第六話 五年後
「で、あるからして……私はこう考えているのよ」
今日はゼミの時間。
二十五にして(漸く正式に)一つの研究室を手に入れた私は、正直とても盛り上がっていた。何せ五年間、私はずっとここを死守し続けたのだから。
今までは戦いの連続だった。「ただのゼミ生である私に研究室を明け渡すことは出来ない」と大学側が開口一番告げたことから始まり、「私は博士の永遠のゼミ生です! スタンダロンも研究も全て渡しません!」と返したところからさらにややこしくなってきた。
どちらかが手を引けば良かったのに、誰も手を引かなかったから炎上したその騒動は大学ごと巻き込んで、最終的に「五年間でそれなりの評価を外部から受けたら考える」との言葉を受け、その喧嘩を買ってやったというわけだ。
そしてその喧嘩は私の大勝利。論文も発表もたくさんこなしてきた。それによって得られた評価は数知れず。そうして有無も言わさず、ついに今年、『准教授』という称号とこの研究室、そしてスタンダロン、そして博士の研究データを全て手に入れた次第。
「あの……先生? どうかなさいましたか?」
「うん? ああ、ごめんなさい。少し考え事をしてたわ! で、どう思う?」
「僕はそのアイデア、良いと思いますよ」
しかしながら、研究室を持つことが認められたとはいえ、大学から良い目で見られていないことは確かだ。
結果的に、私の研究室は、博士の研究室と据え置きの研究費かつ『妨害活動』が行われた。
……まあ、要するにこのゼミに入るな、と息のかかった教授経由で言いふらしただけらしいのだが。
何とも子供らしく、何ともわざとらしく、それでいて、その行為を恥ずかしいと思わないのだろうか?
かつて、ある教授に言われたことがある。
君は、間違ったことをしている、と。
だから私は言ってやったのだ。それについて具体的に、理論立てて、教えてもらえませんか? と。まさか言い返されるとは思っていなかったのだろう。わなわなと震えながら何も言わないでいた。
あの時の教授の顔と言ったら!
少しムキになってたので、その分の余裕さえあれば確実に写真を撮影して何処ぞの(とはいえ、学内の)掲示板にでも貼り付けてやりたいところだ。
「アイデアというのは、つまり『創意工夫』ということよ。でも、研究は違う。『こうじゃないかな?』とか『これは違うのかな?』とか、そういった考えを元にするのよ」
「それを、創意工夫というのでは無いのですか?」
「それは……あー、前言撤回。確かにあなたの言う通りだわ。それも該当する。研究は創意工夫ね」
「先生、さっきから言ってることブレブレですよ?」
「五月蝿いわね! それくらい分かっているわよ」
妨害活動をされてもなお、人間の探究心を妨げることは敵わない。
つまり、それは、私のゼミにもその妨害活動を物ともせずやってきた人間が居る、というわけだ。それが彼、ヤマグチである。
「ヤマグチくん、君はどう思っているわけ?」
「そうですねえ……。僕はあまり気にしたこと無いですけれど。先生が気にしているなら、少しは考慮しても良いと思いますが」
「そーいうことじゃあ無くてね……。まあ、いいわ。スタンダロンについて、あなたにどこまで話したかしら?」
「もうある程度の情報は聞き及んでいると思っていましたが。先生が変に隠している情報とか無ければ、の話ですけれど」
「あなた、性格悪いって言われたこと無い?」
「いいえ。たまーに言われますけれど」
「言われてるじゃあない!」
「……で、スタンダロンについてはどうすれば良いのでしょうか?」
「スタンダロンのAIは常に進化し続けていることについては説明したわね?」
こくり。ヤマグチは頷いた。
「そしていつかは技術的特異点、シンギュラリティに到達する。……だけれど、それは博士も望んでいた結果だった。スタンダロンは将来、人間の代替になれるように作られてきたの」
「人間は、滅びるということですか」
「それは分からない」
でも。
「いつか人間が滅びてしまうことは確か。だとしたら博士の言い分も納得出来る。私だって、あなただって、いつかは死に至る。そして、それは間違いじゃあない。……それぐらいあなたも容易に想像出来ると思うのだろうけれど」
「ですが、人間は、人間が滅びないようにするのが、研究者たる目的ではないのですか」
「私はね、今の時代は、そう長く続かないと思っている。確実に、ロボットによる反乱は起こる。そうして得られたその先にあるものは……紛れもなく、人間の滅亡よ。ロボットに人間は敵いっこない。そんな時代が必ずやってくるのはどの科学者だって分かっているはずなのに、ロボットに自らの研究の全てを注ぎ込んで、人間をよりよい方向に進めるためだと言っている。……笑っちゃうわよね、そんなこと」
一息。
「ヤマグチくん。私はね、博士がスタンダロンを作ったのは、そのロボットの反乱に備えるためじゃあないかと思っているのよ」
「スタンダロンが?」
「そう。スタンダロンは、自立して動くことの出来るロボット。どの命令も受けることは無い。確かに博士や私の命令は聞くでしょう。しかしそれは、『彼』の人工頭脳の判断によるもの。『彼』が博士について嘘を吐いたこともあるし、そしてそれは博士のプログラミングの上では想定の範囲内だったと思う」