悪しき食いしん坊 3
ジヒトの話を聞きメルは次々と不可解だったことがあきらかになっていくことを感じる。しかし、新たな疑問が頭をよぎる、
「でも、なんでトロールなのよ。少ないとはいえゴブリンを食べる魔物なんて他にもいるんじゃないの?」
メルの言うことは尤もな疑問だ。
ジヒトの言った通りゴブリンは本来とても食べられるような魔物ではない。しかし、味覚がない魔物や食べ物に頓着しない魔物も当然いる。
そのような魔物の中からなぜトロールと特定したのかメルにはわからなかった。
「確かにゴブリンを食う魔物は少ないとはいえそこそこいる。例えば、大百足のような虫の魔物は生きていれば人間だろうがゴブリンだろうが関係ない。それに若い竜も割となんでも食う。もちろん、成長した竜はかなり知能が高いからゴブリンなんか食わないがな」
「じゃあ、別にトロールが森に居るとは限らないじゃない」
ジヒトの説明ではトロール以外が森に居ても何ら不思議なことはない。
それこそ森の中に虫の魔物が現れることはよくあることだ。中にはゴブリンを食べる魔物も居るかもしれない。また、若い竜が森に現れた場合はゴブリンでは手も足も出ないことが容易に想像できる。
メルの意見を聞いたジヒトは当然そう思うよなと同意してから説明を再開する。
「お前の言う通りでゴブリンを食べると言う点においてトロールと特定することはできない。だが、今回は場所が森と限定されている。森は当然木が生い茂っている。そうなると大型の魔物は身動きがとりづらい。そんな身動きがとりづらい場所に留まってまでゴブリンを食べる魔物はそう居ない。さっき言った大百足もかなり大型の魔物だ。おそらくゴブリンを丸呑みできるくらいな。そうなると森に食べ残しなんて残らないだろうし、食べ残しがあったとしてもその辺りの木がなぎ倒されているはずだ。だが、クンフトは何も言ってなかった。幾らクンフトが新人だからって木がなぎ倒されてたら、さすがに気がつく。このことから、少なくとも大百足が森に居るとは考え難い」
「言われてみれば、その通りね」
メルはジヒトの説明に納得するが、まだ疑問は残っているので質問をぶつける。
「じゃあ、若い竜が居るかもしれないじゃない」
「それはない。そもそも若い竜なんて森に居たら被害はゴブリンだけじゃ済まない。冒険者の被害もかなり出る筈だ。そうなったら今頃都市中で大騒ぎになってる。それに若い竜が森に現れたらゴブリンが避難する暇なんて最初からない。ゴブリンは森の奥でただただ食べられて終わりだろう。だから、若い竜が森に現れたということも考え難い」
メルも言ってはみたものの若い竜が居るとは本気では考えていなかった。
なにせ若い竜はとにかく暴れるので発見は容易い。今まで冒険者ギルドに若い竜の報告は来てないのがその証拠である。
「その点トロールは大きいと言っても人間の二倍程度の中型の魔物だ。森でもある程度身動きがとれる筈だ。大百足のように木をなぎ倒すこともなければ、若い竜のようにいきなりゴブリンを食い尽くすことはない。それに何よりトロールはゴブリンより知能が低い。ゴブリンでもトロールから容易に避難できるだろう」
「なるほどね」
メルはジヒトの説明を聞きようやく納得する。
確かに状況から森にトロールが森に現れたことが推測できる。他の魔物の可能性も全くないことはないが、今までの情報から一番しっくりくるのはジヒトの言った通りトロールだ。
それにメルとしてはトロールであってほしいという思いもある。なぜなら、トロールでなかった場合ジヒトの推測の域超えた厄介な魔物である可能性があるからだ。それならば少々森の食料を食い荒らしているとはいえ馬鹿なトロールであった方がありがたい。それに対処もしやすい。
メルとしては既に納得しているが冒険者ギルドの上層部に報告するために話を詰めていく。
「一応聞くけど、小型の魔物の可能性はないわけ?」
「小型の魔物の可能性も、もちろんないとは言わない。だが、小型の魔物ならゴブリンを追い詰めるまで森の食料を食い荒らしたりしないと思うぞ。それに森での身動きもかなりとれることが推測できる。となるとゴブリンは避難するより先に粗方やられてる筈だ」
「それもそうね」
メルもジヒトの説明を聞きその通りだと思うので何も反論はしない。
ジヒトは小型の魔物ならゴブリンは勝てると勘違いをして戦いを挑むので今回のようなことはそもそも起こらないとも付け加える。
メルも報告のためとはいえあまりいい質問ではなかったなと思う。
「トロールにどう対処するかも当然気になるが、俺は森の生態系に影響どの程度を与えているかが心配だ」
「まあ、多少は影響あるでしょうね」
今回森にトロールが現れた結果森の食料は大きく減少したと言っていい。
森の奥の木の実や小動物はおそらくトロールによって食い荒らされていることだろう。また都市に近い地域は避難したゴブリンにより粗方食い尽くされている。
さらにトロールが現れたことによって、これまで森の生態系の頂点に立つ魔物もしくは動物はトロールに食われた又は森のどこかに避難しているはずである。そして、避難した先でその魔物や動物は生きるために食料を調達するのでその地域でも影響を及ぼす。
このように連鎖的に森に被害が広がるので早急にトロールを討伐すべきである。
「そもそも北の森にトロールなんて居なかったわよね?」
「ああ、俺も聞いたことはないな」
メルはジヒトが同意したのを聞いて頭を悩ませる。
魔物も生き物なので基本的に何もないところから湧いて出ることはない。
ゴブリン将軍が現れたように魔物の急成長や突然変異ということもあり得るが、トロールはゴブリンとは別種なのでゴブリンの中から生まれることはない。
また北の森に元々トロールは居なかったので新たなトロールの出現ということでもない。
「あんた何かわからないの?」
「さすがにどこからか流れて来たということしかわからんな」
メルはジヒトに何か考えはないかと尋ねる。
しかし、ジヒトとてトロールの出現を言い当てることで手一杯である。
トロールに関する情報が他にも何かあればジヒトも推測できたかもしれないが現状ではどうしようもない。
「とにかく森にトロールが居ることがわかって対処の仕方が決めやすくなったわ」
「トロールの討伐となると二級の冒険者が数人もしくは三級の冒険者チームが複数は必要だが……」
「……都合よく三級以上の冒険者が居てくれれば良かったんだけどね」
そう言ってメルは顔を顰める。
この都市エルスは現在高い階級の冒険者は少ない。なぜなら、襲い来るゴブリンに対抗するために商人たちが高い階級の冒険者を護衛として雇っているからだ。もちろん、これは飢えたゴブリンが商人に襲いかかっているからであり、トロールの出現が既に一般人まで影響しているということだ。
「もっと早くにトロールが居るとわかっていれば多少冒険者は残って居たんだろうけどな」
「今さっきわかったんだからしょうがないわよ」
森の異変の原因がわかったジヒトとメルだったが、現状では対処が難しいと判明し思わず黙り込む。
冒険者ギルドの上層部にトロールの出現を報告したとしても結果は同じである。冒険者ギルドが動き出せるのは高い階級の冒険者が戻って来るのを待つか、他の都市に連絡をし高い階級の冒険者を寄越してもらい対処してもらうしかない。
どちらも対処が遅れるので、都市エルスの冒険者ギルドとしては別の方法で対処したいところだ。
そんな重い空気の中でゲントはジヒトに質問をする。
「フーラさんが買い付けに行っている村がゴブリンに餌を盗まれてるって言ってましたけど、それってトロールが現れたから結果的に森に食料がなくなり村に被害が出てるってことてすよね?」
「そうだな」
ゲントはジヒトから聞いた話を確認していく。
ジヒトはゲントが今まで黙っていたことに加えて、今話しているゲントの雰囲気から嫌な予感を覚える。
そのようなことが頭をよぎるジヒトをよそにゲントは質問を続ける。
「フーラさんが買い付けに行っている村が被害に遭っているってことは、他の村も何かしら被害を受けている可能性もありますよね?」
「その可能性はもちろんある」
「ゲントは何が言いたいのよ」
メルもいつもと違うゲントの雰囲気に違和感を抱く。
ゲントはメルの言葉に反応することなく何か考え込むが、すぐに何か決心したかのような顔をしてメルに答える。
「トロールは俺が討伐します」




