森の指揮官 4
今作では初の感想を頂けました!
とても嬉しいです!
ありがとうございます!
「ゴブリン将軍ですか?」
聞き慣れない魔物の名前にゲントは呆けた顔をする。
ゴブリン将軍とは、通常のゴブリンより頭一つ分背が高い見た目の魔物である。また、単体でも通常のゴブリンより強い。しかし、一番の特徴は他のゴブリンを指揮し襲いかかってくる点である。他のゴブリンを指揮する様がゴブリンの将軍と呼ばれる由縁である。
ゴブリン将軍の説明をしたジヒトだが、そもそもゲントはゴブリン将軍を知らなかったのではないかと不安になる。
その空気を察したメルはまさかとは思いゲントに確認する。
「あんたゴブリン将軍を知らないわけじゃないわよね?」
「さすがに知ってますよ。あれでしょ? ゴブリンを集団行動させる魔物ですよね?」
「言い方が気になるけど、大体合ってるわね」
メルはゲントがさすがにそこまで無知ではなかったことに安心する。
ゲントはこれまでの言動で馬鹿だと思われるかもしれないが、これでも三級冒険者である。
様々な経験も積んでいる上にそこそこの知識はある。ただ、ゴブリン将軍の説明が子供の行進練習のような表現になってしまったのはゲントの個性によるところだ。仕方がない。
ジヒトも話を続けて大丈夫だと思い話を戻す。
「共食いをしたことによりゴブリン将軍が生まれた筈だ。それでゴブリン将軍は共食いし合うゴブリンを見ておそらく共食いを止めさせたんだろうな。ゴブリン将軍にも共食いをやめさせるくらいの知能はあるしな」
知能が高い分魔物でも仲間を食べることは避けたがる。また、種の存続が優先すべきことだと理解している。それが長期的に見て悪手だとしても。
長期的に見れば共食いを続け、全体に食料が行き渡るまで数を減らす手も悪くはない。しかし、魔物の特徴の一つである好戦的な部分が人間を襲って食料不足を解決するのも手だと思い共食いを止めたのだ。
「そのままいい具合に共食いしてくれれば数も減ったでしょうに」
「そうですよね。でも、共食いをやめたら食料不足に逆戻りですよね? まずくないですか?」
「まずいかもしれんが、おそらくゴブリン将軍が現れたのは最近のことだ。それから先はまだわからんな」
さすがのジヒトもゴブリン将軍の考えまではわからない。
しかし、ここからのゴブリンの討伐証明の数の推移を見ればすぐにわかることだろう。討伐証明の数が今の数を維持していることに。
話は一旦落ち着きかけたが、メルは根本的なことが気になりジヒトに質問する。
「というより、なんでゴブリンが増えてるのよ?」
「そういえば、そうですね。確かマスターの話じゃ繁殖で増えたわけじゃないんですよね?」
「ああ」
ジヒトはゲントの繁殖での増加説を否定した。
ならば、ジヒトにはそれを否定できるだけの考えを持っていることになる。
勿体ぶっていたわけではないので、ジヒトはメルとゲントに自分の考えを説明する。
「ゴブリンは北の森にいくつもの群れをなし生活していた筈だ。今回の件で急にゴブリンが増えたように感じられる理由は、森の奥で生活していた群れが森の浅い地域の群れに加わるもしくは衝突した結果だろう。それで俺たち人間は自分たちの生活圏内に多くゴブリンが見られるようになったことから、ゴブリンが増えたと判断したんじゃないかと俺は考えている」
つまり、森でのゴブリン自体の総数は変化していないとジヒトは言っているのだ。ただゴブリンを見かける機会が増えてゴブリンの数が増えたと錯覚しているだけだということだ。
しかし、ジヒトの考えには根拠がない。
そこでジヒトはそう考えた理由を話す。
「メルの話ではゴブリンの討伐証明の数は倍近く増えていると聞いた。倍ということは徐々に増えたとは考えにくい。違うか?」
「そうね。いきなり倍近くまで増えていたわ」
「となると自ずと繁殖での増加は考えにくい」
ゲントもジヒトと同じくいきなり倍近くまで増えていたことに何か引っかかりを覚える。
ジヒトはゲントが何かに気づいたかと思い話を振る。
「ゲントは何か気づいたか?」
「そうですね。ゴブリンも生き物なのでいきなり繁殖して倍くらいまでに増えるのはおかしいですね」
「そうだ」
つまり、ゴブリンが繁殖でいきなり倍近くまで増えるためには、一斉に子供を孕み出産する必要がある。
通常そんなことはあり得ない。何よりいくらゴブリンでもそこまで無計画に仲間を増やさない。それに自然の中で一斉に増えるのはあまりに不自然である。
更にメルはゲントの考えに補足を加える。
「それにゴブリンは産まれてから他の生き物を襲うようになるまでには大体一週間はかかるわ」
「子供のゴブリンってことですか」
「討伐証明に子供のゴブリンの耳が混ざっていたら、さすがに私たち受付もすぐに気づくわ。別に子供のゴブリンの耳を持ってきても構わないけど、そればかり提出されたら異常だと思うしね」
ゴブリンは人型の魔物である。なので、産まれた直後は立つことすらままならない。そうなると親ゴブリンは子供を守るために人の目につくような場所にはできるだけ近づかない。ましてや、冒険者を襲うなどあり得ない。
よって、ゴブリンは森の奥から浅い地域に移動してきたことになる。
ゲントは自分が抱く疑問を次々と解決していくジヒトに思わず感心するばかりである。
「マスターはやっぱり頭いいんですね!」
「そんなことはない」
ゲントからしてみればジヒトは実際に森に行って調べたわけでもないにもかかわらず、ここまで推理してみせることがすごいとしか思えない。
なにせフーラから森の様子がおかしいということを聞き疑問を持ち、ゲントの体験やメルの情報からゴブリンが大きく関わってると突き止めた。更にはこれまでの情報を繋ぎ合わせ森の中で起こっている異変を確認こそ取れていないものの推理してみせたのだ。
ゲントはジヒトが冒険者ギルドの酒場でマスターをしている理由が思いつかない。それこそ冒険者ギルドの要職に就いている方がまだ納得できる。
「マスターはその頭の良さを他に活かそうとは思わなかったんですか?」
「活かしてるだろうが、ほら」
そう言ってジヒトはゲントに果実水を差し出す。
ゲントは炒め物は注文したがまだ飲み物は注文していなかったので有難く受け取る。
確かにゲントはジヒトやメルと結構な時間話し合っている。なので、今丁度喉が乾いている。
ジヒトが果実水を出したのは絶妙なタイミングだと言える。もし、この行動がゲントを観察し飲み物を欲しがるのを推理していたとしたら、確かにジヒトの頭を活かしていると言えなくもない。
「それに酒場に俺が居なかったら、お前の失敗も指摘できなかったんだぞ?」
「それはまあ、そうかもしれないですけど」
ジヒトの言うことも最もである。
それに今となってはゲントもあの失敗の状況をより深く理解している。
狩りの失敗では血の匂いにつられてゴブリンが襲いかかってきていた。
今思えばあれはただ襲われていたというよりは、飢えたゴブリンがゲントを食料と思い襲いかかっていたいうことだ。
もし、これがゴブリンのような弱い魔物ではなく、もっと恐ろしい魔物であった場合は目も当てられない。
「まあ、マスターが酒場に居てくれて有難いんですけどね」
「そういうことで、俺はここが一番の職場だと思っている」
ジヒトは冒険者ギルドの酒場は一番の職場だと本気で思っている。なので、他の仕事を勧められても全く興味がない。
ゲントとしても本気で言ったわけではないので、ジヒトがそれでいいならこれ以上とやかく言うつもりはない。
「あんたたち勝手に話を終わらせてるけど、まだわかってないことあるんだけど」
「え? マスターが酒場を気に入っている理由とかですか?」
「そんなことはどうでもいいわよ!」
勝手に話を終わらせほのぼのとしている男二人にメルは苛立ちを覚える。
なぜなら、まだ一つ疑問が残っているからである。それもとても根本的な疑問である。
その疑問を一応は冒険者ギルドの職員であるメルは一人考えていた。
「ジヒトの考えは大体わかったわよ。けどね、なぜ森の奥からゴブリンが移動してきたかがまだわかってないわ」
「そう言われればそうですね」
メルの言い分としては森の奥からゴブリンが移動してきたならば、それなりの理由があるということだ。
それこそ住み慣れた場所を捨て、別の群れと衝突しても構わないと考えるほどの理由が。
ゲントもやっとそのことに気づき不思議に思う。
「マスターは何かわかりますか?」
「そうだな……」
ジヒトは目を瞑って考える。
メルもこれまでの推理からきっとジヒトのなら何か気がつくのではないかと思い黙って待つ。
ゲントに関しては最早正解が出るものだと思い切っている様子である。
瞼を開けたジヒトははっきりと告げる。
「まだわからん」
冒険者ギルドの酒場に二つの大きな不満の声があがる。