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1-1 「求む、飛翔艦乗り」


This story is a thing written by RYUU


Air・Fantagista


Chapter 1

『 From the sacrifice which should be loved 』


The first story

'Wanting flight warship ride'




 空は本当に青くて。


 ちぎれた丸い雲が泡のように たくさん流れて。


 鳥は居ないのかな。


 陽のあるところまで飛ぶことって出来るのかな。



 天空の雲を割りながら突っ切っていく船の先端。


 ブリッジ内から それを見ている幼い子供心に、少ない語彙ごいながら感想が幾つも浮かんでくる。



「どうだ、世羅せら

 お空は とてつもなく大きいだろう?」


 すぐ前方で舵を握った大男が振り向かずに言った。



「この飛翔艦が初めて飛んだ日に、お前も ここで生まれたんだ。

 そして…今日八歳の誕生日を迎えたお前を再び こいつに乗せることが出来て、俺は本当に嬉しいぞ。」


 慣れた手さばきで艦を旋回させる。



 艦全体の傾き。

 身体が浮くような感覚。


 それは新鮮だった。



「『人、第一の故郷・大海原から生まれ、第二の故郷・大地で育まれる。

 そして第三の故郷・大空へ飛び立つだろう』。


 空で生まれる世代が生まれること……。

 八年前、こいつが完成するまではこんな時代が来るなんて誰も思わなかったろうな。」


 大男が振り向く。

 背にした強い陽の光のため彼の表情は見えないが、ブリッジ内の仲間は全員笑顔で応えていた。



「大聖典…第一章 三十三節『祝福』…ね。」

 そして、男が舵をとる すぐ後ろの席で世羅を優しく包み込むように抱いた女性が言う。


「だいせいてん?」


「……ははぁ、世羅にはまだ難しすぎたな。」


 彼女の言葉に対して不思議そうな顔を浮かべた世羅を見て笑う大男。

 もう、幾度も繰り返した 安らぎの空間が広がっていた。



「…せ…世羅はどんな飛翔艦乗りに…なりてえんだ?

 お…おめには剣の才能がある。親父のように…強い飛翔艦乗りにな…なれよ。」


 そこで後ろから世羅に声をかける、刃が直角に曲がった 奇妙な大剣を背にした男。



「いえいえ、坊ちゃんの才は賢さです。

 この歳で私が教えた大源法をもう二つも会得なさいました。

 きっと奥様のように聡明な飛翔艦乗りになるに違いありませぬ。」


 ここぞとばかりに、薄布で顔を隠した怪しげな老人も言う。



「おい、ナロク、セドギア!

 俺は息子に…飛翔艦乗りになることを強制する…つもりは無いぜ。

 き、危険だからなァ…この仕事は。」


 世羅を抱いている女性の顔色をうかがいながら言う大男。


 嘘ばかり、と言いたそうに彼女は笑う。



「…なんで? とうさん。」


 そして一呼吸おいてから、あどけない表情で世羅が大男を見上げて言った。



「ん?」


「ぼくは絶対になるよ……。 とうさんのような、立派なひしょうかん乗りに。」


「………。

 はは……こいつめ。

 一体誰に吹き込まれたんだ? 立派だ……なんてよ。」


 瞳を潤ませながら、世羅の頭に大きな手をのせる大男。



「久し振りにでかい仕事だ。

 派手にやろうじゃねえか、野郎共!!」


 気を取り直し、照れ隠しのために威勢良く声を張り上げて指揮をる。

 それに続いて、ときの声を上げる仲間達。


 彼等の床踏みは、動力の振動と合わせて轟音となる。



 おぼろげな視界の中、みんなは大空を楽しそうにずっと駆けていた……。

 それは永遠に続く幸せな夢のように。





「ぼくは絶対になるよ……。 とうさんのような、立派な ひしょうかん乗りに。」





◆ ◆ ◆



エア・ファンタジスタ

Air・Fantagista




第一章

愛すべき犠牲より



第一話 『求む、飛翔艦乗り』



◆ ◆ ◆





◆ ◆



 大陸東南部、ヒエラー森林帯を縦断疾走している定期装甲馬車の内部は、乗客で一杯だった。


 お互いの吐く息と汗と体温が充満する、不快な空間。

 地方独特の湿気に外の豪雨も加わり、誰をも鬱とした気分にさせる。



「兄貴、その話は本当なんですか?」


「……ああ。」


 左頬に一本の細長い傷のある、長い髪をオールバックにして後ろで結んでいる若い男。

 彼は小さな丸眼鏡の奥から、鋭い目つきで分厚い本を読みながらうつろな返事をした。



「…レバーナ自治港へ戻ったら、本当に都会へ行って…しまうんですか?」


「そうだ。 予定だと明日、港へ飛翔艦が来る。

 この機を逃すと 中王都市まで行く手段は かなり先まで…無え。」



 泥の溜まりに車輪を取られたのか、一瞬、馬車全体が大きく沈んだ。

 乗客全員は一様に不安そうな表情でぼやき声を小さく発する。



「行かないで下さい! 大学へ行くなんて、ガラじゃないですよ!

 かいの兄貴なら、いつか絶対にレバーナをシメることが出来るのに…」


 戒と呼ばれた その若い男は、本から目を離さずに窮屈な黒い修道着の首のベルトを緩めた。



 雨のおかげで窓も閉め切られている。

 ひどく暑苦しい。

 そこへさらに暑苦しい言葉を浴びせれて、不機嫌な表情が自然と浮かぶのが自分でも判る。



 港街で生活を始めてから約一ヶ月。


 その間何度も利用してきた この便は、安さこそ魅力だが環境はすこぶる悪い。

 戒は手下の二人と定期馬車内の一角に陣取りながら、何度もそれを思っていた。



「俺様は、あんな小せえ港街で一生を終えるつもりなんか無えんだよ。

 もっと『世界』へ目を向けろ。

 だから、てめえらは いつまでたってもウダツがあがんねえんだ。」



 ランプの微弱な明かりが、わずかしか手元を照らさない。

 おまけに馬車の揺れが激しく、本の文字は ことごとくブレている。


 戒は必死に目を細めて、それにあらがっていた。



「世界…」

「流石、兄貴だぜ。」


 手下の二人は うっとりとした表情で感嘆と賛美の声を何度となく口にする。

 それに肩を震わせる戒。



「やかましいんだよ!」


辛抱堪らず、彼は硬いブーツの底を二人の顔面へとめり込ませた。


「試験勉強の邪魔だ! ブッ殺すぞ、このクソ共!!」



 馬車内に響き渡る怒号。

 強烈すぎる蹴りを喰らった二人は背後の壁際にまで吹き飛ばされていた。



「……っさ、さすが兄貴…。ステキな台詞だぜ…。」

「やっぱ…修道士なんかにしておくには…もったいねえ…。」


 ところが、鼻血を流しながらも、一向に熱い視線を失わない彼等。



 その様子に、戒は肩と一緒に本もがっくり落としてしまった。





「猪族の村が 先程通過した国境付近の密林にあってな。」


 馬車内の目立たぬ隅の方で、獣皮の雨具を頭から目深に被った四人組の中の一人が言った。


 水気を弾くために染み込ませた油の香りが各人の鼻腔をくすぐる。



「何でも、最近そこの村長が大怪我をして瀕死の重体に陥ったそうだ。」


「ああ、私も聞いたよ。

 助かる見込みも無かったらしいが、レバーナから派遣された若い医者が見事に治してしまったらしい。

 まさに それは神技しんぎだったという話だ。」



「そんな奴が一人でも自分のグループにいたら、さぞかし安心できるだろうな。」


 四人の中で、唯一の青年が口を開く。



「…ところで最近では、めっきり仕事が減ってるという噂だが、ウチは大丈夫だろうか?」


 その青年に訊く、男。



「どういう意味だ?」


「いや今度、娘に子供が生まれるんだ。 いい暮らしをさせてやりたいからな。

 ガンガン稼ぎたいのさ。」


「…心配ないさ。

 一人一人が普段から精進して、高い技術を提供している限り、仕事はウチに集まってくる。

 それに……この世が平和だったためしは、ただの一時として無いのだからな。」


 青年は生真面目にそう言って、脇に座る小さな同志にも優しく微笑みかけた。





 疾走する馬車の速度により何も見ることがかなわない夜の森。


 さらに月の光は厚い雨雲に覆われては届かず、ガラス越しに見る変わりばえしない風景が

いつにも増して気分転換にならなかった。


 ほとんどの乗客が寝息をたてている中、戒は耳のピアスをいじりながら一心不乱に本を読み続けていた。



「あいつら…このクソ暑い馬車の中だってのに、雨具を脱がないんですよ……。

 怪しい奴等ですよね。」


 戒に付き合って起きている手下の一人が気まぐれに、不気味な四人組の方へ視線だけ向けながら言った。



「…そうだな。」


 だが、そんなことに全く興味の無い戒は適当に相槌をうつ。



 …路銀を稼ぐ為の仕事が思いのほか忙しく、最近では勉強がほとんどはかどっていない。

 あとは中王都市へ着いてから、一夜づけの連続でこなすしかないだろう。


 いくら通っていた神学校の推薦で 大学を受験をするといっても、絶対はない。

 面接は皆、どうせ猫をかぶり大差は生まれないのだから、結局のところ合否を分けるのは

実技試験の結果であるといえる。



 ところが今のようにあわただしく、過酷な状況ではそれに全くの自信が持てないのだ。



 何故、こんなにも余裕が無いのだろう。

 こんなことで自分の『夢』を叶えることなど、本当に出来るのか。



 歯がゆい。

 歯がゆい。



 自分はまだ、こんな場所でくすぶっている……。





「ん……!」


 そこへ突然、馬車全体の大きな縦揺れ。


 戒は思わず壁に片手をついた。


 その直後、車を引く十騎の馬のいななきが遠くで聞こえた。


 身体が一瞬 宙に浮く。



「―――ッ!?」



 瞬間の衝撃。

 気が付けば、皆互いに身体を押し付け合っていた。



「いてて! 兄貴…踏んでる踏んでる!!」


 無意識に子分の身体をクッション代わりにして自分の身をを守った戒が、子分を下にしたままさらに立ち上がる。



「何だ……今のは?」


 足元の惨状など全くおかまいなしに周囲を確認する戒。



 急停車の衝撃は、乗客を缶詰の肉のように押し潰していた。


 横転こそしていないが、馬車は ひどく斜めに傾いている。

 大きく揺れたランプの光が、不安に駆られた乗客の表情を右へ左へ交互に照らしていた。


 誰も一言も発さないまま、強い雨音だけが聞こえる。



「……うあぁぁぁっぁぁぁん!!」



 そして その静寂を破ったのは子供の泣き叫ぶ声だった。


 戒はいち早くそれに気付き、動き出していた。





 乗客全てが、その子供の様子に目を見張った。


 近くにいる者達が駆け寄って、必死になだめようとするが、それは効かない。


 子供の人差し指は、横へと直角に折れていた。



「この程度の傷で……わめくなクソガキ!

 他の人間が動揺するだろうが!!」


 そんな誰もどうすることも出来ない中、不意な事故に近付いていく―――黒い修道着。


 頬に傷のある、人相の悪い長身の男。


 その子供の小さな手を、彼が乱暴につかんだ時。



「おいっ…あいつ…!」

「なんて野郎だ!!」


 雨具をまとった四人組の中の二人が思わず立ち上がる。



「待って!」


 だが、傍の小さな者がそれを制した。



 その男は子供の手を乱暴に突き放す。

 それだけで立ち去ってしまった。



 …あまりに不自然なその行為。


 皆が呆気にとられている中、誰かが子供の手が元通りになっていることに気付いた。



 途端に広がる喧騒。



 苦痛に歪んだ表情で、子供の怪我と同じ箇所をさすりながら目立たぬよう闇に消える男。


 小さな者は獣皮のローブの隙間から、それを追う。



「何か…感じるものでもあったのか?」


 脇の青年の問い。



「こんな中、あの人が一番最初に動いたんだ。

 あの子供の親よりも…誰よりも。」


 小さな者の唇が微笑んだ。



 先ほど立ち上がった二人が、その会話に思わず顔を見合わせる。



「……よくわからんが…まあいい。

 …それより、今の急停止。

 何かあったようだ。」


「良かったぜ。

 今回の旅、何も無かったら報酬は半分だったところだ。」



「不謹慎だな。

 だが、俺もそう思う。」


 青年は頷いて立ち上がり、二人の肩を軽く叩く。



 小さな者もそれに続き、四人は静かな足取りで移動を始めた。



◆ ◆



「おい……一体どうなっている!?

 停車してからもう五分だ。 なのに何の説明も無いってのはどういうことだ!?」


 戒達三人は、誰も居ない馬車の前部の奥へと車掌を連れ込み、高圧的に取り巻いた。



「あんまダンマリ決め込んでると…良いことねえぞ。」


 一人の手下が彼の襟元を掴み上げ、もう一人の手下がナイフを取り出す。



「……泥鬼ラカーチュが出たんだ。」


 その迫力に負け、力無く呟く車掌。



「泥鬼……」


 三人は息を呑んだ。



「まさか……大群じゃないんだろ?」


 そして子分の一人が、青ざめながら言う。



「全部で4匹だ。」


「………!!

 この馬車……安全な行路をれたのか?」


「…イヤ、そんじゃねぇ。」


 戒の問いに答えたのは、そこへやって来た小柄な御者だった。



「雨が『結界』を流しちまったんだ。 奴等の大好物の汚ねぇ泥と一緒にさあ。

 別に ここいらじゃ珍しい話じゃにぇね。」


「……まさか結界を調達するまで、このまま ここで立ち往生…。

 もしくは後戻りってわけじゃねえだろうな!?」


 御者を押しのけ、三人が出口扉のガラス越しに、外の様子を窺いながら叫ぶ。



 前方に見える木々を越えて、うっすら見える動く影。

 森にそびえる木と同じほどある背丈。


 その異形の姿に、手下の二人は身震いした。



≪ ボゥオォォゥゥゥゥゥゥゥゥ…… ≫


「!!」


 泥鬼達の不気味な雄叫びに、戒も思わず身を強張らせる。

 だが、自分の中の畏れを払拭ふっしょくする為、彼は勢いよく一気に扉を開け放った。



「おい!何をやって……!!」


 その酔狂な行為に、御者と車掌は同時に叫ぶ。



「街はもう すぐそこなんだ!

 馬車が動かねえってんなら、徒歩で行ってやる!!」


「無茶だ、兄貴ぃ!!」


 前から雨と風。

 背中に言葉を浴びせられ。


 一歩外へと踏み出せば、異形のものの様子が一層よく見てとれる。



 ぬかるんだ土を無造作に手の平一杯に握り、目と口だけの自分の顔に押し付けて、山を部分部分に作る泥鬼。

 その行為はあたかも、人の顔を真似するようで哀れを誘う。


 しかし、『その生き物』は数秒と経たぬうちに飽きてしまったのか、再び訳のわからぬ奇声を上げ、

徘徊を始めた。



(確か、奴等には耳が無かったはずだ。 上手くすれば…逃げきれる…はず……。)


相手の知能の低さを直に感じた戒は、周囲の静止をよそに、身を隠す木を探しながら二歩目を踏み出そうとする。



 だが、同時に背後から飛び出した集団に驚き、彼は思わず硬直してしまった。



 ―――大斧、弓矢、刀……それぞれの武器を背負った、獣皮で出来た雨具をまとう四人組。


 最悪の足場をものともしない軽い身のこなしで、瞬く間に駆け出して前進して行く。



「―――ボク達に任せて。」


 彼等の中でも一番小柄で、唯一何の武器も持たない者が 戒へ一声かけた。



 少女の声だった。



「おいおい……。 あの人数で叩くつもりか?」

「『一人一匹』ってわけじゃなかろうに、無茶だ…。」


 戒の二人の手下は呟く。



おとりくらいには……なりそうだな。 あいつら。」


 戒の考えも すぐには変わらない。

 タイミングを見計らって再び進もうとする。



「彼等に任せておけ!

 こういう時の為の『アイザックの傭兵団』だ!!」


 それを制したのは、車掌の声。



「アイザックの…?」


 戒は振り向いた。



 剣聖ロンファン=アイザックの下に集まった精鋭達によって構成される、大陸最大級の傭兵集団の名。


 それは世界に数々の支部と団員を持ち、その実力と絶対的な安定感で、大陸において

最も信頼できる傭兵団であることくらい戒も知っていた。



(……どうする?)


 進むか、留まるか。


 戒は横に首を振った。



(…こんなことくらいで……迷うな…)


 重い両膝に力を入れて、全身を後ろに振り向かせる。



 手下の二人が安堵するのが見えた。


 まぶたに垂れる雨の雫を拭いながら、戒は恨めしそうに密林を振り返り 木々の間の不気味な闇を見詰めた。


 留まらせたのは、自分の意思か。

 それとも あの少女の声か。


 戒には解らなかった。



◆ ◆



 一人の傭兵が信号弾を撃ち終えてから大きな息をつく。

 その筒は暗中でもよくえる、光の煙を立ち上らせながら白み始めた空に消えた。


 各自、雨具に返った内臓、血液、脳漿などを丁寧に拭いながら 切り株に腰掛け、休息をとり始める。



神呪シンジュの子。」


 一通りそれが済んだところで 青年が雨具のフードを外し、小さな隊員に声をかけた。



「隊長?」


 強い雨の為、小さな隊員はフードを外さずにそのまま応える。



「確か、契約は次の街までだったな。

 だが、お前を失うのは惜しい。出来れば、俺達と一緒に…」


「ありがとう。 でも…」


 小さな者が口ごもった瞬間、青年は自分の群青色の髪を照れくさそうに掻いた。



「いや……すまん。 今の言葉…忘れてくれ。」


「……ごめん。 ボクにはどうしても叶えたい夢があるんだ。

 そのためにも世界中の色々な所を回らなきゃ…。」


「もしかしたら お前にとって世間は厳しいかもしれない。

 でも、負けるなよ。

 そして……頑張れ。」


 そう言って、青年は首から下げたメダルを小さな者に手渡した。



 気持ちは同じなのだろう、他の団員達も自然と笑顔になる。



「…ありがとう。」


 その祝福に、小さな者は大きな笑顔で応えた。



 やがて、鈍い車輪の音が近付いてくる。

 雨はあがり始め、強い風によって雲は運ばれ、陽の光が徐々にのぞく。



 四人は馬車が来るまで 共にそれを見上げていた。



◆ ◆



 ぬかるんだ土に足を付けると、かかとがすぐに沈んだ。

まさに泥鬼が好む、うってつけの状況であったことを確認する。


 横たわる四体の、大きな人の形をした褐色の巨大なむくろ

 だが、その異常に長い四肢は ところどころ切断され、地面に散乱していた。


 何かの術の仕業であろう。

 中でも、腹が三分の二ほど大きく半円形にえぐられているしかばねは一際目を引いた。


 あたりに漂う、それらが生前に食したものがごちゃまぜになった臭気に思わずむせかえる。



 遥か昔、大陸の『果て』で発生したと云われる凶獣。

 泥鬼は その中でも最も知能が低く、大聖典においては『人の出来損ない』と

さげすみの言葉で記されていたことを思い出す。



「兄貴!」


 戒は、背後からかけられた言葉で現実を取り戻した。



「馬車が点検を終えて出発するそうです、早く戻りましょう!」


 すっかり晴れ渡った空。



 視線の遥か向こうに、レバーナ自治港の高い灯台が見える。



 まだ冷える風の中、屍達に一瞥いちべつくれてから、戒は胸元から出した

小さな赤い十字架を強く握りしめた。






◆ ◆




◆ ◆



「『世羅=ディーベンゼルク』……名前からして、出身は瑠邑ルムラの国か。」


 建物全体が心地よいひのきの匂いで覆われた 小さなギルドの建物の中で、親方はそう言った。



「すごい。

 なんでわかったの?」


 卓を挟んで、世羅と呼ばれた少女が つま先を上げて応える。



 澄んだエメラルドグリーンの大きな瞳。

 薄い紫の髪、ポニーテール。

 それに良く似合う濃い紫を基調とした、黒の線で幾何学模様の入ったスリーブレスの上着。


 膝上までの半ズボンは いかにも少女的だったが、左だけ二の腕まで覆った 黒くて長い手袋は

対照的に貴婦人が着けていそうな代物だった。


 さらに両手足の皮手袋・ブーツに加え、尖った赤いリボンは挑戦的な印象さえ与える。



 そんな個性的な姿ではあるが、幼いながらも不思議と美しさを感じる顔立ちは少しならず目を引いた。


 だが、あまり容姿を凝視するのもはばかられたので、親方は何気なく卓上の仕事予定表に視線を落とす。



「知り合いに『そこ』の出身の奴がいてな。 それでだ。

 …で、何が出来る?」


「源法術。」


 少女は ぶっきらぼうに言う。


 口の利き方が玉にキズだな、と親方はすぐさま思った。



「源・フェルー・ド、氷・チス・キーが出来るよ。」


「出来るって…それだけ?」


「うん。 それだけ。」


 親方はそこいらの素人でも使えるような基本的な術の名を何の臆面もなく挙げられて困惑した。


 このように、大陸中の仕事の依頼が集まる『ギルド』の仕事の大変さと、己の実力をわきまえずに

安易な気持ちでやって来る若者は、ごくたまにいる。



「カトリアーヌ。 この子の相手を。」


 半分あきれ顔で、親方は後ろの広間で資料を整理している女性型魔導人形へ命令した。


 親方もその程度で仕事を探してもらっては迷惑だ、と本人に直接言ってしまえば良いのだが、

人の良い性格のためか『仕事の説明』という流れから やんわり断るよう、その役目をいつも

魔導人形に任せていた。


 心の無い人形の言葉ならば、言われた方も傷つかないと考えているのである。



「はい。親方様。」


 人形の細長い腕で部屋の奥を促され、それに素直に従う少女。


 だがその直後、人形は急に扉の方へ向き直り、90度腰を曲げて礼をした。



「いらっしゃいませ、チバスティン=デスタロッサ男爵。」



 全てを行動を超えて優先されたその言葉に、親方は作業中の卓から目を離して扉を見る。



 帽子から靴まで全て白づくめ。

 背後には馬車と数名の護衛。


 そんな太目の男性がステッキと大きいトランクを持って扉を開け放って居た。



「これは…男爵。

 こんな辺境まで自らお越しとは…。」


「まったくだ。」


 サングラスを外して小さな目を不機嫌そうに泳がせる。


 そして眼球を回しながら室内を観察しつつ 彼はギルド内へ入った。



「中王都市を出てから もう一年になる。

 ここのあとは海路だ。 やれやれだな。」


「今日は一体どのようなご用件で?」


「勿論、仕事の依頼だ。

 …ああ、お茶はいらんよ。 すぐに帰る。」


 ペンを置く親方に先んじて言う男爵。

 親方もそれに従う。



 表面上は民間の依頼だが、本当の依頼主が政府であるということを強調するため、要人が直接ギルドに足を

運ぶことは珍しいことではなかった。


 デスタロッサ男爵はその中でも特に抜きん出た『マメさ』で、中王都市の実力者となった人物。

 ただ、一年のほとんどを他国で過ごすため、皮肉にも その立場があまり意味を成していないことは本人以外

皆が知るところである。



「依頼の成功の確率は、依頼した量で上がる。

 そのためには、いくら辺境とて例外でなく回らねばな。」


「……仰るとおりでございます。」


 親方は儀礼的に深々と頭を下げた。

 そんな彼に、男爵は自慢げに大きくひとつ鼻息を吐きながら、束になった書類を手渡した。



「……こんなに飛翔艦乗りの需要が…戦争の準備でもするのですか?」


 受け取った書類のほとんどが、飛空艦乗りの仕事であるのを一通り確かめると親方が言う。



「なんと人聞きの悪い。」


 男爵は襟元を直した。



「最近、飛翔艦乗りを雇って不穏な動きを増やしつつある隣国に対抗すべく、

我が国では国土防衛政策の一環として、同じような対抗措置をっているだけのこと。」


 一度、咳払い。



「何よりも、これは摂政のゼン閣下の命である。

 一介のギルドの支部長が意見出来ると思っているのかね?」


「い、いえ…意見だなんて…。」


 親方は額の汗をハンカチで拭いた。



「ただ…ギルドの仕事も……個人向けの仕事は少なくなってまいりました。

 これでは、飛翔艦乗り達のみが ますます有利に…」


「早く時代の流れに乗りたまえ。

 もはや時代は飛翔艦……『求む、飛翔艦乗り』、なのだよ。」


 そこで唐突に、南向きに造られたギルドの建物内が一瞬にして暗転した。



 窓ガラスが小刻みに震え、響き渡る重低音。


 二人はすぐに動きを止め、外へと視線を移した。



「噂をすれば…だな。」


 男爵が得意そうに口髭を撫ぜる。


「そういえば…今日でしたな。」


 親方は口を開けっ放しにしたまま呟いた。



「……すごい!!」

「!?」


 そこで、急な少女の大声に 二人が顔を強張らせる。


 いつのまにか部屋の奥から顔を出した世羅が、好奇の顔で窓の外を見上げていたのだ。



 港町の建物群。

 そのギリギリを航行する、卵型した鉄色の巨大な船。


 その脇腹についた右翼にマーキングされているのは灰色の五つの円―――中王都市軍の紋章。

 そして下部には、しっかりとした長い鉄の箱が付いており、大小さまざまなガラスが入っていた。



 傷一つ無いその姿は 陽の光を反射して眩しく。

 速度を緩めては 悠然と大空を進んでいる。



「……あの娘は?」


「男爵……あまり お気になさらずに。

 仕事探しの…者です。」


 それ以前の者かもしれない―――そう思いつつ、説明するのも面倒な親方は男爵に答えた。



「…君は飛翔艦を見るのは初めてかね。」


「うん、初めて!!」


 自分が、男爵を男爵と呼んでいたのに気付いていないのか、それとも口の利き方が本当になっていないのか。

 だが、その少女の自分に対する言動に 複雑な表情を浮かべる男爵の顔を眺めることが出来たのは

親方にとって少し愉快なことだった。



「完全源炉配備、搭載可能重量 約20万Gガント

 中王都市自慢の輸送飛翔艦、『ルベランセ』だ。

 君も将来を見据えるのなら、各地の飛翔艦が集まる我が中王都市に来て、立派な飛翔艦乗りを目指すが良かろう。」


 とるに足らない少女の言葉に対して、哄笑を口元に歪ませながら男爵は応戦した。



「そっか、教えてくれてありがとう!

 ボク、飛翔艦乗りになるために旅をしてるんだ!!

 立派な、ね!!!」


「……せいぜい頑張るがよい。

 …では、私は次の街へと急ぐよ。」


 嫌味を素で返され、男爵は暫く面食らっていたが、必死に平静な顔をつくろってギルドを後にした。


 ところが世羅はというと、その後も一向に奥に戻らずに空を眺め続け、その飛翔艦に見入っていた。

 夢中で瞳を輝かせ、微動だにしない彼女の様子に、親方も『仕事の邪魔』とは言いいにくい。


 結局、彼は卓上の葉巻入れから一本抜き、火をつけた。



「『生まれ変わり(ルベランセ)』とは良く言ったものだ。」


 大聖典に ところどころ記された『神の言葉』を飛翔艦の名前に付けることは一種の慣習であり、

珍しいことではなかった。

 技術がいかに進歩しようと、何か神秘的なものに あやかろうとする人の様。


 それを思いながら、親方は苦笑混じりに続けた。



「体が真新しいだろ?

 実は、あれは『ギュレトール』という古い戦略飛翔艦を改修したものなんだ。

 …とはいえ、表面を塗っただけで、武装も何もかも全てそのままだがね。」


「戦略飛翔艦?」


「確か、今の艦長は中王都市軍のお偉いさんの息子でね。

 そいつは正式に入隊したばかり。

 まずは安全な輸送隊に所属させ、ひとつ仕事を成功させて『ハク』を付けさせようってワケだ。

 それにしても、子供には過ぎたオモチャだが……。」



「……『ギュレトール』ってどういう意味?」


 飛翔艦の尻が見えなくなったところで、世羅がく。


 親方は葉巻を口から離して、大きく息を吸った。



「おお〜世界に燃え盛る業火を鎮め給え〜。

 大きな炎は小さな火を飲み込んで〜。 数千の日を焼き〜続ける〜。」


 煙を鼻から出しながら、ギルド全体にいき渡るような大声で詩を歌う。


「我の魂と汝の魂を引き換えに〜。

 焼き払えっ、燃やし尽くせっ、おお『炎のギュレトール』。」


 親方は、葉巻を灰皿に押し付けた。



◆ ◆



 浅い海面へ無事着水した艦内は 常に微量に揺れていた。



「停泊完了なの。」


 統括念通士のメイが念通球を耳に付けながら、満面の笑顔で言った。



「今、いかりも下ろした。

 艦体固定も…完了。」


 保安念通士リードの各部チェックにより、ブリッジ内全ての乗組員が緊張から開放される。



「みんな ご苦労様。」


 見計い、ブリッジ内で一番背の高い椅子に座った女性がねぎらいの言葉をかける。



 それを合図に皆、堅い椅子の上で態勢を崩した。



『ルベランセ』の記念すべき処女航行となった今回。

 出発して早、半月。


 鉄都バルバレイへ赴き、物資を運んで来る任務も ここまでくれば完了も同然だった。

 あとは 食料と水の補給を済ませれば、中王都市まで直行で帰れるのである。


 ここ数日は天気も荒れ、精神をすり減らされるような中での航行により 乗組員全体の疲労も

はなはだだしかった。


 そのため特に、前回の中継地点よりロクに寝ていない……このブリッジと呼ばれる司令室の面々は

ことさら、青く晴れ渡る大空と 港街から臨む絶景に癒されていた。



「ところで、梅さんは?」


「さあ? そういえば見かけないね。

 ネズミでも追いかけているんじゃないですか?」


 高い椅子に座った女性の言葉に、戦略念通士のヂチャードが垂れた目尻をさらに下げて答えた。



「そう…あまり不潔な『おみやげ』はブリッジに持って来て欲しくないのだけれど……」


「うあぁ……やっとレバーナかぁ……。」


 そこで、ブリッジ奥の大きな扉が開き、空気が重く一変する。



「もう少しで故郷だよ…、長かった…ああ…懐かしいなあ…。

 パパぁ…僕は頑張ってるよぉ……。」


 偉そうな金の肩当てを付けた一級士官用軍服を着せられたオカッパ頭の青年。


 彼は半笑いを浮かべて、舌とねずみのような出っ歯をだらしなくのぞかせながら、足取りもおぼつかなく

前面のガラスにへばり付き、景色を眺めながら呟いた。


 だが、その顔は蒼ざめて、細身の身体を震わせている。



「あ…出発の時間まで…休んでいてもいいよ。」


 一通り自分の世界に浸った後、ようやく乗員全員の視線に気付き、彼は気楽に言った。



「ありがとうございます、ペッポ艦長。

 ですが……お気持ちだけで結構です…。」


 高い椅子…『艦長の座』に腰掛けていた女性は反射的に そこを降りて敬礼すると、神妙な面持ちで答える。


 ここまで実際の指揮をってきたのは副艦長のフィンデル、彼女であった。



「そう…?

 また離陸したら、中継地点まで休みはとれない…んよ?……うぷ。」


 口元を押さえるペッポに対し、乗員達は嫌悪の表情を抑えるがやっとだった。



「艦長こそ……まだ部屋でお休みになられたほうが…」


 そんな中で、フィンデルだけは優しく言う。



「そうかい……なら、そうするね……。」


 さらにペッポの為に扉を開けてやり、見送った。



 自分までもが感情的になる訳にはいかない。

 フィンデルは唇を軽く噛んだ。



「ったく、あのボンボン。 才能が無いっす。

 艦長本人が飛空艦酔いを起こすだなんて、聞いたことねえっすよ。」


 艦長の気配が完全に消えたところで、操縦士のタモンが舵に肘をかけながら言う。



「さっきあの人、何もしてないのに『頑張ってる』って言ってたの。」


「ふざけんなって!

 副司令殿の愛息だか何だか知らねえが遊びじゃねえんだぞ!!」


「軍隊ってのは、これだからいかん…。 全て階級で決まってしまうのだからな…。」


 それを皮切りに、並んで座っている念通士の三人も愚痴り合う。



「まあまあ、みんな…あともう少しの辛抱だから。」


 どうせ国に戻れば、あの無能な艦長は 父親の威厳をもって格上の飛翔艦へと配属されるだろう。

 否、そうでなければ困る……そんな思いでフィンデルは軍帽を脱ぐと、水色の長い髪をなびかせて

扉へ向かった。



「折角だから、補給物資とは別に買出しに行って来るわ。

 みんな、欲しい物を言って? 私が自腹で買ってきてあげる。」


 少しでも乗員の気が晴れればと、フィンデルは軽い気持ちで言った。

 途端に乗員達は全員、待っていたかのように表情を明るく一転させる。



「いちごのショートケーキ! クリームは多めなの!!」

「グレープ・アルコールサイダー。つまみは…ブルーチーズでいいや。」

「ジャンホン社のクッキー詰め合わせ。 シナモン抜きで。」


 皆口々に言った。



「ちょ、ちょっと…」

「副長! 醤油味のせんべいも忘れないで欲しいっす。」


 早く行ってこいとばかり、連なる言葉にブリッジを押し出されるフィンデル。



「……みんな…副艦長への敬意なんて微塵も無いのね…。」


 彼女は乗員達の遠慮の無さに肩を落としながら、長い廊下を歩いて行った。



◆ ◆



「強いのかな?」


「古いが、強いさ。

 あれは16年前に終結した『アルドの反乱』の時も 各地で起こった騒動の鎮静化に活躍した名飛翔艦だ。

中王都市には、あんな飛翔艦がゴロゴロと在る。」


 飛翔艦が視界から外れた後も 興奮冷めやらぬ世羅に、親方はまだ付き合わされていた。



「…いいなぁ。

 飛翔艦に乗りたいなぁ。

 ……中王都市行きの仕事ってないかな?」


 ごくわずかの間で考えた後、世羅は言った。



「さっきの話、真に受けるのか。

 はは、単純だなあ…どれ…」



 それは一瞬の気の迷いだったのかもしれない。


 彼女の真っ直ぐな意気に負けて、親方は『全て』を忘れて言われるままに探してしまったのだ。



「……ちょうど今、男爵が持って来た依頼の中にあった!

 ギルドの紹介状を持っていけば、どの飛翔艦でも三級の搭乗証パスを発行してもらえる…とある…」


 そこまで言ってしまった直後、後悔。


 ギルドの仕事は どれも甘くない。



「どんな仕事!?」


「…しまった。……中王都市への『武具の輸送』とある。

 …これじゃあ、か弱いお嬢ちゃんには無理だな……。」


 慌てて訂正するが、後の祭りだった。


 餌を前にした犬のように、世羅は瞳を輝かせて、すり寄って来る。



「無理じゃないよ、やれるよ!」

「無理無理!……大変な仕事だ。」


 少女の細腕を眺めながら親方はすぐに言った。



「やれるったら!」 


 頬を膨らませた少女は、その場の勢いで胸元から小さいメダルを取り出していた。


 それを見た瞬間、親方は飛び出るくらいに目玉をひん剥いたのだった。



◆ ◆



「……なんだと!!」


 艦の発着場にされている港の受付で、頬に傷のある修道士の青年―――戒の大きな声が一発轟とどろいた。



「中王都市まで『人』は乗せられないだって!?」


「はい。飛翔艦『ルベランセ』は軍属につき、『民間人』の搭乗を一切認めておりません。」


「軍属……?

 こいつは、輸送飛翔艦だって聞いてたぞ!?」


「…ですから、軍属の輸送飛翔艦で……。 ただ今も輸送作戦の途中です。」



 全身から力が抜け、砂混じりの床にへたり込む。


 だが、戒はすぐに気を取り直して立ち上がり、早口で続けた。



「別によ、寝る場所は荷物置き場でも構わねえんだ。 とにかく目的地に着けりゃあよ!」


「今の説明…聞いてましたか?

 『民間人』は乗せられないんです。」


「理屈は解る!!

 だが、この街から中王都市までの便が何日無いか、お前も知ってるだろ!?」


「一ヶ月間ほど……ありませんね。」


 受付の女性は手元の資料を眺めながら、事務的な態度を崩さずに言った。



「それじゃ遅いんだよ!!

 俺様は2週間以内に どうしても中王都市に行かなきゃならねえ!!」


「2週間…馬車じゃ…到底間に合いませんねぇ。」


「だろ? 解ってくれたか!?」


「はい、『それ』は解りました。

 ですが、乗せることはできません。」


「……何故だッ!!」


 戒は頭を抱えて雄叫びを上げる。



「『規則』だからです。

 これを破りますと…中王都市政府によって…私がコレになっちゃいますんで。」


 受付の女性は笑顔を作ると、手首を手錠にかけられる仕草を示した。



「ぐうぅぅぅぅ………!」


「お気の毒様です。」


「本心から思ってねえだろ? ええっ!?」


 ヒステリックに机を叩く戒。

 その時、受付の奥から、頭にターバンを交差して巻いた太めの男が酒瓶を片手に飛翔艦から降りてくる。



「…どうかしたのか?」


 その男は戒と受付のやりとりを興味深そうに眺めながら、赤ら顔で言った。



「いいえ、終わりました。

 お客様は今お帰りのようです。」


 受付は戒に有無を言わさず、きっぱりと言い放った。



◆ ◆



 戦いと輸送を司る、小型の飛行機。

 その三機を配備した格納庫。



「副長、オシャレしてどこへ行くんですか?」


 整備に汗を流すミーサは、思わず呼び止めた。



 目前に現れたフィンデルは見慣れた無機質な軍服ではなく、紫と黒のチェック柄のポロシャツと

白と黒の縞色ズボン、というラフな姿。

 所々にアクセサリを付けて、顔にも薄く化粧を塗っている。



「ちょっと街まで。

 普段、色気も何もありゃしないからね。 せめてこんな時にでも好きな物を着込まないと。」


「いいですよ、それ。

 とっても似合ってます。」


「あら、何を買ってきて欲しいのかしら?」


「はは、お世辞じゃないですよ。

 私、いつも こんな作業着だし……そういう服が似合う副長が羨ましい…」


 ミーサは洒落っ気も素っ気もない、自身の整備用の汚いツナギと 彼女の姿を交互に見ながら、

思わず作業中の手を休めて話しこむ。



≪ なぁご…… ≫


 そこで戦闘騎の下から潜り出てくる、まだら模様の猫。



「あら、梅さん……こんなところに居たんだ。」


 フィンデルは猫の目線まで屈みこんだ。


 梅さんと呼ばれた猫は喉を鳴らしながらも、その場を動こうとしない。



「ここ、弾薬や戦闘騎のために涼しく保たれてるから。

 きっと、居心地がいいんですよ……」


「おい、ミーサ!」


 突然、戦闘騎の横から油まみれの体格の良い大男が顔を出す。



「喋ってねえで、俺の戦闘騎の整備を手伝ってくれ!!

 ここ、俺の手先じゃ小さすぎて入らねえんだ。」


 あごに生えた無精髭で指に付着した油を拭いながら、大男は続ける。



「行ってあげて。」


 フィンデルはウインクで合図する。


 ミーサは頬を赤く染めて大きく頷いて走っていった。



◆ ◆



「畜生! あのクソアマぁ!!」


 ギルドでの戒の悪態は、温厚な親方さえあからさまに迷惑そうな表情を浮かべる有様だった。



「まったく融通が利かねえんだからよ!」


 出されたミルクティーを、口から泡にして吹き出しながら叫ぶ彼。



「俺様がおとなしく頭まで下げてるってのに、何だあの態度!!」


「まあ、そう荒れるなよ、戒。」


 彼の性格をよく知る親方は、頭を下げたことについては若干の嘘臭さを感じながらなだめた。



「うるせえ! ほっといてくれ!」


「…まあ……お前を医者不足の村へ派遣してしまった俺にも責任がある。

 思いのほか長引いた仕事のせいで…」


「……あんたに責任は無えよ。

 旅の資金を稼ぐのだって、俺様にとっちゃ重要……だったんだからな。」


「しかし本来、中王都市行きへの便はもっと頻繁にあったのだが…。

 最近のキナ臭い情勢だろうか、こんなに極端に少なくなってしまうとは。」


 親方はうめいた。



「中王都市が侵略戦争に踏み切るって噂か?

 歴史ではここ数十年、大きな国同士の戦争はねえ。

 今更、危険を冒してまで戦火をあげる理由なんてどこにもねえだろうに。」


 戒は呟く。



「俺も噂だと信じたいがな。」


「…だけどよ、これを逃したら本当に受験が出来ねえ…。

 一体、どうすりゃいいんだ。

 受験日まで、あと2週間…どうにかして中王都市に行く方法はねえのか…。」


「……親方さま。」


 戒が落胆する傍で、秘書の魔道人形が親方に耳打ちする。



「中王都市といえば…先程の依頼…」

「あ!!」


 彼女の言葉に、みるみるうちに蒼ざめる親方。



「どうした?」


「い、いや…なんでもないよ……」



 戒は肩眉を上げて、明らかに様子のおかしい親方のえりを両手で掴んで持ち上げる。


「……目が嘘ついてんだよ!」

教えろ! 何を隠してる!?」


「…じ、実はだな……中王都市に行く方法があった。」


「……本当か?」


「あ、ああ……。」


 親方は満面の引きつった笑顔で答えた。



「つい一時間ほど前まで……な。」







◆ ◆



◆ ◆



 飛翔艦に乗ってしまったら一巻の終わり。



 だが、その前ならばチャンスはある。



 親方の話によると、『その少女』がギルドを出てからまだ二時間も経過していない。



 それに普通、旅の前ならば色々と準備をするものだろう。

 ならば まだ この街の中のどこかに居るはずだ。


 …いや、絶対に居る。


 戒は楽観的な自分に嫌気を感じつつも、良い方に信じるしかなかった。



「ら…『拉致』っすか!?」


 仰天した手下の一人が裏声で叫んだ。



「やむをえねえ事態だ……さらに一時的に『暴力』も解禁する。」


 飛翔艦ルベランセが停泊している浜辺付近の空き地。

 戒は、集まった20名ほどの男達に向かって、大きな石の上に腰掛け、足を組みながら言った。



「まさか……冗談でしょう?」


 手下の一人が半笑いで言った。



「……あ?」


 小さな丸眼鏡の奥から鋭い眼光がのぞく。

 戒のただならぬ殺気に、一瞬で手下達は縮みあがった。



「ですが、『チンピラみてえな真似するな』って、兄貴自身が俺らをさとして決めたことじゃないですか。 

 これをくつがえすには…相当の理由が必要……そして、それがスジってもんじゃねえですかい?」


 手下の中の一人が勇気を振り絞って聞く。



「なりふり構っていられねえ。

 この『俺様』が、そういう事態に陥っている。

 ……そういうことだ。」


 立てた親指で自分を指し、自信満々に答える戒。

 その様子に、広場の小さなざわめきは大きな波紋として広がっていく。



「よくわからねえが、兄貴が本気マジってことはわかった! 俺は何でもやるぞ!!」

「お、俺もだ!!」

「久し振りに血がたぎるぜぇえええ!!」


 戒が冗談を言うような人間でないことは、皆知っている。

 困っていることも判った。


 ならば、戒の男気に心酔している彼等にとって、動く理由はそれだけで充分だった。



「…で、具体的には何をすればいいんで?」


 さらに自発的な声も上がる。



「先程も言ったように、今、俺様には捜している人物がいる。

 そいつは、俺様から依頼を横取りした、悪いヤツだ。」


「そいつをとっ捕まえてくればいいわけですね!?」


 手下はすぐさま答えた。



 こういう事には、恐ろしく頭の回転が早い。

 戒は、くだらないことで感心させられる。



「その通りだ。

 正確には、ギルドの紹介状と依頼品だけが必要なのだが、できれば話し合いで決着をつけたい。

 だが、抵抗した時……その時は 強行な手段をとっても構わねえってことだ。」


「…なるほど。 しかし、お言葉ですが兄貴。

 このレバーナは広い。 ただやみくもに捜し回っても……。」


「ンなことは百も承知だ。

 それについては策がある。」


 不安が広がる前に、戒が素早く言い放つ。



「不器用なてめえらは、街で標的をしらみつぶしに捜すことだけ考えろ。

 その間、俺様は最後の砦を兼ねて、あそこで待ち伏せる。」


「?」



 初めは一様に困惑した表情を見せていた手下達だったが、戒が街と浜辺を繋ぐ『唯一の一本道』を

指差したところでようやく理解した。



「さすがは兄貴、卑怯で姑息だ!!」

「兄貴!」

「兄貴ィィ!!」


 手下達による『兄貴コール』が、広場に瞬く間に巻き起こる。



「―――うるせえ!

 話はまだ終わってねえんだ!!」


 別段、大した作戦でも無いことを十二分に解っている戒は、うんざりとした表情で手下達を怒鳴りつける。



 そして一瞬にして静まり返った場に対して続けた。


「これから標的の大まかな外見を説明するから憶えろ!

 それは『小柄』で『ポニーテール』の『少女』!

 服は『黒い模様入りの濃い紫』!

 あと、とんがったリボンを付けているとか、長い手袋とか、丈の短いズボンとか細かい特徴があるが、

どうせバカには憶えられねえだろうから割愛する!!」



 声を張り上げるのは、より印象づけるため。

 さらに解りやすく、注意して言葉を選ぶ。


 そして手下たちは皆、指折りでその特徴を復唱しながら、必死な表情で情報を脳に詰め始める。



「そして……」


 そんな様子を眺めながら、戒は一度、間をとった。



「そして…俺は この作戦が成功したら、すぐに中王都市へ出発する。」


 その一言で空き地での熱気は一転、再び静まり返る。



「だが、俺が居なくなった後も、昔のようなバカな真似は絶対に許さん。

 元気が有り余ってるんなら別の所に使え。

 もしも、俺が居なくなったのをいいことに、チンピラ家業に戻るようだったら…

いつでもブン殴りに帰って来る…そのつもりでいろ。」


 天空を見詰め、遠い目をする戒。



「別れの最後でワガママを言って悪いが…お前達の力……俺様に貸してくれ。」



 それは手下にとって、ちょっとした演説だった。


 いやがおうでも、テンションは上がり、広場の熱気は最高潮に達する。


 中には涙すら浮かべて、今から別れを惜しむ者もいた。



(…にしても、あのアホ親方……。)


 だが、そんな彼らを尻目に、当の戒本人は一人冷静を保ち、まるきり別のことを考えていた。



(俺様が中王都市へ行きたいのを知っていながら うっかりしやがって。

 おかげで、こんな面倒くせえこと言って、こんなバカ共の力を借りなきゃならねえハメに…)



「兄貴…もう止まりませんぜ?」


 とても暑苦しい空間の中、一人の手下が小さな杖を手の平と親指で噛みながら耳打ちした。



「…殺さなきゃ……いい。

 その後は俺様が何とかする。」


「…まあ確かに…兄貴の『能力』なら何とかなるな。」


「………怪我するのが、お前達じゃなけりゃあ、いいが。」


 ボソリと呟く戒。



「冗談でしょう?

 俺ら腐っても、そこいらの女ごときに遅れは取りませんぜ!!」


 それを聞いた、子分の一人が言った。



「そ、そうだな……。

 しかし、さっき俺様が言った標的の情報は、あまり信用ならねえ。

 なにせこの情報の提供者は かなりのうっかり者だからだ。」


 何も知らない手下達の純な瞳。

 戒は思わず視線を逸らした。



「とにかく、特徴なんかは若干の違いがあることを念頭に入れておけ。

 それとなく怪しいと思った奴は、片っ端から連れて来い。

 手柄を立てた奴には、それなりの報酬を出してやるぞ!!」


 その言葉を皮切りに、手下は立ち上がる。



「よっしゃあああ! 行くぞ!!」


 そして掛け声一発、全員が声高らかに天へ拳を突き上げた。



 ……しかし、そんな中、戒は無責任に考えていた。



(標的が『アイザックの傭兵団』に居たって情報も……。

 何かの間違いだといいんだがな…。)



◆ ◆



 港町の大通りでは、さして苦労もせず大抵の物が手に入った。


 フィンデルは仲間に頼まれた品物を大事に胸に抱えながら、街の緩やかな潮風の中に浸っていた。


 初めは仲間の使いだけをするつもりだったが、本屋で自分の欲しい書籍も買うことが出来た。



 自分が自分のために何かをしたのは、いつ以来だろう?


 今回の任務が終わりに近付き、やっと余裕が出てきたのだろうか。

 心穏やかに、時間を有意義に使えたのは本当に久し振りのことだった。



「ちょっといい? おねえさん……」


 背後からの声に、思考が止まる。



「ルッセンの鍛冶屋を探しているんだけど…。」


 振り向くと、背の低い少女がうつむき加減で自分に声をかけていた。



「ごめんなさい、私もこの街は初めてで勝手が分からないの。」


 あたりに誰も居ないことを確かめながら、フィンデルは言った。



「そっか……。」


「でも、知らない街を歩く時は上の方を見ながら…よ。」


 そして、笑顔で指で上の看板を見上げる。

 それは脇道を矢印で指して、『ルッセンの鍛冶屋まで200マイフト』とあった。



「あ……。

 ありがとう!おねえさん!!」


 少女は、お礼の言葉も程々に、ポニーテールを大きく振りながら、看板の指す方向へ元気良く

走り出して行った。



(港街の子って、元気ね……。)


 さほどの事をしたわけでもないのに、気分が良い。



(私も、あの子のような髪型にしてみようかしら? 気分転換も出来そうだし…)


 脇の店の窓に自分を映し、髪を上げる仕草をする。



「あーーーーーーーーっ!!」



 そこへ、爽やかな空気をブチ壊す前方からの男の裏声。



(え? 何!?)


 その男が指差した背後へ、紙袋を強く抱きしめて振り向くフィンデル。


 が、そこには誰も居ない。



「発見ーーーー!! 兄貴の言ってた奴っぽい!!」


「おい待て、違うぞ!

 『女』と『服の色』は合ってるけど…『髪』が…ストレートのロングじゃねえか!」


「違うんだ!

 今、俺の方を見て、慌てて髪型を変えたんだよ!!」



 自分勝手な解釈。

 なにか大きな勘違いをしている男。


 彼は、もう一人の仲間らしき者に必死に訴えている。



(………??)


 フィンデルは関わりに合わぬが得策とばかりに、ゆっくりときびすを返した。

 だが、次の瞬間には、そんな悠長な考えは捨てねばならなかった。



「に、逃げるぞ! 捕まえろ!!」


(………え?………ええっ!?)


 それまでは疑心暗鬼の表情で話し合ってた男二人が、目の色を変えて突進してきたのだ。



「何か大事そうに持ってやがる!」

「きっとアレが依頼の品だぜ!!」


 さらに、その脇道からも別の男が二人。


 急な恐れが正常な判断を欠かせたのだろうか。



 フィンデルの過ちは―――

 口で誤解を解けば良いものを、そこで反射的に逃げてしまったことだった。





「おまえは、あっち! てめえは、こっちに回り込め!!」

「他の班にも知らせろ! 絶対捕まえるぞ!!」



 彼女が細く入り組んだ路地を見つけ、隠れ込んだ時には 既に取り返しがつかない事態になっていた。


 逃げ道を変える度に、どこから沸いて出てくるのか、追っ手の人数も増えてくる。



 フィンデルはたまらず、料理店の出口脇に積まれた木箱の陰に身を潜めた。


 自分でも驚くくらい、簡単に息が上がっている。



(は、白昼堂々と暴漢が襲ってくるなんて……なんて危険な街なの?

 安全基準をクリアしてるから…自治区なんだと思ってたのに…。)



 そうでなければ、初めての訪れた街で屈強な男共に襲われる憶えは無い。

 何か理不尽さを感じながらも、次の行動を模索する。



「どこへ行きやがった!」

「ぶっ殺せ!!」

「バカ、殺すんじゃなくて捕まえて、兄貴に献上するんだろ。」

「絶対に捕まえてやる…兄貴の為に…ハアハア…。」



 遠くから聞こえる、悪い夢のような内容の怒号。

 息を殺し、その場をやり過ごしながら考えを巡らせる。



(……飛翔艦にさえ戻れば……。)


 心を落ち着かせ、冷静に周囲を観察すると、今居る土地は少し高いのか。

 偶然にも海岸が左手前の路地から見渡せた。



 慎重に…かつ迅速に、中腰のまま立ち上がり、その薄暗い道に入る。


 わずかに坂になっている その地面をを全力で駆けた。



 一気に抜ける道の出口。

 目の奥に真っ直ぐ飛び込んでくる陽の光。


 それはとてもまぶしくて開放的だった。



 フィンデルは思わず両手を高く広げていた。



 だが、それは危機を脱した嬉しさではなく。


 出口の脇で待ち伏せしていた、男共が持った凶器に対してだった……。







◆ ◆



◆ ◆



「んぁ…っ…!!」


 自分の座席で仮眠をとっていたメイが突然跳ね起きた。



「どうしたっすか?」

「……潰れたの。」


 タモンに尋ねられ、よだれとまぶたを擦りながら答える。



「つぶれ……?」


「ショートケーキが潰れた夢みたの。」


「なんか不吉っすね…。」



「そうかねぇ? ケーキが潰れる夢が不吉なんて初耳だよ。」


 真面目顔で間の抜けた会話をしている二人を眺めながら、ヂチャードがリードに欠伸あくび混じりに言う。



 だがリードは ただ一人、先程から真剣な表情で仕事を続けていた。



「やはり…これは……いや、まさか…」


「……どうしたんだ?」


 やがて独り言のように小さく呟く彼に、ヂチャードは訊いた。



「……先程から半径500マイフト範囲で索敵をかけていたんだが…」


 妙な雰囲気に、やがて全員がリードの言葉に聞き耳を立てる。



「ひとつ引っ掛かった。」



 ブリッジの空気が変わる。



「ひとつって……まさか飛翔艦っすか?」


 その中で、タモンが恐る恐る尋ねる。



「いや……全然小さい。

 これは…きっと……戦闘騎のサイズ…だと思う。」


 リードは耳につけた念通球から、脳内で空を飛ぶ小さな影を読み取った。



「どうするの?」


「……敵かもしれん。

 一応、こちらの戦闘騎にも迎撃の用意をとらせよう。

 格納庫にリジャンとバーグを!」


 リードが慌ててメイに指示を出す。



「待った。

 この中立地帯で物騒な真似はまずい…。」


 そこでヂチャードも、急いで自分の椅子の前に置いてある念通球を取り、耳に付けた。



「…うん……?

 これは……ひょっとして…」


 目を閉じ、作業に集中しながら複雑な表情を浮かべる彼に、全員息を飲んで注目する。



「三本足の馬の紋章が見える……これは…中王騎士団の機体だ…。」


「……中王騎士団だって?」


 その事実に耳を疑うリード。



「なぜ、この領域に俺達の国の騎士団が!?」


「私だって、わからないよ。」


 少し緊張が和らいだのか、ヂチャードは前のめりの姿勢を直した。



「……とにかく交信しよう。」


 そして、意を決した顔で言う。



「何だって、そんなことを?

 ウチと騎士団は犬猿の仲だぞ。」


 リードはすぐに反対した。

 他の者もあまり良い顔はしない。



「たったの一機だ。 何か理由があるのかもしれない。

 それに…仮にも同国の兵士……。

 察知している上で無視したとあってはマズイんじゃないか?」


 だがヂチャードの正論が混乱を収拾する。



「わかった。

 ……メイ。」


 やや落ち着きを取り戻したリードは、喉を少し詰まらせながら言った。



「はい…なの。」


 メイはそれに従い、一つの念通球をやはり耳に、もう一つを手前の机のくぼみに入れた。



「聞こえますの?

 戦闘騎の操縦士…。」


《 …聞こえ…る…。 》


 すぐに三人の机の前に置かれた、四角い声通機からノイズ混じりの声が返る。



「一体、どうされましたの?」


《 ……戦闘訓練中…母艦とはぐれてしまった……。 補給を求む…。 》


 その後しばらく、誰も喋る者はいなかった。

 ブリッジ内に重い時間が流れ、不気味なノイズだけがわずかに響いている。



「どうする? 副長は不在だし、艦長はベッドでオダブツだ。

 勝手に判断を下してよいものか……。」


「ああ、確かに軍規に反する。 だけど、放っておけない。

 ……助けよう。

 責任は全て私が取るよ。」


 ヂチャードの覚悟の一言に、リードはうなずいて同意をした。



「こちら、中王都市軍 第三補給部隊所属 輸送飛翔艦『ルベランセ』。

 戦略念通士のヂチャード少尉だ。

 本艦責任者の代理として、補給を認める。 至急着艦されたし。」



《 …こちら中王騎士団 白華はくか所属 マクス=オルゼルア…。

 貴艦の好意に感謝する。 》



 交信の終了と同時に、ブリッジ前方を疾風のように横切る銀一色の戦闘騎。


 それが既に肉眼で確認できるくらいに近付いていたことに、ブリッジの面々は驚愕した。


 無理もない。

 戦闘騎独特のエンジンとプロペラの音が存在しなかったのだ。


 極端に両翼が短いその機体は、海上に飛び出したルベランセの甲板に、まるで羽毛のように軽やかに舞い降りる。



 リードは、見事すぎる操縦を眺めながら一抹の不安に駆られていた。


 それはまるで、大聖典に記された人智を超える存在。

 神の使い―――『神使しんし』を 何故か連想させたのである。



▼▼


第一話 『求む、飛翔艦乗り』


▼▼


to be continued…



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