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よくあるお悩み 5


「ゲントの失敗の時も出たけど、最近やたらとゴブリンの討伐数が多いのよ」

「どういうことだ?」


 不思議に思ったジヒトはメルに問いかける。

 メルは最近のゴブリンの討伐数を思い出してジヒトの問いに答える。


「なんでか知らないけどゴブリンの耳がいつもの倍くらい提出されてるのよ」

「それってゴブリンが減ってるってことで、いいんじゃないんですか?」


 ゲントは率直にゴブリンの数が減って良いのではないかと思いメルに尋ねる。

 ゴブリンは討伐の証明に耳を死体から切り取り提出しなければならない。そして、その討伐証明の数に応じて報酬が冒険者ギルドから支払われる。よって、討伐証明の数が増えればゴブリンの生息数がある程度は推測できる。

 しかし、メルは複雑な表情を浮かべゲントに答える。


「まあ、少し減るくらいなら別に悪いことじゃないわ。その分ゴブリンによる被害が減るんだもの」

「だから、それでいいんじゃないんですか?」

「減り過ぎるのも問題ってことよ」


 どういうことか理解できないゲントはさらに尋ねる。


「じゃあ、俺たち冒険者の収入源が減るってことですか?」

「ゴブリンなんて百体討伐したって大した金にならないでしょうが……」


 ゲントの答えにメルは呆れる。

 ゴブリンは百体討伐したとしても精々銀貨一枚程度だ。冒険者は銀貨一枚では一ヶ月も生活できない。

 逸れた話を戻そうとメルはゲントに説明する。


「ゴブリンも森で生きているんだから、大量に減ると他の生き物にも影響が出るかもしれないってことよ」

「森の生態系が崩れるってことですか?」

「ええ」


 メルが言ったようにゴブリンも森で生きている。

 ゴブリンは人間を襲うがウサギなどの野生動物も襲う。それはゴブリンたちが自分たちの食料を確保するためである。しかし、ゴブリンの生息数が減少すると野生動物は増加し野生動物が食べる木の実や野草が減少する。

 森でこのようなことが起こると食物連鎖のバランスが崩れる。そして、自然は破壊される。

 そうなると、当然冒険者の収入源は減るどころの騒ぎでは済まない。

 話を理解したゲントは当然思い当たる策をメルに伝える。


「じゃあ、暫く放置すればいいんじゃないんですか?」

「そんなことできるわけないじゃない。自分たちで対処できない市民や商人が黙ってないわ」


 メルはどうしようもないと言い酒に口をつける。

 実際ゴブリンの放置は危険だ。何故なら、冒険者ならともかく市民や商人はゴブリンに対処できない。もちろん、一対一ならば市民や商人でも対処できるがゴブリンは多くの場合群れで行動する。なので、群れで行動されると市民や商人ではゴブリンに対処できなくなる。そうなると当然放置した冒険者に批判は殺到する。


「ばれない程度に自重した方が良さそうですね」

「そうね。冒険者ギルドとしては常時貼り出してるゴブリンの討伐依頼を取り下げるくらいしかできないでしょうね」


 こういった二人の案は本当にささやかなものだ。

 ゲント一人が自重したところでゴブリンの数には殆ど影響はない。さらに冒険者ギルドが依頼を取り下げたとしてもゴブリンの討伐自体の報酬は別で出る。ならば、冒険者はゴブリンの討伐をやめることはないだろう。

 どちらも殆ど効果はない。

 そこで今まで話を聞いていたジヒトはメルに尋ねる。


「本当にゴブリンの数は減っているのか?」

「はあ? 討伐数が増えているんだから生息数が減るのは当然じゃない」

「だが、そもそも生息数が増えていれば討伐数が増えてもゴブリンが減ったことにはならない」


 つまり、ジヒトはゴブリンは減っていない。さらに言えば、増えているのではないかと言っているのである。というのも、ゴブリンが減っていたとしても、減る以上にゴブリンが増えているもしくは減る前にある程度増えていれば結果的に数が減ることにはならないということだ。

 ジヒトの考えを聞いたメルは納得できない部分があるのか反論する。


「じゃあ、全体的にゴブリンが増えていたとして、なんでいきなり増えたのよ?」

「そこまではわからないな」

「ちょっと! 中途半端に話の腰を折るんじゃないわよ!」


 メルに睨まれてもジヒトは特に反応はせず、何事もなかったかのように振る舞う。

 確かにジヒトの考えも可能性としてはあり得るが根拠がない。

 そもそも、メルの討伐数の話も冒険者ギルドの正式な見解ではないので、実際何が起きているかはまだわからない。

 文句を言っても無駄だと悟ったメルは食事に手をつけながら正論を言う。


「まあ、ここで話し合っても意味ないし、何かあったら上が動くわよね」

「全くだ。俺たち引退組は直接関係ないな」

「実際に対処するのは俺たち現役冒険者なんですがね……」


 引退組のジヒトとメルは開き直って気楽なことを言う。

 しかし、ゲントは未だ現役なので気楽にはなれない。既に話は聞いてしまっている上に、問題を解決するのは冒険者ギルドからの依頼を受けた冒険者だ。話を聞いてしまったゲントは今更知らぬ存ぜぬでは通らないだろう。

 ゲントは不謹慎にもせめてお金になる問題であってほしいと思いつつ無駄なことを言う。


「是非とも他の冒険者さんにも頑張ってほしいところです」

「あんまり期待しない方がいいわよー」

「どういうことですか?」


 ゲントは淡い期待が断ち切られたことよりも、メルの冒険者批判が気になり反射的に尋ねる。

 メルは嘆かわしいといった様子でゲントに言う。


「最近ではゴブリンのこともあるけど、薬草採取の依頼が失敗続きでこっちの問題の方がヤバいんじゃないかって話でギルド内は持ちきりよ」

「薬草採取の依頼ですか?」


 思ってもみなかった答えにゲントは唖然とする。

 薬草採取の依頼とは森の中に生えている薬草を採取し、冒険者ギルドに提出する簡単な依頼だ。

 これは新人冒険者が自然を学び、野外での活動に慣れさせる目的もある依頼なので、薬草を雑草と見分ける知識と森で遭遇する魔物に対処できれば難しい依頼ではない。

 もちろん、薬草も冒険者ギルドで加工され傷薬やポーションになるので全くの雑務というわけでもない。

 ゲントは信じられない様子でメルに続けて質問する。


「薬草なんて逃げもしないのに、どうやって失敗とかするんですか?」

「逃げなくても失敗とかはあるの。依頼を失敗した冒険者たちは、なんでも森で薬草が見つからないって言ってるわ」

「へぇー」


 メルはゲントに説明するがあまり真剣に考えていないのか、ゲントは気の抜けた返事をする。

 ジヒトは気になったことがあるのか、シチュー以外の料理を作るために食材を揃えながらメルに質問する。


「どの階級の冒険者が薬草採取の依頼を失敗しがちなんだ?」

「えーと、確か五級と四級はほぼ全滅で三級はだいたい半分が失敗だったわね」

「なるほど」


 メルは依頼の結果を思い出してジヒトの質問に答える。さらに言えば、薬草を採取できても依頼をこなしたというには薬草がまだ育ちきっていなかったり数が足りないそうだ。

 それを聞いたジヒトは揃えた食材の下処理をしながらメルの答えに納得する。しかし、それ以上のことは何も言わずに黙々と仕事をする。

 ジヒトの質問に何か意味があるのではと思ったメルはジヒトに問いかける。


「何かわかったわけ?」

「いや、さすがにまだ何もわからないな」

「あっそ」


 一応聞いてみたメルだが結果はこの通りである。

 さほど気にした様子もなくメルは話を続ける。


「けどまあ、さすがに幾ら何でも失敗し過ぎよ。最近の冒険者は質が下がったんじゃないかしら?」

「ぐぬぬ。今日やらかしたばっかりなんで言い返しにくい」


 冗談めかして嘆くメルはしっかりゲントに向けて嫌味を言う。

 ゲントも狩りで失敗したばかりなので他人事ではない。反論するにしても今日は無理なので苦い顔をするしかない。

 居た堪れなくなったのかゲントはジヒトに話を振る。


「元冒険者の視点からマスターはどう思います?」

「ちょっと、私も元冒険者なんだけど」

「いいんですー。マスターに聞いてるんですー」


 メルはゲントに先輩に失礼じゃないのかと聞くが、ゲントは努めて無視してジヒトに質問をする。

 ジヒトはそのやりとりに若干の鬱陶しさを感じながらゲントの質問に答える。


「まあ、別に質が下がったとまでは思わないな」

「ほらー」


 ジヒトの答えにゲントは勝ち誇ったような顔をする。

 それを見たメルは多少の腹立たしさを感じるが、嫌味を言ったのは自分なのでグッと堪える。

 そんな元チームメンバーと若手冒険者のくだらないやりとりを眺めながら、ジヒトは森では一体何が起きてるのか考えながら調理を始めるのであった。


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