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尊敬する人

 入社してまだ数年のT氏は、先輩社員のI氏を心から尊敬していた。なにしろI氏は、身だしなみはいつも小綺麗にしているし、仕事はできるし、上司からの受けもよい。T氏は常々、いつかI氏のような優秀な社員になろう、と密かに思っていた。

 そのうちT氏は、社外でのI氏の行動に興味を持つようになっていった。I先輩のようになるには、仕事の仕方を真似るだけではだめだ。日常生活全般を見習うようにしなければ。

 とりあえずT氏は、I氏の昼休みの過ごし方を調べてみることにした。こっそり後をつけると、I氏は昼食を終え、ある喫茶店に入っていった。少し遅れてT氏もI氏の後を追い店に入り、少し離れた場所に席をとった。すぐにウエイターがI氏が頼んだ品を持ってきた。

「お待たせしました。ストロング・コーヒーです」

 なるほど、先輩はストロング・コーヒーというのを好んで飲むのか。T氏は同じものを注文した。が、出てきたものを一口飲んで、T氏はウッとなった。匂いはキツいし、味はメチャメチャ濃いし、胃がエグッとなる。だが、先輩を見習うためだ。そう思い、T氏は無理してストロング・コーヒーを飲み干した。そんなことが毎日続き、とうとうT氏は胃をおかしくしてしまい、医者の面倒になるはめになってしまった。

 ある日、T氏はI氏の退社後の行動を知りたくなった。そこでまたもやこっそり後をつけると、I氏は会社から少し離れた場所にある小さなバーに入っていった。T氏は、さすがに中に入るわけにはいかず、表でI氏が出てくるのを待っていた。しかし、一時間たっても二時間たっても、いっこうにI氏が出てくる気配がない。待ちくたびれたT氏が、いいかげん帰ろうか、と思ったその時、バーの扉が内側から開かれ、I氏が出てきた。三時間はたっていただろうか。それでもI氏は酔っぱらった様子はまったく見せず、足取りもしっかりしていた。その後の調査で、I氏はほぼ毎日、このバーに立ち寄っていることが分かった。

「先輩は酒好きなんだな。よし、ぼくも行きつけのバーを見つけて、酒を飲むことにしよう」

 T氏は会社と駅との中間あたりに雰囲気が良さそうな店を見つけ、そこに通うことにした。

 だが、T氏は生まれつきアルコールを受け付けない体質の持ち主だった。ショットグラス一杯のウイスキーを半分も飲まないうちに、気持ち悪くなってきた。それでも「I先輩みたいになるためだ」との一心で、T氏は飲めない酒を毎日飲み続けた。その結果もたらさえれたものといえば、激しい頭痛、めまい、吐き気、といったろくでもないものばかりだった。そしてある日、T氏は二日酔いのまま出社し、上司から激しく??責されることになってしまった。

 また別の日、T氏はI氏の休日の過ごし方を知ろうと考え、また後をつけた。電車を乗り継ぎI氏が向かった先は、競輪場だった。

「先輩は競輪ファンだったのか。競輪は頭を使うギャンブルだと聞いている。ここで頭の切れを磨くんだな」

 翌週末から、T氏の競輪場通いが始まった。だが、競輪は賭博打ちが最後に行き着く場所、と言われるほど、難しいギャンブルだ。初心者のT氏がそうそう勝たせてもらえるほど甘くはない。T氏は車券を買えども買えどもハズしてばかり。そのうちに貯金も底をつき、ついには会社に給料の前借りをお願いするはめになってしまった。

 そんなある日、T氏にとって信じられない出来事が起きた。I氏が仕事上での大きなミスをおかしたのだ。??責し、責任を追及する上司に対し、I氏は様々な弁明を試みた。だが、それらが通じないと知ると、今度は責任の所在を同僚になすりつけ始めた。その相手はなんとT氏だった。さらに驚くべきことに、上司はI氏の言い分を認めたのだ。それはそうだろう。I氏は普段はよく仕事ができる優秀な社員で、失敗もこれが始めてだ。それにくらべT氏は、二日酔いで出勤したり、給料の前借りを要求したりするようなやつだ。I氏とT氏、どちらが会社に貢献しているかは明らかだった。

 その結果、とうとうT氏は会社をクビになってしまったのだった。

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