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よくあるお悩み 3


「ウサギと鳥肉の解体ですか?」

「そうだ」


 ゲントはジヒトに言われたことがよくわからないのか眉間に皺を寄せる。そして、今回はゲントも諦めずに答えを出そうとああでもないこうでもないと頭を捻る。

 ジヒトはそこまで難しくないんだがなと思いながらも、ゲントの答えを待ちつつ鍋で煮込んでいたシチューの火加減を確認する。


「ウサギは耳がいいです」

「そうだな。だが、今回は関係ない」

「ウサギで耳以外の特徴なんてありましたっけ?」

「それを聞いているんだ」


 ゲントは捻り出した答えが否定され、ますます答えがわからなくなっていく。

 ジヒトはゲントの悩み具合を見て、さすがに焦らしすぎかと思いさらなるヒントを出す。


「特別ウサギに限ったことじゃないな。しかし、俺たちは気づきにくい」

「気づく? もしかして匂いとかですか?」

「ああ」


 ジヒトはやっと答えの一つに辿り着いたと思いほっとする。

 しかし、ゲントは自分で言ったにもかかわらず答えに納得できず表情が晴れない。

 ゲントはジヒトにさらなる質問をする。


「でも、ウサギって鼻が良かったでしたっけ?」

「まあ、ウサギに限ったことじゃないとさっきも言ったが、お前のある匂いに反応して逃げたわけだ」

「お風呂にはちゃんと入ってますよ?」

「別にお前の風呂事情は関係ない。それに興味もない」


 ゲントは自分の匂いを嗅ぐが今日の狩りでかいた汗の匂いしかしない。

 都市エルスは森の中にある湖から伸びる河が北西から南東に横断しており水には困らない。なので、毎日入浴することも可能である。

 自分の匂いを嗅ぐゲントを見てジヒトは溜息をつく。


「さっき言っただろ。俺たちは気づきにくいって」

「ああ、そうでしたね」


 ゲントはさすがにうっかりしすぎだと思い苦笑いを浮かべる。

 しかし、ゲントは自分たちが気づきにくくてウサギなどの動物には気づきやすい匂いが何なのか考える。また、動物が逃げ出すような匂いである。

 そこでようやく気づいたのかゲントはまさかと思ってジヒトに問いかける。


「まさか、血の匂いですか?」

「そうだ。俺たち人間は結構な量の血ないと気づきにくい」

「そりゃ、ウサギは逃げ出しますね……」


 真実に気づいたゲントは酒場のカウンターに項垂れる。

 また、ジヒトもやっとここまで来たのかと一息つく。

 つまり、こういうことだ。何処かで血の匂いをつけたゲントはそれに気づかず森で狩りを行った。しかし、血の匂いを嗅ぎ取ったウサギは危険だと判断しゲントに発見される前に逃げ出したというわけである。にもかかわらず、ゲントは血の匂いを纏いながら狩りを続けたのだ。狩りなど成功する筈がない。

 今になって気づいたゲントは一つ気になったことをジヒトに質問する。


「でも、怪我なんてしてないのにどうして血の匂いがするんですかね?」

「それは狩りより前の出来事を振り返ればわかる」

「狩りより前って……あ!」


 ゲントは急いで自分が履いていた靴を確認する。

 靴の裏側にはまだら模様に黒く変色した少量の血がこびりついていた。

 またゲントは自分のしたことを考え酒場のカウンターに項垂れる。


「……これはやらかしましたね」

「ああ、お前は綺麗にやらかした」

「……肉屋さんですね」

「だろうな」


 ゲントは肉屋での出来事を振り返ると大きな溜息をつく。

 ゲントは肉屋では鳥肉の解体を行っていたと言った。そこでゲントは誤って解体で出た血を踏んでしまったのである。また、それに気づかずに狩りに出かけてしまった。

 この失敗は三級冒険者のゲントにしてみればかなり初歩的なミスであり、場合によっては致命的なミスとも言える。何故なら、血の匂いを纏いながら森の中を移動するということは自分の居場所を知らせるようなことであり魔物によっては手負いの獲物と勘違いをし襲いかかってくるからである。

 また、森での狩りや薬草採取などの依頼は新人冒険者などが自然を学ぶための初歩的な依頼だ。その依頼をゲントは失敗したのである。三級冒険者のゲントにとってはかなり不名誉なことだ。

 実際にゲントは狩りの最中に血の匂いを嗅ぎ取ったゴブリンに襲われている。


「ウサギの代わりにゴブリンを狩りましたけど、あれは血の匂いを嗅ぎ取って襲って来てたんですね」

「そうとも知らずに、お前はゴブリンを喜んで狩ってたわけだ」

「どうしようもないですね」


 ゲントは自分がしでかした失敗を改めて認識するとまたも大きな溜息をつく。

 ジヒトもやれやれといった様子でゲントに質問をする。


「それにしても、血の匂いがするかもしれないと考えなかったのか?」

「小遣い稼ぎ気分だったので完全に油断してました」

「狩りを舐めてたわけか」

「ええ、そうなりますね」


 ゲントは血の匂いに気づかなかったことや、狩りを舐めてたことを自分で気づくのではなく誰かに気づかされたことに後悔する。冒険者とて商人と同じように信用によって関係が成り立っているところがある。依頼主は信用できない冒険者に依頼を受けさせることはない。なので、冒険者にとってつまらない失敗をして信用を失いたくないのだ。

 また、肉屋は様々な人が肉を買いに来るので悪評は広まりやすい。一度広まった噂は厄介なものだ。噂を聞いた依頼主は依頼を受けたのがゲントだと知るとゲントを拒否するかもしれない。そうなると後は廃業だ。

 と考えているであろうゲントをジヒトは落ち着かせる。


「まあ、肉屋なら依頼主はフーラか?」

「そうです。フーラさんが朝から鳥肉をにこやかに解体してました」

「想像したくない情報を挟むな。でもまあ、フーラなら別にお前の失敗を言いふらしたりしないだろ」

「だといいんですけど」


 あまり信用していないゲントにジヒトは決定的な一言を言う。


「そもそも、あいつはお前の失敗に気づいてないだろうな」

「あー、確かに」


 いちおう依頼主であるフーラの陰口を言うのはしのびないと思うゲントだが、フーラの言動を思い浮かべるとジヒトの推測も否定できない。

 苦笑いを浮かべるゲントをよそにジヒトは前から気になっていたことを尋ねる。


「お前もチームを組んでいればこんな失敗しなくて済んだと思うがな」

「いやまあ、そうですけど……」


 ゲントはチームを組んでおらず基本的に一人で依頼をこなし三級冒険者まで上り詰めた。その分、実力はあると冒険者ギルドも評価しているそうだが細かいミスは目立つ。なので、ジヒトはゲントの失敗を減らすためにもチームを組んでみたらどうかと日頃から言っているのである。人の目が増えればその分誰かが他の者の失敗に気づけるようになる。

 しかし、当のゲントはジヒトの提案に否定的である。


「マスターの心遣いは嬉しいですけど、やっぱり一人の方がいいです」

「お前も強情だな」

「ええ、だって報酬の独り占めができるのは一人の特権ですから」


 ゲントは汚い笑顔を浮かべるとニヤニヤとする。せっかくの爽やかな印象が台無しである。

 ゲントが別段金に汚いというわけではないのだが報酬が独り占めできるというのは大きい。チームを組んだ場合多くの冒険者たちは基本的に報酬の山分けを行う。それが冒険者たちの暗黙の了解である。また、チーム内での揉め事をなくす目的もある。

 いつもの返事にジヒトは呆れつつも仕方ないと納得する。


「まあ、こればっかりはお前の問題だからな」

「ええ、相手のこともありますしね」


 ゲントはジヒトに心配されているにもかかわらず、余裕の表情を浮かべ残りの果実水を飲む。

 そんな姿にジヒトはこれ以上の説得は意味がないと思いゲントの果実水のお代わりを注ぐ。

 ゲントは少し目を見開き驚くが、いつものことだと思いながらも感心する。


「いつもながら絶妙なタイミングでお代わりくれますよね」

「見てればわかるからな」

「よく見てますねって話ですよ」


 これはジヒト日頃から人をよく観察し好みを把握しているからなせることである。要は人間観察が得意というだけのことである。


「あと、酒場から出てこないのによくいろいろわかりますよね。さっきの狩りの失敗とか」

「人を引きこもりみたいに言うな。狩りの失敗は話を聞けばわかることだろうが」

「まあ、それくらい単純な失敗ですけど、あんなすぐ気づかないと思いますよ?」

「どうだかな」


 ゲントとしては実際に見てきたわけでもないのによくわかるよなと思うが、ジヒトからしてみれば別に大したことではない。

 何より酒場のマスターは人の話を聞くのも仕事の一部と言ってもいい。また、正しい情報を多くの冒険者に広めるのも冒険者ギルドの酒場の役割でもあるので、間違った情報を鵜呑みにし広げてはならない。なので、正しい判断も出来なければならない。

 ジヒトとしては当たり前で仕事の一環と考えている。


「それにしれっとお代わり注いでくれましたけどお金取るんでしょう?」

「当たり前だ」

「狡猾なおっさんですよ」


 うっかり青年は狡猾なおっさんに着実に金をむしり取られながらも楽しく果実水を飲む。

 そこへ冒険者ギルドの制服を着たお疲れ気味の美女が慣れた雰囲気で席に着くとジヒトに注文する。


「いつものちょうだい」

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