夢は時として現実さえも奪っていく
それは夢だったか、夢を見た夢だったか。
目は覚めているはずなのに、意識がはっきりしない。熱いシャワーの粒が、全身に当たり散っていく。俺の心には、怖い夢を見たなという思いが、ひとつ。思い出そうとすればするほどに、俺が見た夢は本当に怖い夢だったのかと、疑わしくなる。
ツー、ツー、と通話の切れた音が耳元で鳴り続けていた。スマホを見ても、通話はおろか、電源さえも入っていない。じゃあこの音は、どこから聞こえてきているのか。
家には独り。一人暮らしをしているのだから、当たり前といえば当たり前だ。だがその事実に、ふとした不安を覚えた。本当は直前まで、ここに家族がいて、たった今、消えてしまったような、そんな不安が。
俺一人という"今"に、どうしようもなく不安でたまらない。なんで俺しかいないんだと、誰かに問いかけたい。それなのに問いかける相手がいない、もどかしさ。
耳元では通話の切れた音が、ひたすらに鳴っている。否、聞こえてくるんだ。正体は無い。正体の無い音が、正体の無いまま、不安な俺に追い討ちをかけてくる。
逃げようにも逃げられない。逃げる場所が無いし、逃げる為の力も湧き出てこない。脳内が音で侵されていく。正体の無い異常な音が、思考を止め、感情を麻痺させ、視界を歪ませる。考えたことが、考えたことに俺が気付かぬままに抜けていく。消えていく。無くなっていく。失われていく。
スマホに手を伸ばした。付いていなかったはずの電源は付いており、アラームをセットした2分前、5時58分を表示していた。重くて気怠い体を起こすと、そこはベッドの上だった。
辺りを見回した瞬間に、さっき見ていた夢の中身が泡のように消滅する。つい今まで覚えていたのに、覚えていたことが嘘のように思い出せない。体はじっとりと汗で濡れていた。
シャワーを浴びるためにベッドを出る。俺が見ていた夢は一体何だったのか。確か、怖い夢だった。だけど何処か遠く、何か違うような気がする。
――その夢は、ただの怖い夢だったか、怖い夢を見た夢だったか。