い。唯一果物だけはマシといった感じである。
贅沢な舌になったとは思わないが、ここ二、三日船の上でのうのうと過ごしていたために、どこか命の危機にあるという感覚を忘れてしまっていたようだ。人間慣れというのは怖いものである。
食事が終わると全員特にすることもないので、今の内に体力を蓄えておこうと目を瞑って廊下の壁にもたれ掛かり休息する。
今のところ魔物の襲来を告げるパントレの声も聞こえないし、平和なものである。
お腹が一杯になったからか何だか眠くなってくる。先般気を引き締めようと思ったばかりなのに船を漕ぐのをやめられない。一緒にいる皆も目を閉じて静かにしているので刺激もなく、更に眠気が加速していく。
上瞼と下瞼がいい加減乳繰り合うのをやめて、完全にくっつこうとしたその時、ガタンッと音がしたと思うとパントレが喧しい音を立てて階段を下りてくる。
すわ戦闘かと飛び起きて、眠りかけていたのを誤魔化すかのようにバッチリと目を開けてパントレの方を見ると、彼はこちらの視線をどけるように片手を振る。
「フラン、交代だぜ」
パントレの言葉を聞き、何だ交代かと拍子抜けがして礼一は廊下に座り直す。しかし続く彼の台詞を聞いて眠気が一気に吹っ飛んだ。
「ちらほら来てやがる。そろそろ押し寄せてくるかもな」
よく見れば、パントレの片手に握られた棒は粉砕された魔物の体液らしきものでその先端を湿らせている。
「へいへい、行ってきますよ」
フランが立ち上がって甲板へと向かう。
それから暫くは腹を空かせたパントレが籠の中の残りの食料を咀嚼する音だけが廊下に鳴り響く。
礼一はその音を聞きながらまんじりともせずに金属棒を握りしめ、何か起こりやしないかと甲板の方を見上げる。
「皆さん準備万端ですか?」
階段の下から足音が聞こえたと思うと、ホアン船長が現れる。船長はいつもとは装いが異なり、腰に巾着を下げ、片手に短杖を持っている。肩には何か入った袋を担いでいる。
「おう、ばっちしだぜ」
パントレが口の中のものをゴクリと飲み込んで返事をする。
「それは何よりです。ところで一雨来そうなのでマントを持ってきました。見張りの時にでも着てください」
そう言って船長は肩の袋を下ろして、中から黒いマントを取り出して皆に手渡す。良く気の回る人である。
とその時、甲板の蓋が開いてフランが顔を覗かせる。
「やばいよ。雨が降ってきやがった。それに奴らが船の周りに集まり始めてる」
ついに来たかと船内の誰もが心の内で思い、皆一様に装備品の準備が十分か確認を始める。
礼一と洋はと言うと、金属棒と剣ぐらいしか持っているものがないので特に確認することもない。
取り敢えず心の準備だけ済まそうといったところで、頭の中で生まれてからこれまでの自分の来歴を振り返る。
とそこではたと思い当たることがあり、礼一はホアン船長に質問をする。
「あの、俺足の臭いで魔物を殺せるようになったみたいなんですけど、何かわかりますか?」
ちょいと場を和ませるつもりでふざけて質問をしたのだが、直後に船内にいる全員にこいつ何言ってんだという目線で睨まれ、凄い後悔に襲われることになった。
「えーと、どういうことですか?」
ホアン船長が意味が分からないという風に顔を顰めて尋ねる。
言葉でやり取りしてこれ以上睨まれるのは嫌なので、礼一は靴を脱ぎ実際に皆の目の前で現象を足に纏う。
「これなんですけど。自分に害があったりしないかなぁなんて、」
足の煙を見たホアン船長が一瞬で顔を曇らせたため、礼一は質問の語尾も尻切れトンボのまま口を噤んでしまう。
「ああごめんなさい。ちょっと驚いてしまったもので。結論から言ってしまえば礼一君自身に害はないのですが、この船を出たらちょっとそれは隠しておいた方が良いかもしれませんね。パントレさん達もこのことについては他言無用でお願いします。これからの戦闘ではじゃんじゃん使って貰って構わないのですがね。ま、その話は生き延びてからでもしましょうか」
盛大にフラグを立てた後もう話は終わったとばかりに、ホアン船長は腰巾着の中から恐らく魔道具であろう指輪を幾つも取り出して次々に自分の指に嵌めていく。
もう一度その口を開いてフラグを撤回してくれと言う礼一の切なる願い等船内の誰も気付きはしないし、礼一自身も再度しょうもないことを言う度胸もないため敢え無く話は打ち切りとなった。
悲嘆にくれていると、後ろから誰かに慰めるようにポンポンッと肩を軽く叩かれる。振り返ると洋であることが分かったので矢張り我々は終生の友であると感激したのだが、その顔を見てギョッとする。
「何人道連れに出来るかな」
今まで見たことのないほどの満面の笑みを浮かべた洋が、礼一に向かって一言ボソッと呟く。駄目だこりゃ。
船長以上のフラグを立てた親友は生き延びることを諦めたせいか返って前向きに戦闘へと意識を切り替えている。願わくば二人の未来が死中に生ありという結果にならんことを。
レビュー、ブクマ、評価等々宜しくお願い致します。