1 巻き込まれたってマジですか?!
日常で知らない人間と隣同士になることはよくある事だ。駅のホーム然り、電車内然り、横断歩道の信号待ち然り、時に複数人と隣同士になる。
そんな状況で特別なことが起こる確率は限りなくゼロだ。と考えながらも、右隣の女子高校生を見ながら稀に見る美女であると認識する。
きっと彼氏がいて幸せな生活を送っているに違いない、などと考えながら左を見ると男子高校生がいて、これまた稀に見る美男に内心"ファックス!"と叫ぶが、この時の意味は"幸せになりやがれクソが!"と受け取ってもらいたい。
姓は宮本、名は武蔵…ではなく虎次郎、字名はトラとかトラちゃん、ステータスは全体的に平々凡々可もなく不可もなく。
PCゲームを夜遅くまでやり過ぎて、目の下にクマができていること以外は特に当たり障りのない表情。
こんなボクが間に挟まれてしまうと、オセロだったら美に変わらなければならない。いや、そうなってくれたらという希望的なやつです。
まっそんなことはありえないのですが、などと考えていると、ドン!と効果音が響いたように感じ右を向くと美女が前へ倒れ込んでいく。
おそらくは誰かが後ろから当たったか突いたかであることは明白で、て言うか信号赤なのですが?車が走ってきているのですが!咄嗟に右手で彼女のカバン掴んじゃってるんですが!?
普段なら絶対そんなに速く掴めるはずのない運動能力で、よりにもよってこんな時に潜在能力開放!してしまうとは。
彼女の勢い足すことの体重、引くことの我が腕力足す脚力足す体幹は、支えられない!その事実!
ま、日頃授業の体育くらいの運動量でどうにかなるわけもなく、なんて思っているとボクの体がピタリと停止した。かと思うと、美女の体と一緒に後方へ引っ張られて、それが左にいた美男のおかげであることはすぐに理解できた。
あぁ美男、おかげで彼女は助かりそうだ、そしてボクも助かりそうだ、キミの犠牲で――いや~さすがは美男!ナイス!
明らかに犠牲心と正義感の塊だった美男は、おそらく一瞬考えたに違いない、この後彼一人が犠牲になり美女が彼に感謝しながら生きている光景。
ん?おい美男……どうしてボクの腕を離さない?おい!早よ離さんか!ん!?さてはこやつ――まさか!?
ボクを道連れにとか、ボクに助けてほしいとかそういうことではなく、彼にとってボクはあの美女を助けるためのロープでしかないのだ。
あぁ神よ、まさかこんなにあっさりと人生の終わりがきてしまうとは――、美男とロープが逝く……せめて美女がボクらのことを見取って――ってオイ!?美女!お前今スマホの心配してるだろ!
美女の視線は、スマホ>ボクら、の状態でこの現代社会の世知辛さにボクはポロリと涙を溢した……。
気が付くと暗い何もない空間にいて、ボクは何が起きたのか分からず足元を叩いてみた。
叩いている感触はなく、反響音もない、そうかこれは夢なんだと思った瞬間、唐突なスポットライトで登場する人外の美人に見惚れてしまう。
「お目覚めですね、宮本虎次郎様――」
人外というのはケモミミとかではなく、単純に人の枠に収まらないという意味で、その姿を見てここが天国なのではとおもうほどに――。
「私は女神フレイア、地球からの転移者を導く者です」
転移者?とボクは、何を言っているんだこの人…アレな人か?と疑いの眼を向けた。が、実際に夢だと思っていたことを忘れている自分に軽蔑の視線を鏡越しに送りたい。
「多数の異世界を救うため地球から死者を転生させる、それが女神の役目ですが…私は転移者、選ばれし生者を異世界へ送る役目を担っています」
「で、ボクが転移者…つまり選ばれし者ということですか!?」
満面の笑みでそう言ったボクに彼女は、「いいえ」と即答する。ファックス!(目の前の美女が美男に騙されればいいのに!の意)と心で叫ぶボク。
「残念ですが…あなたは選ばれし転移者ではありません」
"あなたは選ばれし転移者ではありません"
"あなたは選ばれし転移者ではありません"
"あなたは選ばれし転移者ではありません"
何度もエコーされる言葉にボクは、「えっ?……えっ?―――えっ?」と思考が迷走する。
事実確認するかのように、「あなたは選ばれし転移者ではありません」と再度言われてボクはさすがに「…はい」と答える。
「あなたは選ばれし転移者、司馬竜太郎様を転移させた時に誤ってここへ導かれてしまった…ただの"おまけ"です」
おまけ?誤って?少し待て、つまりその司馬なんたらが主人公でボクはそれに巻き込まれただけのモブってことですか?
「本来ならあなたはあの場所でその命を散らしてしまうはずでしたが、誤って司馬様と一緒に導いてしまい、本来なら転生するはずが…転移者となってしまったわけです」
つまりあの美男が転移者というものになって、ボクは死んで転生者になるはずが転移者になってしまった。なるほど!わけが分からん!
「司馬様は既に女神の祝福を得て異世界の救済へ向かいました、あなたはどうなさいますか?女神の祝福は与えることができませんが…規則通り神器級アイテムか魔剣魔槍、もしくはユニークスキル等どれでも一つ――と言いたいところですが、こちらの中からお選び下さい」
手渡された白い紙には、1・強い武器、2・強い鎧、3・強いスキル、と書いてあり、その下に※印でこう書かれていた。
「尚、女神や神は望んでも異世界へ連れて行けません…これって?」
「以前は転生者に与える物に規則などはないようなものだったのですが、以前一人の転生者が女神を選択し、それが受領されてしまって、それ以来転生者の担当を拒否する女神が増えてしまったため、円滑に物事を進めるためにこのような形になってしまったのです」
なんだと……女神を一人連れて行き、あんなことやこんなことを命令し放題だと――その転生者…まさにゲスの極み。
「あの、武器ってボク専用なんですか?それとも誰でも使えたりします?武器によって身体のステータスがアップすることがあるんですか?」
ゲーム脳なボクは、この場のルールを把握しようと女神フレイヤ(運営)に質問を投げまくる。
「武器は基本本人専用です、価値としても高くそれは腐食せず刃こぼれがなく修繕費がかからないため、飾りとして重宝されがちです、というのも異世界に持ち込んだそれを金銭に変えてしまう人が何人もいたため分かったことですが…、ステータスは武器単一であり本人の身体向上が無ければその性能は果物ナイフから聖剣と大きく差が出ます」
つまり、頑張ってレベル上げてくださいってことですね。
「じゃ、スキルというのは例えばどんなのですか?パッシブですか?それとも単一?複数などあるんですか?」
「スキルですか?そうですね、分かり易く言うなら…早くレベルが上がるとか、レベルが上がる度強化される力などの基礎ステータスが増すとか、あとはビームが出せたり空間を圧縮したりできる攻撃系もあります、が、それらはステータスに応じて威力の変わるもので一向に強くならないとうことも起きます」
なるほど、スキルはレベルを上げても恩恵が少ないものもある。
ここでボクは、「絶対に一つですか?」と少し交渉を試みる。
「ボクは本来転移者ではなく死んで転生者になるはずだったんですよね?これはそちらのミスであるわけでボクはそのミスに対してなんらかの補償を求めてもおかしくはない…違いますか?」
転移者と転生者の違いがよく分かっていないボクだけど、運営のミスに対して補償を求めることはもはや癖のようなものだ。
「…これがモンスターペアレントですか…あれ?クレーマーの方でしたか?…でも、実際にこちらにも間違いがあり、転生者になるところを転移者としてしまったことは重い責任があると感じます」
フレイヤは少し悩んでから、「仕方ありません」と両手の人差し指を一本ずつ立てて言う。
「二つの項目から一つずつ選ぶことにして下さい、一つの項目から二つは少し難しいのでこちらは無しの方向で」
いや~言ってみるものだ、と自分でも関心する根性に頷いて直ぐに「じゃ、透明な武器と防具で――」と言うとフレイヤは疑問の声を上げる。
「はい?武器や防具は系統と種類以外選べませんよ、系統からは聖か魔か、種類からは剣か槍か戦斧か槌かです、防具も同じでスキルであれば多少は融通も利きますが…透明というのは犯罪に扱われる可能性があるのでバツです」
なんじゃそれ…、おそらく迷彩のような透明を思い浮かべたのかもしれないが、見た目村人を装って実は強武器強防具を身に着けているなどという反則的なのを期待していたため、膝から崩れおちてしまったじゃないか。
「……なら聖の剣と聖の鎧でお願いします…」
「はい!かしこまりました、ご注文を繰り返します、聖属性の剣と鎧で構いませんか?」
どうしてそこだけファーストフードの店員風なんだ?まっいいけど。
「尚、強力な武器や防具はそれなりの力がなくてはいけませんので、おそらく平凡な宮本様のステータスでは最初は持ち運ぶのにも苦労すると思いますが、初期装備としてお出ししてもよろしいですか?」
え?持ち運ぶにも苦労する物を最初に貰ってどうしろと?
「え?…え?――え?」
「尚、後々ということになりますと魔王討伐間近となりますがいかがしますか?」
聞いてないんですけどフレイヤさん?
間髪入れずに笑顔でどうするかを聞いてくる彼女についつい、「けっこうです」と答えてしまう日本人宮本虎次郎なのであった。
「それでは異世界への転移が行われます、尚、転生する者は初心者の街へお連れする決まりですが、転移する者は魔王の近く上級者の集う街へお連れする決まりですので……悪しからず」
悪しからずって!悪く思わないでの意であるが!ちょっと待て、転生者=イージーニューゲームで、転移者=ハードニューゲームじゃないか!
満面の笑みで今更ながら足早に事を進めるフレイヤは、「それではよき異世界生活を――」とまるで旅行に行く人を見送るセリフを吐き捨てた。
そう、初めから彼女はボクが魔王を倒せるなどと考えてはいないし、ボクが何を選ぼうがどうせ使えないだろうと踏んで剣を売るとかなんとかいう話を持ち出したのだ。
体が浮いて、え?え?と言葉を続けるボクは最後まで笑みを絶やさないフレイヤに、図ったな!と内心思いながら異世界へと旅立った。