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よくあるお悩み 1

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 夕暮れ時のある日。

 冒険者ギルドの中に併設された酒場に今日も清潔な制服に身を包みながらも、どこか草臥れた雰囲気のマスターは居る。

 マスターはこれから来る冒険者たちのための食器を磨きながら頭の中で酒の残量を確認する。とはいえ、冒険者ギルドの酒場は普段からあまり客が来る方ではない。

 ただし、今日はいつもと違いすぐ向かいのカウンターでは、新人冒険者が泣きそうな声でマスターに問いかける。


「マスター、俺って才能ないんですかね?」

「さあな。三十手前のおっさんにお前は慰められたいのか?」

「はい。誰でもいいから慰めてほしいです。自分でもゴブリンを相手に逃げ出すなんて冒険者失格だと思いますし」


 冒険者ギルドの酒場のマスターことジヒトは先程聞いた新人冒険者の話をもう一度整理する。

 目の前の新人冒険者はゴブリンについて特に調べもせず冒険者ギルドを飛び出した。そしてゴブリンに勝負を挑んだまではいいが、苦戦した挙句に逃げ出して帰って来たのだ。そして、この新人冒険者はゴブリンを相手に逃げ出したことを深く悔やみ落ち込んでいるのである。

 そもそも、ゴブリンとは身長が一般男性の腰程度の高さしかない薄汚れた小鬼である。つまりは、魔物である。

 しかし、魔物と言ってもゴブリンは新人冒険者つまり五級冒険者より少し弱い程度である。お世辞にも強いとは言えない。

 因みに、冒険者とは魔物から人々を守る職業である。そして、冒険者は五級から一級に階級があり、冒険者になると皆五級から始める。そして、それから階級を上げていくのだ。

 なので、そんな自分より弱いゴブリンに逃げ出して新人冒険者の自信は地に落ちていた。


「俺は失格だとは思わないがな」

「え?」


 しかし、ジヒトはそう思わなかった。

 新人冒険者は予想外の言葉に思わず奇妙な声をあげる。そして、新人冒険者はジヒトの言っていることがいまいち理解できないのか不思議そうな顔をする。


「なんでか聞きたいか?」

「は、はい!」


 ジヒトはグラスを磨く手を止め新人冒険者に説明する。


「まず、お前はここに一人で来たな?」

「ええ、まあ」

「普通は仲間が居れば俺なんかよりその仲間に愚痴るもんだ。少なくとも、俺ならそうする」

「でも、俺はマスターに愚痴ってます」

「そうだ。だから、お前は一人でゴブリンに挑んだわけだ」

「まあ、そうですね」


 ジヒトは新人冒険者が置いてきぼりにならないように新人冒険者の目を見て話す。

 新人冒険者もジヒトの話を聞き逃すまいと食い入るように見つめしっかりと話を聞く。


「二つ聞きたいことがある」

「なんですか?」

「お前はゴブリンと初めて戦ったな?」

「はい。そうです」

「そして、ゴブリンは複数居たんじゃないか?」

「は、はい。なんでわかったんですか?」


 その場に居なかったにもかかわらずゴブリンの数を言い当てたジヒトに新人冒険者は目を見開き驚く。

 ジヒトはそんなに驚くようなことではないのだがなと思いながらも話を続ける。


「なに簡単なことだ。お前が逃げたからわかったんだ」

「つまり?」

「新人冒険者でもゴブリンは一対一じゃないと大変なんだ。最悪、死ぬ」

「えっ!」


 自分が死にかけていたことを聞いた新人冒険者は顔を青くする。

 いくらゴブリンが五級冒険者より弱いと言ってもさすがに複数居れば厄介だ。一体のゴブリンに対処している間に囲まれれば新人の冒険者はどれを相手にするか迷う。そして、迷っているうちに数の暴力で押し込められる。

 勿論、慣れてくれば冷静に対処できるだろう。しかし、新人はそうはいかない。

 ジヒトは真面目な顔をして一番伝えたかったことを伝える。



「最後の理由だがな」

「……はい」

「別に逃げても冒険者失格じゃない。むしろ逃げて正解だ」

「なんですか?」

「無駄に戦わずに撤退を選んだお前はこの先でも冷静な判断ができるだろう。冒険者なんて生きててなんぼだ。逃げること選べる人間も必要ってことだ」

「な、なるほど」


 ジヒトに慰められた新人冒険者は少し気が楽になる。

 新人冒険者は先程までの落ち込んだ雰囲気ではなくなったが、ジヒトの話はまだ終わらない。


「それにな、ゴブリンならまだいいが五級や四級で対処できない魔物が現れたら、見つけた奴は逃げてもらわないと困る」

「報告ですね」

「そうだ」


 ジヒトは返ってきた答えに頷く。

 五級や四級の冒険者で対処できない魔物が現れた場合は、三級以上の冒険者を派遣する必要がある。

 にもかかわらず、逃げずに戦い魔物に殺された場合誰も魔物に気づけない。そうなると、別の冒険者を派遣することができずに魔物は別の人間を襲い被害を拡大させる。なので、そうならないように冒険者には対処できない魔物が現れた場合冒険者ギルドに報告する義務がある。

 このような理由でジヒトは逃げることも必要だと言ったのである。


「その点、お前は逃げることを選べたし報告にも気づけた。なら、冒険者失格じゃない」

「そ、そうですかね?」


 ジヒトに慰められた新人冒険者は少し照れくさくなったのか頭をかきながら笑う。

 グラスを磨く作業に戻ったジヒトは嬉しそうにしている新人冒険者に一応釘を刺しておく。


「だが、逃げ癖がつかないようにしておけよ」

「あ、はい。大事な時に戦えなかったら意味ないですもんね」

「そうだ」


 愚痴を聞いてもらいすっきりした新人冒険者は気になったことをジヒトに尋ねる。


「でも、何でマスターはそんなに詳しくいろいろ知ってるんですか?」

「それは俺が元冒険者だったからだ」

「なるほど。そうだったんですね」


 気になったこともなくなり少し考えことをした新人冒険者は、何か決心したかの様子でカウンターの席から立ちジヒトに自分の考えをジヒトに宣言する。


「マスター、俺仲間を見つけてチームを組んでみます」

「ほう?」


 いきなりの言葉にジヒトは驚きつつも新人冒険者にその真意を問いかける。

 新人冒険者が言ったチームとは複数の冒険者が集まりお互いの生存率を上げる目的の共同体のことである。


「今日のマスターの話を聞いて気づいたんです。俺のやるべきことは才能とか冒険者失格とか言う前に、仲間を見つけて死なないようにすることだって。それでもっと魔物に詳しくなって視野を広げて正しい知識を持つことだって」

「そうか」

「だから、行ってきます!」


 ジヒトは満足そうに頷きながら新人冒険者がスッキリした顔で出て行く姿を見送る。

 ただ一つ気がかりなことを考えながら。


「あいつ何も注文してないな」



 新人冒険者がギルドの酒場を去った後にやって来たのは先程の新人冒険者よりは経験を積んだ爽やかな青年冒険者である。ただ、服装はやたらと緑色が目立っている。

 青年冒険者はカウンターの席に着くなりジヒトに愚痴り出す。


「マスター、聞いてくださいよ」

「今度はなんだ?」

「今度?」

「まあいい、話だけは聞いてやる」

「実はで――」

「いや、その前に」

「いきなりなんですか?」


 話の腰を折られた青年冒険者は不満そうにジヒトに問いかけるが、ジヒトは素知らぬ顔でとても大切なことを言う。


「話す前に何か注文しろ」

「はあ、わかりました。じゃあ、果実水をください」

「子供だな」

「いいんです。ていうか、マスターは俺が酒飲めないの知ってるでしょ?」

「まあな」


 先にお代を受け取りジヒトは果実水を用意しつつも青年冒険者をからかう。

 そして、果実水を青年冒険者に差し出す。


「ほら」

「ありがとうございます。では、改めて」


 青年冒険者ことゲントは改めて今日あった出来事を話し出す。

 ジヒトはその話を聞きながら次の食器を磨いていく。その話の聞くジヒトは今度はどんな失敗談を聞かされるんだと思うのであった。


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