2 これいくらで売れますか?
異世界、それは少年少女が一度は憧れる場所。異世界、それは子どものまま大人になった者たちの空想の遊戯場。異世界、それは夢と希望が詰め込まれた光に満ち満ちた夢世界。
しかし現実は違う、空の色は黒く、周囲の空気は嗅いだことの無い悪臭が漂っている。
街を歩く冒険者たちは殺気に満ちていて、無意味に睨みを利かし、商売をしている人たちもやけに殺気立っている。
学生服でポツンと立っているボクも、「ゴラ!そんなとこで突っ立ってんじゃねーよ殺すぞ!」と洗礼を受け。
視線を下すと派手な剣と防具が置いてあるが、どうやらそれらが聖の付くものであるのは間違いない。
意味もなく、「確かにこんなところに置いておくのもじゃまだし」と言葉を発するが、その思考は今も"え?"という言葉でいっぱいで。
膝を曲げ持ち上げようとそれらを手にする。が、ビクともしね~!ナニコレ地面にくっついてるの!?
歯をむき出しにして持ち上げようとするが一向に持ち上がりそうにないため、引きずるイメージで引っ張るとようやく動かせた。
路地にまで運びようやく、片方ずつ持てばいいじゃん!ということに気が付き、剣の柄を握るもやはりと言うか腕ほどの長さの剣が一向に持ち上がらない。
「このくそ~!」
いや全然全くもって動かないこと動かないこと、これはもうあれだね――。
路地に座ってタバコの煙を漂わせているおじさんに、「この辺に武器や防具を売れる場所ってありますか?」と尋ねると"あ゛?"とキレられ、仕方なくそれらを引きずってなんとか剣の看板が飾ってある店に持っていく。
「あの~すみません…ここって何屋さんでしょうか?」
「ん?新顔だな、ここは武器屋だ看板見りゃ分かんだろ?」
ですよね~分かってました、分かっていてももしかすると、ただただ看板が好きな民家である可能性があるかもということで聞かなきゃならんかったわけですよ。
「あの、装備を買い取って頂くことは可能でしょうか?」
「ん?どれ見せて見ろ…なるほど、ただの飾りか…しかし人には作れない構造…そうさな~片方10でどうだ?」
片方10?それはおいくら万円なのかな?
「10…というと――」
「10つったら10万だろうが億出せってのか?」
相場が分からん…こういう時は、「あの…他の店で見てもらってからでもいいですかね?」と聞いてみたりして。
「…チっ」
あ!今この人舌打ちしましたよ!あぶねー足元見られてたわ!
「100万でどうよ?即金で出せるのこのぐらいが限度だぜ――」
ま、わざわざ二度も足元は見ないだろうけどとりあえずジト目で疑いを向けてみる。
「……チっしゃーねーな140万だ負けだぜあんちゃん」
おーきたーコレ!やはり粘ってみるもんだ!
これ以上はさすがにないだろうとボクは合計280万で聖なる物を売った。
とりあえず軍資金は得た、これで新しく装備を整えるか、とその店の武器で一番軽い剣を手に持ち店主に値段を聞くと、初めは3万だったのが4回の確認で8千にまで下がった。
宿を探してると冒険者ギルドなる場所があり興味本意で入る。
「登録は右の受付へ、クエスト受注は左の受付へ…どうぞ~」
気の抜けた案内をする受付の女性に促されるまま登録をすることになり、千を要求され払うとステータスが記された紙を渡される。
受付のお姉さんは、「この街で登録を済ませた冒険者はあなたで二人目です」と笑顔でその紙に目を向ける。
しかし、その目が死んだ魚のようになると、「まんま初心者っすねー」と態度が急変する。
「この前来た方はー、ステータスが余裕で上級職に届いたんですよー、だからあなたもそうかなと思ったんですけど、まんま初心者っすねー」
完全に棒読みのセリフから職業の説明に移り、白い紙を視界内に置き指さして説明してくれた。
「標準なファイターは所謂戦士で、ソードマンが剣士になります、違いはスキルに現れます、この二つが無難ですね、ですが、コジロウ様のステータスでは今のところ冒険者という初期の職業で固定されてしまいます、なのでレベルを上げステータスを上げてから標準職を考えた方がよろしいですよ」
その後も、棒読みながら長々と説明を続けてくれた受付のお姉さんありがとうございました。
要約すると、"てめぇ能力低すぎですっぴんのままだから、ま色々スキル覚えれっからガンバ!"ということだそうだ。
その後、白い紙を握りしめたボクは、涙を溜めながら駆け足で冒険者ギルドを出た。
宿は一晩4千で、冒険は明日からだな…などと考えながらその日は宿屋で一泊した。
翌日――
気を取り直し!ボクは真新しい(中古)の装備でギルドへ入りそのクエストというやつを聞いてみる。
推奨レベル80!要上級職!4人パーティー!登録料は5千になりま~す。
「金しか条件満たしてね~よ!」
その後、受付のお姉さんは親身に説明されて、話はパーティー募集へと流れ、「奇特な方がいるかもですよー」という言葉に乗せられて張り出す。
内容はレベル1のレベリングを――とかうんたらかんたら、初心者だから初心者らしく初心者の街に行けばと受付のお姉さんに提案すると、「おそらく二年ほどかかりますよ――」とのことだった。
翌日応募なし、さらに翌日応募なし、一週間後応募なし、二週間後応募なし、って全然こねーよ!くるわけねーよ!誰がくんだよ!
既にこれ以上はどうあがいてもというやつで、お金も無限にあるわけじゃないし、流れるように心のままに行動。
「おじさん――どうも」
「お?こないだのあんちゃん、何かいりようかい?」
「これいくらで売れますか?」
ボクは揃えた装備を全て売り払うと、とりあえず仕事探しでもしますか…と宿で色々考えている。すると、唐突に部屋の扉が叩かれ古木せいかバキっと一部が壊れてしまう。
「やだぁ~これ私の所為?」
女の子の声だ…何故ボクの部屋に?とか思いつつ扉の前で穴から様子を窺う。
美女…しかもものすごく胸の大きな!
すぐさま咳払いして、「何でしょうか?」と扉を開けると彼女は開き終える前から部屋へと侵入してきた。
「あなたコレ出した人?」
彼女が持っていたのは例のPT募集の紙だった。
「そ、そうですが?」
委縮して主導権を失うあたりはボクらしいというかなんというか。
「ふ~ん…ねぇあなたレベル1ってホント?」
「はい、本当ですけど…」
彼女は見た目からシーフと思われ少しだけ所持金の心配をしてみたり。
まだ名乗っていない彼女に、「所で名前を聞いても?ボクは虎次郎といいます」と言うと右手を胸に当てて「レインよ」と、なぜか気位の高い貴族風な挨拶をする。
「コジロウ…あなたのパーティー入ってあげるわよ」
……あっ募集締め切るの忘れてた。
「あの、申し訳ないのですが…その話、明日締め切ろうかと――」
「ふ~ん…はい?!…はい?!!」
聞き間違いなのではと、彼女がそんなリアクションをとるのも無理はないわけで。
「な、なんで?どうして?!もしかしてもう枠なくなっちゃった?」
「いや~誰もこないから冒険者やめようかな~なんて」
そう言うとレインは、「……それ撤回する気ない?」とボクの手を握ってくる。
「私が手取り足取り教えてあげるから――ね?」
片目を閉じたレインはそう言うが、ボクはもう既にそのつもりもないわけで。
「装備全部売っちゃったし」
「本当に!?」
なぜか笑みを溢す彼女にボクは疑問を持つ。
こんな美人が仲間になりたそうにしているのに仲間にできないのは残念だ。本当に残念だ。
「ねぇコジロウ…私ねダメな男に尽くすタイプなの――、ダメな男に世話を焼くのってある意味究極の悦だと思うわけなのよ」
残念がるボクの前で、残念な事実をサラッと言い始めた彼女は、耳元に顔を近付けると「私…あなたに尽くしたいのよ」と囁く。
天使の囁きか悪魔の囁きか――、ボクは迷うことなくある決意とともに即答した。
「是非お願いします!」
こうして美人で少し露出の多い(少し変な)お姉さんレインがパーティーに加わりました。
「よろしくね、コジロウ――」