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よくあるお悩み 4


「いつものちょうだい」


 そう言って冒険者ギルドの制服を着たお疲れ気味の美女ことメルはジヒトに注文をする。

 メルは冒険者ギルドの受付の仕事をしており、仕事を終えるとほぼ毎日冒険者ギルドの酒場で夕飯をとる。要は常連客だ。

 ジヒトはメルに隣国から取り寄せている蒸留酒をグラスに入れて出す。蒸留酒は冒険者ギルドの酒場の中ではなかなか高価な酒であり、そうそう手に入るものではない。


「ほら」

「どうもー」


 ジヒトから蒸留酒を受け取ったメルはすぐに蒸留酒に口をつける。

 そして、メルは蒸留酒を飲みながらゲントの果実水を見て馬鹿にしたように鼻で笑う。

 それを見たゲントは思わず顔を引攣らせる。


「メルさん、感じ悪いですよ」

「酒場で果実水を飲んでるのが可笑しくてついね」


 メルは尚もゲントを馬鹿にする。

 しかし、ゲントも負けじと反撃をする。


「メルさんの方も相変わらずここでそればっかり飲んで味覚が馬鹿になってるんじゃないですか?」

「かもね。この酒を飲むのが目的で料理は二の次だしね」

「おい」


 思わぬ飛び火でジヒトは自分の料理にケチをつけられた。しかも、よく考えればゲントも料理を注文していない。こちらも遠回しにジヒトの料理を批判していると言っていい。

 二人の揉め事がいつの間にかジヒト批判にすり替わっている。ジヒトの名誉のために言うが、別にジヒトの料理は不味くはない。普通に美味しい。

 さすがに黙っていられないジヒトは二人に文句を言う。


「くだらん冗談に俺を巻き込むな」

「別にいいじゃない。仕事が終わったんだから若手冒険者と一緒に酒場のおっさんをからかったって」

「俺がおっさんなら俺の一つ下のお前はおばさんだ」

「私はまだお姉さんよ」


 最終的にいい大人二人が揉めるという情けない会話が繰り広げられる。

 一方で流れを作った一因のゲントは呆れて肩を竦める。完全に他人事の姿勢である。


「二十九歳と二十八歳で何揉めてるですか。どっちも一緒ですよ」

「ほう? ならお前にはこれからカチカチのパンしか出してやらん」

「そして、私はあんたがどんな依頼をこなしても評価下げてあげるわ」

「ちょっと! マスターも酷いですけどメルさんは冒険者ギルド職員として絶対やっちゃ駄目ですよね!」


 冒険者ギルドの酒場は普通の酒場より値段は安く設定されている。

 それは酒場で冒険者同士の情報交換を促す目的がある。何故なら、冒険者同士で情報を共有することにより最終的には冒険者の生存率を上げることに繋がる。なので、冒険者ギルドの酒場は普通の酒場より値段は安く設定し、冒険者の利用率を上げ情報交換の機会を増やすことにより冒険者を支援しているのである。そこでゲントは冒険者ギルドの酒場が安いのをいいことに、通い詰めて食費を節約しているのだ。

 しかし、いくら安いと言ってもカチカチのパンだけはキツい。得られるものは情報と発達した顎だ。悪質な嫌がらせと言っていい。

 加えて、メルの嫌がらせは最悪だ。ゲントがどんな依頼をこなしても受付のメルが評価を下げれば、冒険者ギルドにゲントのいい情報はあがらない。よって、冒険者ギルドはゲントを信用しなくなる。社会的信用を失ったゲントを待つのは破滅しかない。


「人生の先輩を敵に回すとこうなるってことだ」

「何気ない失敗が命取りになるのは冒険者としては当たり前のことよ」

「いい大人が寄ってたかって何言ってるんですか……」


 冗談を言って遊んでいたらいつの間にか墓穴を掘り、最後には説教されるゲントはうんざりした気分になる。


「まあ、本当にやったらお互いクビになるからやらないけどね」

「まあな」


 さすがに本気にはしていなかったゲントだが、全くの冗談だとわかると少し安心する。

 ジヒトやメルとて雇われの身なので、そんなことはできない。ジヒトはマスターとはいえ冒険者ギルドに雇われているマスターなので、一冒険者に嫌がらせをしているのが冒険者ギルドにバレれば即刻クビだ。何より冒険者ギルドの沽券にかかわる重大な問題だ。

 メルに関しては単純に虚偽報告だ。しかも、理由が嫌がらせなので普通にクビだ。弁解の余地はない。


「さすが元チームですね。二人して一斉に攻めてこられるとお手上げです」

「……昔の話だ」

「そうよ、あんたをいじるのに元チームとか関係ないわ。何? もっと悪質な嫌がらせを考えてほしいわけ?」

「結構です。勘弁してください。そして、すみませんでした」


 ゲントは頭を下げて降伏する。

 ジヒトとメルは引退する前まではチームを組んで冒険者をしていた。チームとしては三級冒険者相当の実力を持ったチームであった。その分、二人は息が合う。ゲントの失言に対する反撃などたわいもない。

 顔を上げたゲントは疲れたように言う。


「本当に今日はついてないというかなんというか……」

「まあ、確かに自業自得とはいえついてないな」

「なになに? 面白いことでもあったの?」


 人の不幸は蜜の味といった様子でメルはゲントに何があったのか尋ねる。

 ゲントは渋々ながら狩りでの失敗談をメルに語る。

 肉屋で血の匂いをつけたことやその匂いをつけたまま半日森をうろついた挙句成果なしということも包み隠さずにだ。

 ゲントは話が終わると思い出してまた溜息をつく。


「というわけで、今反省中です」

「そりゃあ災難だっ……たわ……ね……。ック、クククク」


 メルは最初こそ我慢していたが堪えきれずに笑い出す。それはもう反省中のゲントなど考慮せずに。

 当のゲントは怒るわけでも泣くわけでもなく、ただただ落ち込む。

 見かねたジヒトはメルに笑い過ぎだと注意する。


「いやー、さすがにそこまで間抜けなことをしでかすとは思ってなくてついね。ックク」

「確かに間抜けだが笑い過ぎだ」

「あんたも間抜けって言ってるじゃない」

「間抜けなのはしょうがないだろ。俺は笑い過ぎだと言ってるんだ」

「二人ともまだ根に持ってます? チクチクどころかザクザク刺してきてますよね?」


 さすがのゲントも我慢の限界なのか腹立たしさを隠せない。

 しかし、ジヒトとメルは何事もなかったかのように会話を続ける。


「『勇者』様ともあろうお方が情けないわねー」

「全くだ」

「……『勇者』はやめてください」


 散々いじられたゲントは疲れ切った様子で言う。

 ゲントは『勇者』の二つ名を持っている。二つ名と言っても冒険者が三級に上がると誰かが勝手につけるニックネームのようなものだ。

『勇者』と言う二つ名がついた理由はゲントは今まで一人で三級冒険者にまで登り詰め、未だに勢いが衰えずに活躍している姿が『勇敢な者』と捉えられたからである。また、『勇者』と呼ばれて恥ずかしそうにしているゲントを周りがからかう目的もある。別に『勇者』と言う言葉に特別な意味はない。

 追撃をかけるようにジヒトはメルにゲントの失敗談を語る。


「それに、こいつは血の匂いにつられたゴブリンに襲われているしな」

「なにそれ! 典型的な失敗過ぎて逆に綺麗ね!」


 手を叩いて笑うメルにゲントは苦虫を噛み潰したような顔をしながら睨む。

 告げ口したのはジヒトだが実際に失敗したのはゲントなので文句も言いにくい。

 尚も笑うメルにゲントは言い訳する。


「確かに今回は失敗しましたけど、結果的に無事でしたし少しは稼げたんでいいんです!」

「散々笑っといて言うのもなんたけど、何気ない失敗が命取りになるのわかってる?」

「……わかってますよ。だから落ち込んでたんじゃないですか」


 楽観的な言い訳にメルも見過ごせなかったのか真剣に注意する。

 ゲントも冗談の言い合いは終わったと悟り、真面目にメルの注意を聞き反省する。

 ジヒトも黙って二人の様子をシチューを皿に盛り付けながら見守る。


「まあ、その話はもういいだろう。これでも食っとけ」


 そう言ってジヒトはゲントとメルに作っておいたシチューを出す。

 シチューを受け取ったゲントは有難くシチューを食べ始める。

 対して、メルはシチューを受け取るまではいいが、注文してないんだから無料よねといった視線をジヒトに向ける。

 しかし、ゲントはそんなわけあるかという視線を向ける。

 こんなやり取りができるのも元チームがなせる技だろう。

 それに今出せる料理はシチューしかない上に、結局料理は注文するのだから先に出しておいて問題ないというのがジヒトの考えだ。決して押し売りではない。

 そんなことをしながらもメルは別の話題を振る。


「ゲントの失敗の時も出たけど、最近やたらとゴブリンの討伐数が多いのよ」

「どういうことだ?」


 不思議に思ったジヒトはメルに問いかける。

 それにつられてゲントもスプーンを咥えながらメルに顔を向ける。


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