よくあるお悩み 2
「実はですね。今日は久しぶりに狩りに行ってたんですよ」
「依頼か?」
「ええまあ、小遣い稼ぎみたいなものです。マスターも狩りをする理由は知ってますよね?」
「まあな」
この都市エルスは商売が盛んな都市であり、肉を手に入れたければ肉屋で買えばいい。しかし、いくら商売が盛んな都市でも品切れは起こる。肉屋は売り切れになった肉をすぐに手に入れる手段は狩りに頼るしかない。なので、肉屋はたまに冒険者ギルドに狩りの依頼を出す。そこで爽やかな青年冒険者ことゲントは肉屋の狩りの依頼を受けた。
「それで?」
「それで一応依頼を受けたっていう報告を肉屋さんに行ったんですよ」
「ふむ」
「それから森に獲物を探しに行ったんです」
「北の森か」
「ええ、ここから近いですからね」
都市エルスはハンデル王国の一都市であり北には広大な森が広がっている。一方では北の森以外は平野に囲まれているので平和な都市である。
ジヒトはゲントの話を頭の中で整理しながら片手間で食器を洗う。
「北の森に行って?」
「それで北の森に行ってしばらく獲物を探してたんですけど……」
「けど?」
「全く獲物が見つからないんですよ! おかしくないですか? 普段使い慣れてない弓で狩りをしたから矢を外すとかならまだ諦められますけど、一匹も見つからないのはおかしいと思うですよ!」
「確かに一匹も見つからないってのはおかしいな」
「マスターもそう思いますよね?」
ゲントは主に剣を使用することが多いので、弓を使用することはあまりない。しかし、全く使えないわけではなく普通に狩りをするくらいは使える。素人ではないのだ。
また、森には様々な魔物が生息しているが同様に動物も存在する。ウサギやイノシシなどの食べられる動物も少なくない。そんな森の中で獲物を見つけられないというのはおかしな話である。
因みに、魔物と動物の違いは体内に魔石が存在するかどうかで分かれる。魔石はポーションや薬を作成する際に必要な素材である。また、魔物にとっての魔力を制御する器官でもある。
それはともかく、不満げなゲントはジヒトに話を続ける。
「俺はこんなんでも一応三級冒険者ですよ? 足音は当然消しましたし服装も見ての通り緑系統で揃えました。経験だってそこそこ積んでるつもりです。なのに一匹も見つからないなんて絶対おかしいです!」
「まあ、落ち着け」
ジヒトは捲し立てるように話すゲントを落ち着かせる。
ゲントは一七歳で見た目こそ若いが成人している。この世界の成人年齢十五歳であり、ゲントは数々の経験を積んだ冒険者である。また、三級冒険者ともなれば一人前の冒険者だ。そんな一人前の冒険者が狩りで一匹も獲物を見つけられないのは確かにおかしい。
「今日はやたらと緑色だと思ったら狩りのためにわざわざ新調したのか?」
「はい! 以前までは節約のために革鎧の茶色ばっかりでしたがせっかくなので緑色で揃えてみました!」
「形容し難い服装だな……」
「そうですかね?」
いつものゲントは革の色を基調とした落ち着いた服装だが、今日のゲントは全身緑のおかしな青年だ。
ジヒトはその見た目に理解し難い思いを抱きながらも、あまり指摘すると無駄な節約をしたということになるのでこれ以上は言わないことにする。
ゲントはそれた話を戻すとまたも不満げな表情を浮かべる。
「おかげで依頼失敗しちゃうし違約金は取られるしで最悪です」
「いくら払ったんだ?」
「ご飯を二回食べられるくらいです」
「まあ、そんなもんだな」
冒険者ギルドでは依頼を失敗すると冒険者は違約金を払う義務がある。この違約金は基本的に依頼主への返金に充てられる。また、依頼を発注した際に冒険者ギルドが依頼主から手数料を取るのでその補填にも使用される。
二食分の金額とはパンとスープが二つずつ買える値段なのでゲントにとって痛い出費ではないが見過ごせる出費でもない。
ジヒトの返事にゲントは異論を唱える。
「そんなもんって、地味にキツいですから」
「お前はいつも稼いでるから大丈夫だろう?」
「いや、食うのには困らないですけど故郷への仕送りが減るのは避けたいんですよ。自分の取り分を減らすのは故郷のみんなに止められてるんで仕送りを減らすしかなくて」
「そういえばそうだったな」
ゲントは定期的に故郷の村に帰ってはまとまった金額を置いていっている。これは他の冒険者もやっていることであり、珍しいと言うほどのことではない。また、生存確認の意味合いもあるので蔑ろにする者は少ない。
「でもまあ、その代わりにゴブリンを結構討伐したんで黒字なんですけどね」
「ちゃっかりしてるな」
「じゃないとやってけないですし」
「まあな」
苦笑いをしながらゲントは果実水を飲む。果実水の甘さに満足しながらもやはり狩りの失敗が頭をよぎるようでゲントはまた苦笑いをする。
相当気になっているようだ。
「でも、本当に何で失敗したんですかね?」
「俺に聞くな」
「いや、マスターならサクッと悩みを解決してくれそうだなと思って」
「そんなに気になるのか?」
「ええ、後学のために」
「……じゃあ、いくつか聞きたいことがある」
磨いていた食器を置きジヒトはゲントを見る。
ゲントは待ってましたと言わんばかりにジヒトからの質問を待つ。
「まず、お前が受けた依頼の獲物は何だったんだ?」
「ウサギです」
「ウサギだけか?」
「ええ、そうです。まあ、ウサギ以外も狩れれば狩ろうと思いましたけど駄目でした」
「なるほど」
ジヒトは質問から得た情報を頭の中で整理しつつ次の質問をする。
「朝肉屋に行ったと言ったな?」
「はい。いくら依頼とはいえいきなり肉を届けても迷惑でしょうしね」
「そりゃそうだな。それで朝の肉屋はどうだった?」
「どうって、普通でしたよ?」
「そうじゃない。何か肉屋は作業をしていたかってことだ」
「ああ、それなら鳥肉の解体をしてました」
「そうか。……じゃあ、血が流れていたな?」
「はい。今思えば朝から血なんて見たくなかったです」
ゲントは鳥肉の解体風景を思い出して嫌な顔をする。
いくら冒険者でも好き好んで朝から血など見たくはない。
ジヒトは質問を終え考えをまとめる。
答えがわかったジヒトは呆れた様子で食器を洗い出す。
「え? わかったんですか?」
「まあな」
「じゃあ、教えてくださいよ!」
「それは無理だ」
「どうしてですか?」
「お前のためにならない」
「意味わかんないですよ」
「自分で考えろってことだ」
ゲントは目を瞑り深く考えるような仕草をする。
しかし、それも長くは続かずすぐに諦めてジヒトに答えをせがむ。
「わからないです。教えてください」
「諦めるの早すぎだろ」
「いや、だって今日は朝から狩りに出て疲れてるんですよ。しかも、獲物は狩れずで精神的にも疲れました。おまけにゴブリンも少し狩ったんでクタクタです」
「ゴブリンはお前の事情だろうが」
痛いところを突かれたゲントはジヒトから目を逸らす。
しかし、それでも自分で考えるのが嫌なのかゲントはジヒトから答えを探ろうとする。
「ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃないですかー」
「いい大人がごねるな」
「じゃあ、いい大人なんですから教えてくださいよ」
「意味がわからん」
ゲントは粘っても教えてもらえないことを悟るとようやく自分で考え始める。
ジヒトもゲントが諦めたのに気づき落ち着いて次の食器を洗い始める。
ゲントは気になったことを確認するかのようにジヒトに質問していく。
「服の緑が駄目だったんですかね?」
「別にそれは関係ないと思うぞ」
森の中で緑色の服は目立たない色ではある。それは北の森も例外ではない。
なので、狩りの失敗に影響することはない。むしろ狩りが成功する筈だ。
「じゃあ、溢れ出る殺気に獲物は逃げ出したとか?」
「俺はお前の殺気なんか知らない。けどまあ、逃げ出したのは正解に近いな」
「逃げ出す?」
ジヒトはゲントが答えに近づいていることに気づき、もう少し答えに誘導する。
「お前が今日したことを振り返ると答えはわかる筈だ」
「俺が今日したことですか?」
「そうだ」
ゲントはジヒトの言う通りに今日したことを振り返るために虚空を見つめる。
しかし、ゲントは黙って振り返らずにいちいち口に出す。
「今日は朝から狩りの依頼を受けて肉屋さんに行きました。それで鳥肉の解体を見せられて嫌な気分になりました。それから北の森でウサギを探してました。で、ここに来て今マスターに話を聞いてもらってます」
「だいたいそんな感じだな」
「で?」
「まだわからないのか?」
「もう教えてくださいよ」
「はあ」
溜息をついたジヒトはいい加減待ちきれなくなってきたゲントに最後のヒントを与える。
「重要なのはウサギと鳥肉の解体だ」