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風にそよぐ 〈ハイファンタジーも甘くない〉 ※第1章完結済み  作者: 鯉のなます
第1章 見知らぬ大洋
14/98

14  昼前

 矢鱈と重い身体を起こし、礼一は起き上がる。といっても爽やかな朝日が照っている訳ではなく、茹だる程に暑い部屋の暗闇が目に映るばかりである。

 実の所この船の船室は、船長室以外窓というものが全くない。廊下や食堂等の皆が使う様な場所には照明の魔道具が取り付けられており、真っ暗闇を彷徨うようなことにはならないが、個人の部屋にそれはないので常に暗い。

 礼一はボサボサに寝癖の付いた髪を掻き毟りながら廊下に出る。人影が見当たらないので、取り敢えず皆が集まっていそうな食堂へと向かおうと歩き出す。

 歩いている途中で前方右側の部屋の扉がスーッと内側に開き、中から洋がヌボーっと寝ぼけ眼で這い出てくるのが見える。

「おはよう。昨日の見張り番最悪だったよ。何か急に一方的に殴られる修行始まって死ぬかと思った」

 礼一はまくし立てるように洋に向かって昨日の理不尽な出来事を愚痴り始める。しかし起きたばかりの洋は、耳元でグチャグチャと礼一が怒鳴るがうるさかったらしく、十分わかったというように首を縦に振りながらさっさと食堂の方に歩き出してしまう。

「ちょっと待てって」

 置き去りにされるのは御免なので礼一はその背中を追う。

 食堂に近付くと何やら中から人の話す声が聞こえる。どうやらパントレとホアン船長のようだ。

「訓練つけろって言われたからつけたんだろ。別にいいじゃねぇかちょっと激し目にするぐらい」

「駄目ですよ。無茶をしないように言っていたのを昨日横で聞いていましたよね。他にもやりようがあったでしょう」

「んなこと言ったって、あいつ馬鹿みたいに物分かり悪いんだぜ」

 どうやらあの先輩また怒られているらしい。大方昨日の修行の件だろうと察しをつけた礼一は、前を歩く洋を押し留め、中の決着がどう付くのかと耳を澄ませる。

「また余計なことしたんですから禁酒期間もう一日追加ですよ」

「そりゃないぜ。大体おいらは言われた通りにやろうとした結果偶々ああなったんだぜ。それだってのにあんまりに酷い処分だぜ」

「別に死ねって言ってる訳じゃないでしょう。今後はもうちょっと気を付けてくださいね」

 どうやら決着が付いたようなので礼一は扉を押し開けて食堂に入る。

「おい、お前ぇのせいで怒られたぞ。なぁ、おいらが昨日どれだけ頑張って手解きしてやったかこの分からずやの船長様に教えてあげてくれよ」

 パントレが礼一にそう哀願してくるが、まだ身体は重いし、痛いしで、ちょいと恨みの溜まっている礼一はすげなく断る。

「嫌ですよ。ぶん殴られただけですもん」

 ガーン、とたらいを上から落とされたようなショッキングな表情をしてパントレが椅子に座り込む。どうやら彼なりに色々やってあげたつもりのことを全否定されて拗ねてしまったようだ。

「あー、いや多少助かりましたよ。実際魔力が身体の中でどう動いているのかそれなりにわかるようになりましたし、先・輩・には感謝してますよ」

 その様子を見て、礼一は言い過ぎたと思い、慌ててフォローを入れる。確かに今朝起きた時には粗方身体を巡る魔力の感覚というものが掴めるようになっていたのだ。彼が手荒な修行を施してくれなければ出来ていなかっただろう。

「そうかそうか、そうだよな。まあいいってことよ」

 幸い件の先輩はご機嫌な頭の造りをしているようで、すぐに機嫌を直してくれた。

「さてと、それじゃあ昼ご飯の獲物を採りに行きますか。」

 船長が皆にそう告げる。どうやら礼一と洋がぐっすり眠っている間に時刻は昼になっていたようである。

 甲板では昨日と同様に日がギラギラと照り付けている。靴の裏からも甲板の熱が伝わってきており、こんなところを裸足で歩いたら大やけどをしそうである。

「獲物ってどうやって獲るんです?というか何獲るんですか?」

 礼一がパントレにそう聞くと、彼は丁度甲板の蓋から顔を出したピオの方を指差す。彼は何か荷物を持っているようで、もぞもぞと手間取りながら蓋から這い出てくる。

「はいー、これ使ってねー。餌はここにあるのを適当に付けちゃってー」

 ピオは皆に竹竿のようなものを配っていく。彼の足元のたらいの中には何だかよくわからないテラテラした肉片のようなものが入っている。

 これをつけて釣りをするのかと、礼一と洋は周りに倣って見よう見まねで餌をつけ、甲板の縁から糸を垂らす。海面に餌が到達したと見る間に反応があり、竿を持ち上げると先に何かついているのが見える。

 これは早速ついていると思って周囲を見渡すとどうやらそういう訳ではないようで、皆一様に何か釣りあげている。

「おい、そいつは外しちゃなんねえぞ。こうやって釣り下げて待ってるんだ。その内鳥が釣れらぁ」

 礼一が自分の手元まで魚を引き上げようとしていると、パントレが横合いから声をかける。そんな訳はないだろうと皆の顔色を窺うがどうやら全員大真面目で鳥を釣ろうとしているようである。それを見て礼一と洋も半信半疑で海面から少し引き上げた位置で、魚をプラプラと垂らしておく。

 どうもこの魚、礼一達が初日の朝に見かけた頭が殻で覆われたやつのようである。こうやって生きているのを見るのは初めてだ。

 礼一は現代っ子故に生きている魚を実際に見ることも中々ないため、手元から伝わる魚が未だ生きていることを示すビクビクという感覚が何だか気持ち悪く感じられる。

 食物に感謝しろだなんてことは重々理解しているし、生命の重さだなんて道徳的なことも弁えているつもりではあるが、こうやって直に体験して覚える気持ち悪さというのは拭えない。

 元来他の生物の生命を奪って生きていく行為に、幼い頃から教えられてきたご高説に含まれる美談的要素なんてないのかもしれない。

 ぼんやり考え事をしていると、ふいに上空からギャーギャー叫び声が聞こえ、垂らしていた魚に一直線に何かの影が飛びつきそのまま船の横っ腹にぶつかる。

「おや、喰いつきましたね。立派な《飛行魚》です」

 ホアン船長が礼一の竿の先を確認して言う。

「こんな簡単に鳥が釣れるものなんですか?」

 礼一にすればあまりに話が出来過ぎていて、信じられない。

「大体こんなものですよ。日によって喰いつきの差はありますが。この《飛行魚》という鳥は《贄喰い》を好んで食べるのですが、《贄喰い》は夜行性なのでよっぽどのことがなければ昼間海面には出てきません。ところがほら、あそこのたらいに入っているホゴの木の葉の汁を刷り込んだ肉をぶら下げてやるとすぐに寄って来るんですよ」

「ホゴの木って何ですか?」

「あなた方がいたルチン族の島にもたくさん生えていたはずですよ。あの葉っぱを一度乾燥させてから煮だした汁を付けた肉やらには肉食の動物を引き付ける匂いがあるそうです。あなた達の額にある一文字線だってルチン族がその汁で付けている模様と一緒ではないのですか?」

 ここに至って全てが判明した。どうやらあの島で巨大なパンダモドキに襲われたのは、額に付けられたこの一文字線の影響らしい。そんな恐ろしい効果があるものならさっさと取ってしまわねばならぬと、礼一は服の袖で今更ながら慌てて自分の額をこする。

「その額の一文字線はもう随分と時間が経っているので匂いは発していないでしょう。それに色素が沈着してしまっているのでどれだけこすっても取れませんよ」

 正直匂いがしないのは有難かったが、顔に一生変てこりんな入れ墨を入れたまま過ごさなければならないという事実は、結構な精神的ダメージを礼一に与えた。一体自分の顔に付けられた模様は今どんな具合に見えているのだろうか。

 自分の竿をホアン船長に手渡し、急ぎ洋の方に駆け寄り、その前髪を上げる。彼の額には何ともがっつり一文字線が入っており、当初の赤色ではなくルチン族と同じ黒色に変化している。礼一はがっくりと肩を落とす。

「何だ又黒色が増えたのかい。ま、元から髪も目も黒いんだし、今更そんなに目立つことじゃねぇな」

 パントレが横からそう話すのを聞き、仮に戻れた場合に元の世界の人々が同じように超鈍感になっていることを願う礼一であった。


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