セレーナの記憶
眠りから覚め、起き上がる。
まだ意識がぼんやりとした状態で、突然頭が揺れる様な感覚に襲われ、ひどい頭痛に見舞われた。
頭の中に見たことの無い風景や人物が流れ込む。
数十分経っただろうか。もしかしたら数秒だったかもしれない。それ程長く感じられた。
やっと痛みがおさまり、意識がはっきりした。
どうやら今流れた風景はセレーナの11歳までの記憶の様だ。
コンコン
「お嬢様、お目覚めの時間です。失礼します」
ガチャ……パタン
「おはようございます、お嬢様。もうお目覚めでしたか」
『おはよう、マーサ。今日の予定は?』
「今日は午前にダンスのレッスン、午後はピアノのレッスンがございます」
『ありがとう』
驚いた。口からスラスラと言葉が出た。この会話が日課だったのだろうか?
「お嬢様、今日のお召し物はどれになさいますか?」
マーサに連れられたのは部屋1つ分くらいある大きなクローゼットだ。ここから服を出すのは骨が折れそうなため、マーサに選んでもらうことにした。
「お嬢様、これをどうぞ」
『ありがとう』
マーサが持ってきたのは、ダンスがしやすい白いワンピースだった。昔はこんな服を着なかったため、新鮮だった。
ドレッサーの前でマーサに髪を整えてもらったときに気づいたが、顔が変わっていた。
真っ白な肌に薔薇色に染まった頬、髪は肩までだった黒髪が腰までの白銀色の髪になっていた。
確かセレーナもこんな顔だった。
それから部屋で1人で朝食をとった。とても美味しかった。
しかし、いつも1人なのだろうか?
その答えはセレーナの記憶の中にあった。
記憶の中の彼女はいつも1人だ。ウェスタリア公爵家当主の父は王国の宰相で領にいることがあまりない。母は数年前から病気で実家で療養中。2歳年上、次期当主である兄は勉強で忙しい。私の双子の弟とはほとんど話さない。
幼い頃から1人だったセレーナは、家の中で孤立していたのだろうか?
私も同じだった。一人っ子で母は死に、父は裏社会の人間。
こんな暗い考えはやめようと首を振った。
そして今はダンスのレッスン中だ。
やはり体は勝手に動くが、始めたばかりなのか、動きがたどたどしい。
自分で覚えろということだろうか?先が思いやられるが、公爵令嬢として生きるためには避けては通れない道らしい。
幸いなことに昔は趣味で楽器を弾いていたので、リズム感は良いらしい。
ダンスが綺麗にできればかっこいい気がする。
何より、次男の鼻を折りたい。原型がわからないくらいに。
11歳の私はと講師の先生では背丈が違いすぎ、ダンスの相手ができないため、弟に手伝ってもらっているのだ。が、しかしこいつ、レオンはダンスがとてもうまい。どうせ音楽や勉強もできるのだろう。
次男である弟は、幼い頃から長男のアレルと共に公爵家の子息としての教育を受けてきたため、兄には劣るがかなり優秀だ。
更に顔も良い。母に似た白銀色の髪の私と違い、父と同じ黒に近い紺色だ。両親共に美男美女なため、私も彼らも顔は整っているが、顔は似ていない。双子なのに。
しかも、生意気。少しステップを間違えただけで「下手くそ」「何で僕がこんなこと…」と難癖をつけてくる。
とりあえず、なんとしてでも弟の鼻を折りたい。そのためにダンスや楽器、勉強を上達させるのだ。そう心に決めた私は自身の力で体を動かした
今までセレーナの記憶の頼り、勝手に動いていた体を自分で動かしたのだ。
おそらくこの体はセレーナとしての記憶は行動や言動に現れるが、成長するためには自分で何とかしなければならないのだろう。
体を動かし、セレーナの記憶通りにステップを踏む。思いの外体は軽快に動く。藤宮麻里としての記憶も多少は作用しているのだろう。これなら案外早くうまくなれるかもしれない。
何とかダンスのレッスンを終え、昼食をとる。今回は弟も一緒だったが、会話はなかった。
1時間程休憩したあと、ピアノのレッスンを始めた。大きなグランドピアノに手を置き音を奏でる。やはり、ある程度は弾けるが聴き惚れる程ではない。
さぁ、ここからが本番だ。前世で培ったタイピング術をピアノに応用するのだ。
それから数時間練習を続けた。少しだけうまくなった気がする。講師の先生も褒めてくれた。
前世では褒めてくれる人がいなかったため、少し嬉しかった。
そのまましばらく時間が経ち、夕食をとったあと、湯浴みをした。
もちろんこの世界にシャワーなんてものあるわけないので大変だったが。
部屋に戻り、ベッドに入ると、慣れないことをして疲れていたのかすぐに寝た。