不気味な残りもの 1
ある日の午後。
その日もメルは冒険者ギルドの酒場に入り浸っていた。
客はメル一人であり、ジヒトも特にすべきことはない。
ジヒトも気にしてはいないが、冒険者ギルドの酒場は大体空いていていつもこんな感じである。
またジヒトも話すことはないので、ただひたすらメルの話を聞くだけである。
「最近よく頭によぎることがあるのよ」
「何がよぎるんだ?」
「私の趣味のなさについて」
「そうか……」
そんなことを聞かされてもジヒトとしてもどうしようもない。
何より毎日酒場に居るから趣味ができないのではないかと思わなくもない。
もちろんジヒトは客が減って嬉しいわけではないので言わない。また、正論を言えば不機嫌になるのは目に見えている。
それに毎日強い酒を飲んでいるのは趣味ではなかったのかと内心驚くべきことだ。今の言い方から嫌々飲んでいる様子ではないようだが、嬉々として飲んでいるわけでもないようである。ならば、なぜ飲んでいるのかジヒトにはさっぱりわからない。因みに今も飲んでいる。
「何でもそこそこ上手くできるからつまらないわ」
「最近何か始めたのか?」
「いいえ、何も」
「……」
いろいろ言いたいことがあるジヒトであるが腕を組んでぐっと堪える。
そう言うことは何か始めてから言うべきだと思うジヒトである。
メルとしては歌もそこそこ上手く歌える上に楽器もある程度弾けるので手軽なものはあらかた手を出している。しかし、どれも個人的には熱中できなかったらしい。
「あんた何か趣味ないの?」
「俺は……料理とかか?」
「質問に質問で返してんじゃないわよ。それにしても、料理が趣味のわりに味は普通よね」
「……悪かったな」
一瞬喧嘩を売っているのかと思うジヒトだが、真顔で言っているメルを見て本当に普通なんだろうと思い諦める。
ジヒトは酒場に出す料理を自分なりに試行錯誤しているつもりである。しかし、実際は試行錯誤が細かすぎてあまり客に伝わっていないのが現状だ。要は空回りしているのである。
「お互いままならないわね」
「まあ、そうだな」
何か一方的に傷つけられた気がするジヒトであるが、強ち間違いでもないので言い返せずにいる。
対してメルはジヒトのことなど気にもとめずに何か面白いことはないのかと思い物思いにふける。
しかし、そうそう面白いことなど起こらない。
「大道芸でも見てきたらどうなんだ?」
「何が悲しくて子供が多い広場で大道芸なんて見たいといけないのよ」
メルはジヒトの提案に不満の声をあげる。
メルの言う通り広場には大道芸人が子供目当てに芸を披露している。
しかし、その中に大人が混ざっていると少々目立つ。幾らメルが暇だとしても子供に混ざって大道芸を楽しむ勇気も趣味もない。
「なら、もう諦めてここで酒でも飲むしかないだろ」
「変わり映えしないわねー」
何の進展のない話をしていたジヒトとメルであった。
そこへ新たな客が冒険者ギルドの酒場にやって来る。
その客はカウンターの向こう側に居るジヒトを見つけるなり大きな声で礼を言う。
「マスター! 先日はありがとうございました!」
「お、おう」
いきなりの礼にジヒトは戸惑いつつもかろうじて返事をする。
礼を言われたジヒトであるがあまりその客の記憶がない。
若い見た目からはおそらく新人の冒険者であることが伺える。しかし、それ以外はこれといった特徴もなくなかなか思い出せない。
「あれ? マスター俺のこと覚えてないですかね?」
「悪いな。新人冒険者だってことはわかるんだが……」
「いやいや! まだ一回しか会ってないですから仕方ないですよ!」
申し訳なさそうにするジヒトに新人冒険者は慌てて否定する。
新人冒険者は自分のことを思い出してもらおうと先日のできごとを説明する。
「何日か前にゴブリンを相手に逃げ出して落ち込んでた新人冒険者は俺です。それでマスターが俺が落ち込んでいるのを見かねて励ましてくれたんですよ」
「ああ! あの時の新人冒険者か!」
ようやく思い出したジヒトはすっきりする。
この新人冒険者はゴブリンのことをよく調べもせずに戦いを挑み見事に敗走したである。しかし、ジヒトにその行動は間違ったことではなく正しい行動だと訂正されたのだ。
ジヒトが思い出した様子を見て新人冒険者は嬉しそうに微笑む。
一方でその様子を見ていたメルはジヒトをあからさまに馬鹿にする。
「あんたついにボケてきたんじゃないの?」
「そんなわけあるか。もしそうだとしたらお前も一年後にはボケることになるからな」
いつもようにメルは自分のことを棚に上げてジヒトのことを年寄り扱いする。
ジヒトからすればなぜそこまで自分のことを棚に上げて話ができるのか不思議でならない。なので、動かしようのない事実で反論する。
しかし、メルはあいも変わらず謎の自信を持って言い返す。
「私は大丈夫よ。頭のできが違うからね」
「はあ?」
「はあ?」
せっかく思い出した新人冒険者を放置してジヒトをメルといがみ合う。
ジヒトとメルからしてみればこの程度の言い合いはただのじゃれ合いでしかないのだが、それを見ていた新人冒険者は一体何ごとかとジヒトとメルを交互に見る。
それにいち早く気づいたメルは新人冒険者に気を遣って話を振る。
「私はメルって言うんだけど、君の名前は?」
「お、俺はクンフトです」
先程までジヒトと言い合っていた女性がいきなり名前を聞いてきたので、新人冒険者ことクンフトは驚きながらもかろうじて答える。
ジヒトも初めてクンフトの名前を聞いたが、それよりもメルの丁寧な言葉遣いの方が気になりそれどころではない。
「君って、おま……クク」
「何? 文句でもあるの?」
珍しくジヒトが馬鹿にするのでメルも即座に反応する。
メルは笑顔で反応しているが目は笑っておらず、その目はジヒトを射殺さんばかりの鋭さがあるようにジヒトを錯覚させる。
ジヒトはあまりの視線の鋭さに恐れをなし即座に表情を戻し逃げるようにクンフトに話しかける。
「そうか、クンフトって言う名前だったんだな」
「え、ええ」
こんな雰囲気で話しかけられたクンフトからしてみればいい迷惑である。
それも自分が来たことによってこの話の流れができたと思うとクンフトとしては居た堪れない。
何とかしようとしたクンフトは別の話題を振る。
「お、お二人はどういったご関係なんですか?」
「……どういったご関係なんだろうな?」
「そんなの適当に友人とでも言っとけばいいでしょうが」
もちろん酒場のマスターと常連客という関係もあるが、先程のような会話をする酒場のマスターと常連客はなかなか居ないのではないかとジヒトは思う。ならば、お互い元冒険者で同じチームだったと言えばいいかと言えばそうとも言えない。そこから話し出すと話が長くなる。
このように考えすぎて何と言っていいか悩んでいたジヒトに対してメルは素早く答える。
メルとしてはこんなことをいちいち悩んでいるジヒトが信じられない。大抵は友人と言っておけば丸く収まる。
質問した当のクンフトはあまり深く考えるのは良くなさそうと判断する。
「マスターとメルさんは仲がいいんですね」
「まあ、長い付き合いだしね」
「まあな」
かなり会話が脱線していたがクンフトの一言で一旦落ち着きを取り戻す。
クンフトもジヒトとメルの勢いに押され気味だったが、やっと話ができそうだなと思い安心する。
ジヒトとメルも幾ら暇してたとは言えさすがに遊びすぎたなと思い少し反省してクンフトが喋り出すのを黙って待つことにする。
クンフトは気を取り直して口を開く。
「改めて、マスター先日はありがとうございました」
「別にあれくらい構わない。少し教えただけだからな」
クンフトは改めて頭を下げて礼を言う。
ジヒトはクンフトにあまり気を遣わせるのもどうかと思ったので謙遜する。
クンフトにもそれが伝わったのか頭を上げる。
横でジヒトとクンフトのやり取りを見ていたメルは気になったことをクンフトに問いかける。
「わざわざお礼を言いに来たのは殊勝なことだけど、たったそれだけのために君はここに来たの?」
「あ、いえ。もちろんお礼を言いに来たのもあるんですが、少し相談したいことがあるんです」
クンフトは先日のお礼を言ったばかりにもかかわらず、また新たな相談を持ちかけて申し訳なさそうな顔をする。
メルは相談されてばかりのジヒトを見て思わず声をあげる。
「あんたも相談ばっかりされて大変ねー」
「聞いてもらってもいいですかね?」
メルとしては毎度毎度誰かの悩みやら相談を持ちかけられて、大変と言うか面倒ではないのかと思う。
クンフトとしてもあまり相談ばかり持ちかけたらジヒトの迷惑になるのではないかと思うので少し気が引けるところだ。
しかし、ジヒトはあまり気負った様子もなく気軽に答える。
「話だけは聞いてやる」




