23 現象
「おいおい、若いもんが腑抜けたこと言ってんじゃねぇぜ。なに、身体強化が出来てんなら後は簡単だぜ。身体の外に出てってる魔力を肌の表面に留めるように意識してみろ。そうすりゃ直ぐ出来る。あぁ、あんたの場合足を強化するんだから靴を脱いでからやるんだぞ。自分で出した火で靴が台無しになったりしたら笑えないからな。よっと、おっ、やったな。点いたぜ」
甲板に仄暗い魔道具の灯りが広がる。
礼一はパントレに言われた通りに靴を脱ぎ、身体強化をしながら、足の表面に魔力を留めようと意識を集中する。すると皮膚に何だかこそばゆい感覚が走り、足に何やら緑色の煙のようなものが纏わりつくのが見える。
「何すかこれ?」
得体の知れないものが自分の身体から出ているというのは気持ちの良いものではない。礼一はすぐさまパントレの方に足を差し出してそれがなんであるかを尋ねる。
「よせやい。何だかよくわからないものをこっちに向けるんじゃねぇ」
パントレは礼一の足にあるそれが何か知らないようで、気味悪そうにこちらを見ている。見せろって言うからやったのにこの扱いはあんまりだと礼一はじと目で抗議する。
「悪かったって。いやしかし何だろうな。おいらの周りじゃあ見たことがねぇ。明日船長にでも聞いてみっか。あっ、イイこと考えたぜ」
急にパントレが名案を閃いたとばかりに、顔をこちらにヒョイと向けニヤリと笑う。絶対碌でもないことを考えついたに違いない。
彼はカサカサとゴキブリの様に素早く船縁迄這って行く。
そうしてそれから暫く時折妙な動作をする以外じっとして微動だにしなくなる。
「さっきから何してるんですか?」
船縁から海を覗き込んでいるパントレに礼一は問いかける。
「しっ、静かにしろって集中してんだからよ」
海面から目を離すことなくパントレは返事をし、懐から何かを取り出し海に放る。さっきから彼はこの動きを何回も繰り返しているのだが、未だ何かが起こる気配はない。
何やら真剣に取り組んでいるのはわかるのだが、先程からこちらに尻を向けて屈んでいる体勢は彼の身長も相まって、某国民的アニメのおならばかりしている男の子にしか見えない。
「よっし、来たっ」
不意に彼が小さな声でそう呟く。そうして下に向かってむんずと腕を伸ばし何かを掴み上げる。
「うえぁ、何してんですか?」
パントレが掲げたものの正体を見て礼一はおっかなびっくり悲鳴を上げる。
無理もあるまい。パントレが掴み上げたのはあれだけ襲来を恐れていた魔物〈海童〉であったのだから。魔物はパントレの手から逃れようとジタバタもがくが、彼の異常に強力な力がそれを許さない。
おそらく彼が先程から投げていたのは魔物を誘き寄せるための餌か何かであろう。まったく余計なことをしてくれる。
「なーに、こいつで試してやろうと思ってな。おいっ、こっち来て足を出せ」
怯える礼一に対してパントレはあろうことか魔物を片手に自分の方に来るよう指示を出す。礼一もそろそろこういう場面で歯向かっても通じないことが分かってきたので、しぶしぶそちらに向かう。
「何突っ立ってんだよ。足出してさっきのモヤモヤをこいつに食らわせろ」
そう言われてようやくこの先輩のやろうとしていることがわかり、礼一は足を魔力で強化し、魔物の鼻づらに緑色の煙を近づける。すると急に魔物はビクビクビクッと激しく痙攣したかと思うと、全身から力を抜いて動きを止めてしまう。
「キモッ」
パントレは叫んで魔物を海に投げ捨てる。そうして礼一の足を見て一言。
「やっぱよくわかんねぇな」
そりゃ折角の検体をあんたが投げ捨てちゃったからな。
それに何だかこの一連の流れは見ようによっては、礼一の足の臭いが異常に臭くて魔物が悶絶したようにも見えてしまう。
今後の自らの人権の為にも何としてでもこの現象の正体を確かめようと礼一は決意する。
結局夜の当番中に魔物が自ら船上に上がって来ることはなかった。しかしながら目を凝らして海面を見れば、魔物の頭らしきものが時折浮き上がっているのが確認出来、彼らの縄張りの内に入り始めていることは肌身に感じられた。
礼一としては、取り敢えず危険な目に遭わずに済んだという安堵が九割方を占めていたものの、まだ一度もまともに魔物と戦った感覚もないため、先行きを考えると不安であった。ともかく足から出る妙な煙に明日への希望を託して、眠りにつく。
翌日起きるともう昼であった。まあ朝飯の時間が決まっていたりする訳ではないので、別段焦る必要はない。
どうもこの船では人が少ないこともあって、二交代制で夜の番を務めているため、全体での食事は昼と夜しか取っていないようである。
「一体これは何なんだろうな」
試しに自分の足へ煙を纏いながら独り言を言う。幸い今のところ自分自身には害がないので問題はないのだが、後からおっかない事態になっても困る。それにこの現象はどうやら一度纏うと魔力がマナに変わるまでタイムラグがあるからか暫く消えないのだ。まかり間違って仲間に当たりでもしたらとんでもないことになる。一度ホアン船長にしっかり話を聞いておこうと礼一は脳内でチェックを入れる。
考えるに最初に居た岩場や小人共の島で何でか生き残れたのはこいつのお陰のような気がする。危険に無意識に反応してこいつが出ていたとすれば、ここまで生き残れているのも頷ける。
まぁ、当の礼一自身がどちらの場合も、眠りこけているか気絶しているかで全く意識がない状態であったために、全ては推測の内であり、真相は闇の中ではあるのだが。
えッ、作者の私なら知っているだろうって、冗談はやめてくださいよ。私には野郎のキモい寝顔眺める趣味なんてないんですよ。神様じゃあるまいし、そんな広い心は持ち合わせていません。
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