第二話
その日、涼波五十鈴は部活も休みだったため、放課後友達とおしゃべりしたあと急いで駅に向かっていた。
彼女は昨日の夜からずっと上の空だった。というのも、メールで幼馴染を買い物に誘っていたからである。小学校低学年の頃から、涼波は伊勢のことが好きだった。しかし、中学に入ってからというもの、さっぱり話す機会も無くなってしまっていた。あれよあれよといううちに三年に突入し、その間どこの高校を受けるか聞くことすら出来ず仕舞いだった。
こうではなんの進展も無く離れ離れになってしまう――――という危機感が涼波を積極的行動に駆り出した。ここ数ヶ月挨拶ぐらいしか話していないのにいきなり誘うという極端過ぎる行動だが。
駅にたどり着くと、何やら騒ぎが起こっていた。誰かが倒れているようだった。救急車もすでに呼んだようだし、野次馬根性のない彼女は立ち去ろうとした――――が、一抹の胸騒ぎがして群衆の中央を覗き見た。
そこに倒れていたのは、紛れもない伊勢だった。
呆然としていた伊勢はふと、人だかりの中に涼波を発見した。口を押さえてガクガク震えている。
そんな彼女の姿を見た伊勢の感想はというと、「僕の死をそんなに悲しんでくれるのか」などという呑気にもほどがあるものだった。
しかし突然、涼波は伊勢の死体とは異なる一点を見つめ始めた。しかも、彼女の体はその場に崩れ落ち、悲哀から恐怖の表情に変わり始めた。一体なんだと伊勢は彼女の見ている方向に顔を向けた。
彼の向いた先には、髪の長い、あの女がいた。自身を殺したであろうあの女が…。それをみた伊勢の心を支配したのは、さっきまでのような底知れぬ恐怖ではなかった。
――――憎悪。限りない憎悪である。百回相手をぶち殺そうと足りないほどの、腹の底から沸き立つ憎しみである。
「おらあああああああ!!!!!!!」
普段絶対出さないような雄叫びをあげながら、伊勢は女に殴り掛かった。
顔面クリーンヒット。相手が亡霊だろうが妖怪だろうが、今の伊勢には恐れる対象ではない。なにせ、彼自身死んでいるのだから。更に伊勢は連打を浴びせた。見ると、殴った箇所が少しずつ黒いモヤとなって削れている。伊勢は復讐心に取り付かれて殴り続けた――――が、ふと腕に違和感を感じた。
なんと、殴り続けた伊勢の拳も女の顔面と同様に黒いモヤとなって消滅してしまったのである。しかも、削れ具合は女の顔より彼自身の拳のほうが遥かに大きかった。
普通なら殴るのは止めて別の手を打つところだが、冷静でなくなった彼は攻撃を止めようとしなかった。その殴る手は止まりそうもない。
「この!この!このお!!…ああ!?」
怒り狂った伊勢の腕を、何者かが後ろから掴んだ。