2-4 「背徳の策」
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This story is a thing written by RYUU
Air・Fantagista
Chapter 2
『It runs on ground to go to the heaven』
The forth story
'Immoral tricks'
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「―――おいおい!!
世羅の奴ぁ、どこ行ったんだ!?」
軍服を慌てて着直しながら、バーグが叫ぶ。
「あの三人組も……ちゃんと安全なところに隠れてるんだろうな!?」
一気に緊張を高めた、声通機からのフィンデルの戦闘合図。
長らく姿を見ていない彼等の身を案じ、バーグは自分の戦闘騎の近くで動き止める。
「バーグ!!
他人より自分のこと!!」
ミーサは呆けた様子の彼に発破をかけ、それと同時に各機体のエンジンに火を入れていく。
格納庫という小さな空間に、増す喧騒。
その中で、戒とジンも到着する。
「世羅達を見なかったか!?」
そしてすぐにかけられるバーグの言葉に、二人は顔を見合わせた。
「…それは心配ですが……今、彼女を探している時間は…」
即座に答えかけるジン。
「……。」
一方、戒は無言のまま自分の戦闘騎の前へ歩み寄る。
「……出て来い。」
そして彼は抑揚の無い声で言った。
皆が見上げる中、その操縦席から少し出る赤いリボン。
「……な…」
バーグが大口を開けて呆ける。
「えへへ……バレちゃった…」
舌を出しながら、姿を見せる世羅。
戒に降りるよう促され、彼女は床に軽やかに飛び降りる。
「……全然…気付かなかったわ…」
呆れながら呟くミーサ。
「ねえ、一緒に行ってもいいよね?」
勝気な彼女の視線と言葉を受けると、戒の目線はジンへと向いた。
「…ジン、てめえが面倒を見ておけ。」
そして素っ気無く言い放った後、彼女を通り過ぎて戦闘騎に乗り込む彼。
「…違うよ、戒と一緒に…!」
その態度に、世羅はすぐに振り向いて訴える。
「言う通りにしておけ……世羅。」
しかし、彼女の肩に触れて制するバーグ。
静かに諭した後、彼も自機へと向かう。
「どうしますか…世羅さん…?
私は、出来れば貴女には『ここ』に残っていただきたい。」
それまで様子を腕を組んだまま状況を見守っていたジンが、反射的に二人に寄ろうとした
彼女の手を掴んだ。
「……行く。」
悔しさに唇を噛みながら、世羅が答えた。
「……ボクだって…戦いたい!
リジャンの代わりに……ここを守りたいんだ!!」
世羅の言葉を聴きながら、戒とバーグの二人は操縦席で瞳を閉じる。
彼女の気持ちなど、とっくに承知していた。
だからこそ、命の保証の無い棺桶に一緒に入ることなど出来ない。
「ちょっと! 素人が先でいいの!?」
やがて出撃の態勢を整えた戒の機体。
ミーサが重い格納庫の扉を開け放ち、吹き込む夜風に圧倒されながら叫ぶ。
それに対し、ジンが肯定的に頷く。
そして世羅には一番奥の自分の機体へ入るよう促した。
「生きて帰って来なさいよね! 戒!!」
飛ばされる、ミーサの激。
「……当然だぜ。」
呟きながら、防風ゴーグルをかける戒。
彼の乗った機体がゆっくりと前進を始める。
世羅は後ろに控えるジンの機体に乗り込みながら、その彼の背中を見詰めていた。
「バーグさん。」
それに続くため、自機に昇ろうとするバーグに対し、ジンが声をかける。
「貴方は、昔から操縦が下手だったと聞きました。」
彼の歯に衣着せぬ物言いに、バーグは思わず振り返った。
続けて睨みつける彼の視線から、脇のミーサは思わず目線を逸らす。
「…ですが、私との訓練では なかなかの回避率でした。
それは…その機体との相性が良いということです。」
「……戦闘に出る寸前に励まさなきゃならないくらい、俺のことが心配だって?」
一気に操縦席に駆け上がると、バーグは大きく苦笑した。
「自分の身体に馴染むこと。
戦闘騎を選ぶ上で、それが一番大事なことだと私は思ってます。」
言いつつ、ジンも己の機体に足を運んだ。
そして操縦席に飛び移ると、はじめに世羅の安全ベルトを確認する。
「あいつ、気休め…言ってくれるぜ。」
「……専門家の言うことだから…まんざら、気休めじゃないかもよ?」
バーグの機体の翼に上がり、計器類の最終チェックをしながらミーサが囁く。
「私、長年整備をしているけど…。
あんな古い機体、見たことないもの……!!」
格納庫の一番奥。
薄暗い闇に浮かぶ、先の練習では使用していなかった機体。
彼の着ているツナギと良く似た、白に近いカラーリング。
ジンは操縦席で腕を組みながら、外の夜空を真っ直ぐと見詰めていた。
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エア・ファンタジスタ
Air・Fantagista
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第二章
天へ往くため地を駆けて
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第四話 『背徳の策』
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寒空に突入すると、まずは山脈を流れる風が荒々しく出迎えてくれた。
細かな塵が直線となって目の前を流れる、ゴーグル越しの夜景色は視界も恐ろしく悪い。
高度の為か。
思った以上に呼吸も困難で、戒は早くも全身に疲労を感じていた。
そして遠くに見える、多くの粒―――炎団の機体達。
互いに猛烈な速度で迫っているため、そのサイズは瞬く間に大きくなっていく。
戒は耳と接触を続ける風切りの音と共に、炸裂音を聞いた。
操縦桿に付けられた機関銃のスイッチを。
……自然と自分で押していたのだ。
相手がまだ射程距離に入っていないのが頭では解っているが、先に撃たれたくないという気持ちが先行する。
どんなに指を離そうとしても、気持ちが邪魔をしていた。
「……戒! 落ち着け!!」
銃を乱射しながら突っ込んでいく彼に、後方からバーグが叫ぶ。
案の定、余裕で反応して散開する、前方の炎団の機体達。
彼の行為は、むざむざと弾を消費した―――かのように見えた。
しかし、前方の仲間に邪魔されて気取れなかったのか。
それとも運が無かったのか。
一番奥のポジションを飛んでいた炎団の操縦士の眉間から、突然に血煙が舞った。
(当たった―――!?)
相手機とのすれ違いざま、信じられないという表情で、戒が相手の様子を一瞬見る。
のけぞり、口をだらしなく開けたまま、夜空を仰いで微動だにしなくなった相手の姿。
彼が握っていた操縦桿は遊び、その戦闘騎は急落下していく。
(……俺はほとんど素人なんだぜ……。
こんなことで……!)
顔を引きつらせながら、操縦桿を握った手の汗を拭う戒。
(……あっけない……。
…あっけなさ……すぎる…ぜ…)
興奮しながらも、頬が緩んでいく。
しかし、すぐに返ってくる、先の記憶。
相手の死顔。
「―――!?」
急激に震えだす、自分の腿。
それを鎮めようと片手で抑えるが、その痙攣は瞬く間につま先へ移り、全身に回る。
あまりにも簡単な敵の死。
それが戒に、ある認識を与えた。
空では大地以上に。
誰にでも平等に死が訪れる―――。
『妥協の出来ない空間』の恐怖。
それを肌が直に味わい、上がった白い息がゴーグルを曇らせた。
遠ざかる意識。
戦闘騎の猛速度が、心臓を締めた。
呼吸することさえ、苦しい。
「……おい!! 奴等、返ってくるぞ!!
こっちも迎撃だ!!」
一機を失った炎団達が、何事も無かったかのような余裕のカーブを描く。
それを振り向いて覗いながら、バーグが叫ぶ。
だが前方を行く戒の速度は、増していくばかりだった。
このまま進み続ければ、背後を突かれる形になる。
普通ならば、自分達もどこかで反転して正面から挑まなくてはならない。
それは戒も頭では分かっている。
練習どおり、トンボを切ればいい。
(……く!!)
だがその途中で、戒は自分の安全ベルトをふと気にした。
(……このまま…回っても…平気か!?)
ベルトが緩んでいるような気がしてならない。
さらに、緊張でから高まった心音と呼吸が自分の中で反響し、やがて何も聞こえなくなった。
頭の中が、真っ白になる。
「あいつ……緒戦で…舞い上がってるのか!!」
「……バーグさん…!!」
後方に付いていたジンが声をかけるが早いか、バーグも限界までペダルを踏み込み、速度を上げる。
「戒!!」
付近まで追いついて声をかけても、まるで反応しない彼。
戒は正面から叩きつける風に目を細め、ただ一点を見詰め飛行している。
それを追い抜き、バーグは手元の大剣を握った。
戒の鼓膜に届く、別の風の音。
バーグの機体が視界の斜め前方に入った。
その瞬間。
「………ぶッ!?」
額に何か硬い物が衝突したことで、思わず天を仰ぐ戒。
直後に彼は、堅い剣の鞘が自分の操縦席の中に転がっていることに気付く。
「……てめえ! ヒゲ!!」
赤く腫れ上がった額を涙目になって押さえながら、脇を飛ぶバーグを怒鳴りつける戒。
「俺様を殺す気か!!?」
「ああ、殺すね!!
てめえが山に衝突して死ぬくらいだったらな!!」
大きく笑いながら、返すバーグ。
二人はほぼ同時に、山の斜面すれすれでカーブして、炎団に向き直る。
「お前、俺よりも操縦が上手いんだろ!?
天才なんだろ!!
だったら、がっかりさせてくれるな! おい!!」
彼のそんな言葉に、戒が顔を上気させた。
「慌てなくても…これから、格の違いを見せてやる…!
てめえこそ、くたばらずに最後まで目ん玉開けてろよ!!」
「そうこなくちゃあな!!」
戒とバーグがぐんぐんと速度を上げた。
それを見て安心したジンも、細かい動きで反転。
三機は目の前の集団へと進んでいった。
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「主砲、副砲、準備できたの。」
ブリッジに響く、メイの言葉。
「フィンデル!!」
リードがそれに頷き、声を張り上げる。
「…必要ないわ。
今作戦では、本艦は航行に徹します。」
しかし、彼女からは意外な言葉が返った。
「当艦の念通士は、全精神を『航行のための艦体維持』と『索敵を含んだ周囲状況の把握』に集中。」
「………了解。」
メイとリードは揃って答えた後、口を結び、念通球を握り締めた。
逃げに徹するということ。
彼女の命令どおり、二人は余計なことは考えないようにした。
「速度は充分出てる?」
「……問題無いっす。」
フィンデルの問いに、今度はタモンが答える。
ザナナはその脇で胡坐を組み、正面ガラス越しの夜空をただじっと眺めていた。
「このまま頂上を越えるまで、この速度を維持…」
そこまで言うと、艦長席の足元で梅がじっと自分を見上げていることに気付く。
「……?」
不思議そうな顔でそれを見詰め返すフィンデル。
しかし梅はすぐに尻尾を立てたまま振り返り、開かれた扉のわずかな隙間から、音も無く出て行った。
「艦首の方向は合ってるな? タモン!
角度を間違ったら…山越えに余計な時間を取られるぞ!!」
「わかってるっす! 大丈夫っすよ!!」
緊張の為か、声を荒げて言い合う二人。
徐々に熱を帯び始めるブリッジ。
フィンデルのこめかみから、嫌な汗が流れた。
それは、これから始まる出来事の先触れだったのだろうか。
「…ミーサ! 聞こえる?」
続いて、機関室に繋がっている声通管を手にし、フィンデルは問いかけた。
《はい…副長……》
雑音混じりに、響き聞こえる彼女の声。
「戦闘騎部隊の様子はどう?」
《…全機、無事に飛びたてました。
私は…こっちに集中できます…》
「お願い。
そっちは予定通り頼むわね……」
答えながら、何気なく目配せした背後の扉。
手にした管が滑り、下に落ちる。
視界に入るのは、部屋で閉じこもっていたはずのペッポの姿。
彼は全身を縄で縛られており。
しかも、それを連れて来たのは―――予期せぬ来訪者。
青服の三人組だった。
◆ ◆
至近距離での爆風。
煽られる機体の中で、身を縮こませる戒。
(ジンの野郎…!!)
考える間も無く、続けざまにその逆側からも爆風。
飛び散る細かい破片を、まともに顔面に受ける。
(まさか……これほどまでとはな……)
バーグも呆気にとられて、後ろで傍観者になりかけていた。
空中で爆炎の中を駆けるジンの機体。
戦闘騎としてはごくありふれた形状だが、その機体後部から飛び出た何本もの長い布。
特徴的な影を炎の中に浮かばせる。
それはジンの飛行技術と相成って、優雅に見えてもおかしくないはずだが、何故かそれは
草地を這いずる蛇のような、不気味で生々しい印象を戦場の敵味方を問わずに与えていた。
それを象徴するような、火の粉と煙に紛れた、角度の読めない射撃。
戦場の一切を完全に支配し、一機一機を順番に狩っていく。
何故 彼が若年にもかかわらず、サイア商会の番人を任されていたのか。
バーグは瞬時に理解できた。
それは至境の飛行と言うべきか。
思い出したくもないが、戒とバーグは、たった一機で炎団の全てを蹴散らした聖騎士の強さと
同じものを目の前の少年から感じていた。
そしてやはり、敵側も迂闊に動くことが出来ず、戦場の展開は鈍くなっていく。
(この調子なら……いけそうだぜ!!)
バーグの脳裏に一抹の安堵がよぎった時、『それ』は訪れた。
下方から迫り来る、エンジン音と熱気。
目の前の炎団達が、瞬時に色めきだつのが分かった。
満を持して下方から抜けて出る、通常の機体よりも遥かに巨大な赤い戦闘騎。
その両翼には、球体状の砲台が一個づつ埋まっており、各砲座には砲手が乗っていた。
そして、その中心で陣取る、長い髪の女操縦士。
商団の防犯のため記憶している空賊の記録を、ジンが頭の中で思い出す。
(炎の矢でも特に名高い……)
それは、要注意のランクに記されていた。
(『三ツ首の怪鳥』……オヴェル=ハイマン…!
あの相手は……二人には…まだ任せられない―――)
脇目で戒とバーグの機体を確認しつつ、操縦桿を傾けるジン。
重心が動き、内臓が斜めに引っ張られる感覚。
後ろで、世羅がシートを強く握るのを感じた。
◆
「あらら……意外ね……。
もう、あらかた片付いているのを期待してたんだけど。」
戦闘の様子を一巡しながら、オヴェルは言った。
「確かに……戦いにくそうな相手だけど…」
目配せする。
戒の操縦する最新鋭の機体。
バーグの操縦する、初見の機体。
「…とても苦戦するような相手じゃないでしょ?」
彼等の操縦を少し見て、笑う。
「―――聞いてねえぞ! 隊長!!」
しかし、彼女の横に並んだ戦闘騎。
その操縦席から、団員の一人が叫んだ。
「あんた、本当に連中を偵察してきたのか!?」
慌てて叫んだ挙句、彼が乱暴な手つきで示した方向。
景色と空気に溶け込んでしまいそうな、おぼろげな一機の白い戦闘騎。
後部には薄汚れた長い布が何枚もたなびいて、まるで尻尾のように空を流れている。
「隊長……」
「あいつは……!」
砲手達も、そのあまりの異形さに言葉を失う。
「現役の『零式』?
懐古趣味の馬鹿がいるみたいね……!!」
ジンの駆る機体は、戦闘騎の歴史の中でも最古のモデルであった。
その方面に深く精通しているオヴェルには、遠目でも良く分かる。
「とぼけてんじゃねえ!
あれは…『サイアの亡霊』じゃねえか!!
俺たちゃ、腰抜けの中王都市軍とやるだけなんだろ!?
あんな化物と戦うなんて……聞いてねえぞ!!」
彼女に対して言葉を放ちながら、その団員は怒りに目を血走らせる。
オヴェルは小さく笑い、急激に速度を落として彼の後ろにつく。
刹那、機体先端の機関銃を発射し、文句を言ってきたその団員を撃ち殺す彼女。
「!?」
その行為に狼狽する、彼女の両脇の砲手。
周囲でその光景を黙って見ていた団員達も、戦慄を覚えた。
「……『矢』が…余計なこと考えるんじゃねえよ。」
そしてオヴェルから口脇から洩れる、ドスの効いた声。
「お前たちは、炎団の中でも特に誇れる戦闘騎部隊『炎の矢』。
……ただ目の前の敵を討ち、燃やし尽くすことだけ考えてりゃあいい…」
呟きながら、怒りで肩を小刻みに揺らす彼女。
「……わかった?」
そして一転、軽く笑って言った。
静まる団員達。
不気味な士気が、空を支配していった。
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それまで怯えたように密集していた敵機達。
それらは、オヴェルが到着した後、各機の間隔を開け始めた。
(……陣容と雰囲気が……変わった…。)
良く訓練の行き届いた、その動きを注視するジン。
「世羅さん……術は…出さないように。」
彼の言葉に、世羅が後ろから身を乗り出す。
「…何で!? ボク、後ろからだって戦えるよ!!」
「大丈夫。
『切り札』は……初めに使っては意味がない……そういうことです…!」
静かに呟き、ツナギの口元を直す彼。
一度挑発するように舞い、戦場から離れていく。
それに誘い出されるように、オヴェルの大きな機体のみがそれに続いた。
残された戒とバーグ、そして炎団達。
彼等は、ゴーベの岩壁を斜めになぞりながら空を駆けていった。
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《…副長?………副長!?》
落ちた管から、繰り返されるミーサの大声。
「…大丈夫、ちょっと声通管の調子が悪いみたい。
……何でも無いわ。」
管の先をそっと拾い上げ、平静を装って言葉を返すフィンデル。
「ごめんなさい、いったん通信を切るわね。」
そして、管の脇のダイヤルを締める。
「…………!!」
既に怒りの表情で、半ば椅子から立ち上がっているリード。
メイは何事か理解できず、その三人組を見詰めており。
タモンは舵を握ったまま、進路とブリッジ内の様子を交互に忙しなく視線を動かしている。
その脇ではザナナが槍を強く握ったのが見えた。
わずかな時の中で、自分でも驚くくらい冷静に瞳が動いている。
「ん〜〜〜んぐっ…んぐ…!!」
無残にも口に猿ぐつわをはめられ、目に涙をためながら何かを訴えている、艦長のペッポ。
「…やっぱり、ただのパン屋じゃなかったんだな……貴様等…!!
一体…何者だ!?」
しかし、リードは特に彼を心配することもせず、後ろの三人に対して怒声を浴びせた。
「よくぞ、きいてくれはった!!」
そんな彼の激情を受け流すかのように、涼しい顔で答えるシャロン。
続けて指を鳴らすと、イールとムールが前へ踊り出る。
「泣く子もさらに泣きじゃくる!!」
「大陸に名だたるジルルメッシュ一家の末娘!!」
一呼吸。
「シャロン=ジルルメッシュとは、あたしのことや―――!!」
シャロンは大声で叫んだ後、満足げな表情を浮かべた。
(決まったぁぁああ―――)
(最ッ高―――)
イールとムールも、ガッツポーズを決めながら悦に浸る。
「ジ……ジルルメッシュ一家……?」
彼らのあまりのテンションに、静まり返るブリッジ。
リードだけが呟いて応えた。
「どや……見ての通り……おたくらの『大切な艦長』、しっかりと預からせてもろたで!!」
シャロンがひとり勝ち誇りながら、ペッポから奪ったと思われる拳銃を取り出してちらつかせる。
すると、ブリッジは恐怖などでなく、逆に何か場違いな空気を醸し出し始めた。
室内の温度も、何故か先ほどよりも低く感じられる。
「……なんやねん…?
さっきから…この薄いリアクション……。」
「……ハッ、…ジルルメッシュの人間が、直々にこの艦を奪いに来たって…?」
呟いて、今度は完全に立ち上がるリード。
「おい、勝手に動くんやな…」
「それは10年以上前に、竜巻に巻き込まれて滅んだ間抜けな空賊一家のことだぞ。
当時だったらともかく、今、その子孫を語る奴も相当の間抜けだ。」
余裕ある、彼の表情と言葉。
シャロンも笑って見せて対抗した。
「そう、お前の言う通りや。
でもな……ジルルメッシュの血を受け継ぐ者は、現実にここにおる。
今は『炎団の一員』としてやがな。」
「―――炎団!?」
タモンが声を荒げた。
「……随分と…大胆な作戦じゃないか…。」
流石に、今度は表情を歪めるリード。
「なに、半分は偶然や。
今回は状況に合わせて、作戦を立てただけのこと…」
縄に拘束されたペッポを床に蹴り倒す彼女。
「さて……改めて、その節はお世話になりました。
ルベランセの艦長はん。」
ブーツを彼の即頭部に乗せ、シャロンは言った。
目を大きく見開いて、目の前の銃口に怯えるペッポ。
「あんたが『あの時』撃ち込んだ砲弾、ごっつ効いたで。
おかげさんで、あない危険な森に不時着するハメになったわ。」
「……!!」
その言葉に、フィンデルが反応した。
「おまえら…あの時、雲に隠れていた飛翔艦に……!?」
それでリードも察する。
「…だ、だが、先に仕掛けてきたのはお前らだ!
恨みのある言い方するな!!」
「アホぉ! 実際に恨みがあるんや!!
さて、どないしてくれようか……。」
リードの言葉に対抗しながら、シャロンはついに拳銃の激鉄を下ろす。
「ん……!! ん………!!」
「お嬢……」
「何か言いたそうですぜ?」
そこでイールとムールが、鼻水を垂らしながら必死の形相で訴えているペッポを指で突付きながら言った。
「ええわ、冥土のみやげや。
喋らせたれ。」
余裕の顔で指示をする彼女。
指示通り猿ぐつわはすぐに外され、ペッポは咳をしながら肺に空気を大きく吸い込んだ。
「…あ、あれは……僕の指揮じゃない!!」
「あん?」
そして吐き出される言葉に、思わず彼の柔らかい頬を掴むシャロン。
「今さら……何言うとんねん。
あれは、お前の指揮やろ? ええ? 『艦長』!?」
「……ち、違うったら!
僕はあの時、気絶をして…」
「…その通りだ。
残念だったな。」
複雑な笑みを見せながら、割って入ってくるリード。
「確かに、そいつはルベランセの艦長。
だが……あの時、指揮をとっていたのは別の人間だ。」
「……言うとる意味が…わからへん。」
口をぼんやり開けたまま、シャロンが訊いた。
「ちょっとした事情でな……実は今も指揮権は違う人間に移っている。
つまり人質にならない奴を拉致した、お前たちの作戦は完全に失敗だってことだ!!」
「―――!?」
三人がブリッジ内の人間を見回す。
リードの目線の先で、フィンデルは黙したまま座っている。
言葉の表現は濁したため、そこが艦長席であることに三人はいまだ気付いていない。
「…あ…アホなこと言うなぁ!!
普通、飛翔艦の指揮は艦長がとるもんやろ!!
そうでなきゃ、飛べんはずや!!」
「あいにく、そいつの無能さは普通じゃないんだよ!」
リードが床に這ったペッポを見据えたまま、半笑いで叫んだ。
「た……確かに……おかしいとは思っていたけど!!」
「余裕だから…くつろいでたんじゃなかったんですね…!?」
両手で頭を抱えながら、即、納得するイールとムール。
「……役に立たないから…部屋におったんかい……!
んな…アホな…!!」
脱力し、銃の重さに耐えきれなくなった彼女の手が下がった。
「理解したか?
…そんな奴、殺されたって…痛くも痒くもないってことを…!!」
「ちょっと待て!!」
リードの言葉に、ペッポが叫んだ。
「さっきから黙っていれば……な、何を勝手なことを言ってるんだ!
い、今すぐ全員降伏しろ!!」
暴れた末に、前のめりなる彼。
「!?」
その意外な言葉に、呆然とする三人組。
「僕の命の方が…大切だろう! こんな飛翔艦より!!」
「こいつ……何を言い出して……!?」
困惑するリード。
いくら指揮権を剥奪されているとはいえ、自己防衛のみを考えたそれは、とても然るべき立場の人間の
言葉とは思えない。
「僕だって……!
大陸に名だたる中王都市軍の副司令官の愛息子なんだぞ!!」
さらに早口で並べられるペッポの言葉に、シャロンが思わず憮然とする。
「僕に何かあってみろ、親父が黙っていないからな!!
ブリッジのみんなにも、炎団の連中にも言っておくぞ!!
この艦はどうなってもいい! 僕を傷付けたら、酷い目に遭うと思え!!」
「うるさい…だまれ!
どうせ投降したって…命の保証なんて無いんだ!!
血筋を自慢するなら、『自分はどうなってもいいから艦を救え』って、誇らしく命令しろ!!」
リードが一喝した。
「うるさいうるさいっ!!
ほら、みんなでお願いするんだ!!」
縛られたまま、ぺこぺこと情けなく懇願するペッポ。
思いも寄らぬ展開に、シャロン達は逆に言葉を失っていた。
「この艦は差し上げます!
だからその代わり…乱暴はしないで下さい…。」
「……まあ…別に、あたしらだって手荒なマネはしとうない……。
炎団の命令では、人員の生死は問わんっちゅう話やし…」
彼のあまりの卑屈ぶりに、顔を見合わせる三人。
「そっちが全面的に降伏するっちゅうんなら、命くらいは保証したる。
せっかく中王都市も近いやさかい、このまま解放って話にも…してやらんでもないわ。」
「流石、お嬢!!」
「なんて慈悲深い!!」
大袈裟に相槌を打つ、イールとムール。
「ありがたいです、お嬢さま〜〜〜!!」
そしてペッポも調子良く、泣き喚きながらシャロンの足元に擦り寄る。
「な、何をやってるんだ!
はやく武装を解除して投降するんだ!!
お嬢様の気が変わらないうちに!!」
ブリッジの面々は、ペッポの動向に完全に呆れ果てていた。
指揮を失ったとはいえ、既に中王都市軍とルベランセの尊厳は死んだかのように思えた。
このまま時が過ぎれば、続いて気力も萎えるだろう。
「……馬鹿言うな!
誰が空賊なんかに……!!」
最後の手段。
素早く拳銃を抜き、構えるリード。
だが、シャロンは余裕の笑みを浮かべ、唇を開いた。
「《源・衝》!!」
指が引き金に触れる間もなく宙を舞う拳銃。
リードが手首を押さえ、うずくまる。
光の粒子が残る指で彼を指したまま、シャロンがさらに笑った。
「オイタは……あかんで、にーちゃん。
あたしら三人は、かなりの源法術の使い手や。
今度うかつな真似したら、火傷することに…」
「す、すみませんでしたっ!!
うちの乗組員がとんだ無礼を……!!
ほらっ! お前たちも一緒に謝れ!!」
彼女の手際に蒼ざめて、皆に号令をかけるペッポ。
「一刻も早く、投降を……」
中途半端に止まる彼の言葉。
鳴り響いた一発の乾音に、皆は目を覚ました。
いつの間にかシャロンの傍にいるフィンデル。
そしてその目の前で、独楽のように全身を回しながら、床に倒れるペッポ。
彼は気を失う寸前に、自分の方向に平手を振り切ったままのフィンデルの姿を見た。
◆ ◆
2
◆ ◆
「現在、当艦の指揮官は私です。
……投降は、一切許可しません。」
空賊三人に向かって、毅然と言い放つ直立不動のフィンデル。
「……!!??」
リードの視界がぐにゃりと揺れた。
見間違いでなければ、確かに彼女がペッポの頬をはった。
そのすぐ横では、突然自分の人質に手を出されたことに呆けるシャロン達が立ち尽くしている。
「フィンデルが…人を叩くの…初めてみたの……」
傍らでメイが呟いた。
それはタモンも含め、誰もが同じことだろう。
悠然とした歩みで、再び艦長席に戻っていくフィンデル。
彼女は両肘を抱えたまま、何事も無かったように前を向いて座った。
「……おっ……おまえ!!
よくも…大切な人質を……! え! え!?」
わけも分からず、床に伏したペッポと自分の拳銃を交互に見るシャロン。
「い…いや、こいつは、おまえらの上官だからこそ人質であって……!!
…だから……!」
「お嬢!」
「落ち着いて!!」
混乱をきたす彼女の肩を、必死に揺さぶるイールとムール。
「その銃口を向けられる役目は、私が受けます。」
フィンデルは、前を向いたまま言った。
「!?」
言うとおり、反射的に彼女へと銃口を向けるシャロン。
「…指揮官の…おまえが代わりに人質になるって言うんか?
随分と殊勝な心がけやな…」
「本艦、予定通りに航行速度を上げます。
―――全速前進。」
しかし、フィンデルは彼女を無視してタモンに命じた。
「…おまえ! この状況が理解できとるんか!?」
「わかっているつもりです。
撃ちたければ、撃ちなさい。」
「……!?」
「ただし、私を殺せば、貴女達も死ぬことになる。」
「なに……言うとんねん……!?」
シャロンが目を白黒させて呟いた。
「私が死んだ場合、このルベランセは自爆する手はずになっているのだから。」
「………!!」
驚き、銃を落としそうになるシャロン。
表情ひとつ変えずに嘘をついたフィンデルに、リードは緊張の表情で頷いて同調を見せる。
「そ、そんなん……嘘やろ!!?」
「……そう、『嘘』だわ。」
「え!?」
二人のやりとりに、一転、困惑するリード。
「だけど……今の私の言葉で、それは『真実』になった。」
狼狽する彼に対し、無言で目配せをするフィンデル。
「……了解。
フィンデル艦長代理が死亡した場合……この艦は爆破する。」
リードは瞼を閉じ、小さな声で呟いた。
「アホな……!
おまえは…手前勝手な都合で、部下に死を強要するんか!!」
背筋を張りながら、シャロンが叫ぶ。
「お前らも……こんな馬鹿げた命令に、素直に従うっていうんか!?」
さらに、リードやタモン、ブリッジの搭乗員達を見回す。
「……これで貴女達は私を殺すことが出来ない。」
有無を言わさない、フィンデルの冷静な口調。
焦り、後ろで顔を見合わすイールとムール。
「……ど、どうかしてるで!!」
シャロンは片手で顔を覆いながら叫んだ。
(……うまく騙せた…。
…ルベランセには…このブリッジからの操作で自爆できる機構なんて……無いんだ。
大した策士だぜ……フィンデル…!)
脇目でシャロン達の焦れた様子を確認しながら、リードは幾分平静さを取り戻していた。
続いて、その目でブリッジ内を見回す。
やりとりの意味が半分は解らない様子、流れにただ身を任せているメイとザナナ。
タモンの方は自分と同様、その意味が計りきれている。
ペッポは相変わらず、気を失ったまま床に沈んでいた。
…これは、うるさくなくて良い。
現時点で、目の前の賊と自分達の立場は互角のように思えた。
「……おまえらがそういう態度に出るのなら…本当に一緒に心中になるで…」
しかし、シャロンは抑揚の無い不気味な声で向き直る。
「この艦を狙っとるんは、あたしらだけやない。
今展開中の戦闘騎部隊に続いて、武装した飛翔艦が追いつく手はずになっとる…」
銃の照準を定めたまま、片手を広げる彼女。
「しかもそれは、あたしらがブリッジを占拠していることを前提で迫って来る。
おまえは賢い女や。
……この意味、わかるやろ?」
「……どういうことだ?」
何も答えないフィンデルに代わり、リードが訊いた。
「追いつかれるまでに、こちらが速度を落としたりして何らかの降伏の意を示していなければ……
奴等は強行手段も辞さないっちゅうこっちゃ。」
「……つまり…攻撃されるということか!?」
彼の問いにシャロンは頷いた。
「ヘタな意地張って、命を無駄にすることあらへん。
……ここは退くんや。 今なら余裕を持って間に合うで。」
「しかし、そんなこと既にこちらでも予測済みだ…。
足止めのために、こちらから戦闘騎も……」
彼女に対するリードの声は、小さくなっていった。
「いいや!
おまえらは炎団をナメとる!!」
シャロンは、高い声で圧倒した。
「即席の連中で、ほんまに勝てると思っとるんか!?
そんなもん、中王都市に辿り着く前に必ず突破されるわ!!
相手は……お前らが思っている以上に用意周到なんや……。」
「…仲間を、随分と買っているのね。」
フィンデルが口を開いた。
シャロンの動きが一瞬止まる。
「……オヴェルは…炎団への忠誠心だけで戦うタイプや。
勝利への執念が半端やないし、頭も良くて腕も立つ。
この戦いも…こっちに確実に追いつけると確信しとるから、攻めよんねん…!!」
フィンデルの顔に近付く彼女。
「…ええか?
ルベランセにどれだけの戦力があるかも、あいつはとっくに調査済み……。
おまえらの動きは全部読まれとる……逃げ切れる確率は…絶対にあらへん!!」
必死の形相で訴えるシャロンを見ながら、それが嘘でないことはリードにも判った。
現実にルベランセも、その戦闘騎達も非力である。
なのに、フィンデルは表情を変えない。
普段とはまるで別人。
鉄の仮面と鉄の心臓を持っているかのようだった。
「……!……!!」
一方、再三の脅しにも関わらず、変わらない状況に歯軋りするシャロン。
オヴェルなら、迷わずにこの引き金を引いているだろうか。
考えると、余計に悔しい思いがした。
◆ ◆
「隊長…。」
砲手が指で示すその先。
白い機体。
ジンの後ろに乗る、赤いリボンが非常に目立つ少女の姿。
「あいつら…何で二人乗って……?」
「気にしちゃだめ。
それも、奴等の作戦かもよ?」
オヴェルが余裕のある表情で速度を上げた。
「それにしても…古い機体で……よく動く!」
機銃を噴かせながら叫ぶ、もう一方の砲手。
ジンの機体の尾にたなびく長い白布は、機体を大きく見せて照準を狂わせていた。
結局、全く相手の動きを捉えられないまま、装填済みの弾を撃ち尽くし、砲手は
舌打ち混じりに予備を詰め始める。
「別に古いってことが弱いわけじゃないわ…!!
あの時代の戦闘騎は、いかに相手を合理的に殺すか……それだけを考えて作られている!!」
相手が手強いことを充分に確かめると、オヴェルは一層に気を引き締めた。
岩肌をなぞるくらいに低空で飛び、相手目掛けて斜めに上昇する。
しかし、白布は荒々しいラインを引いて接近を避け、敵機はポジションの不利を上手にかわした。
「そして、何と言っても……操縦士の腕がいい!
…さすが大陸中の空賊が恐れる、サイア商会の守衛騎!!」
そのまま振り切られまいと、縦の態勢のまま、しつこく追いかけるオヴェル。
「…でも、アレを堕とせば間違いなく殊勲!!
きっと紅蓮さまもお喜びになるに違いないわ!! どうしよう!!」
状況もわきまえず、明るくはしゃぐ声。
両脇の砲手は思わず、心配そうな視線を彼女に投げかける。
「何よ、その顔……!
私……冷静よ!?」
オヴェルは自然と舌を舐めずっていた。
◆ ◆
「………!!」
何気なく、脇の窓を見たリードが前のめりになる。
「タモン!
面舵をとれ! 山に衝突するぞ!!」
「え!?」
言われるまま、舵を回すタモン。
視界もままならない闇の中、不気味な山肌が横の窓を流れていった。
大きく息をついて、リードは椅子に腰を落とす。
いつの間にか、周囲を目視出来ないほどの雲に覆われていた。
リードとタモンは、窓の外を見上げて空の様子を確認する。
「……光が…」
消沈した言葉の通り。
月はおろか星のひとかけらさえ見えない状態。
「…頂上付近は…さらに雲が厚いぞ……」
力みながら呟くリードの言葉に、フィンデルがわずかに耳を動かして反応する。
目を泳がせ、一点で止める瞳。
何かを言いかけた彼女の様子。
シャロンはそれに気付かずに、勝手な動きを始めたブリッジの面々に苛立たしさを感じていた。
(…まずいで…この雰囲気…)
フィンデルの気丈な態度のおかげで、力による支配が及ばなくなっている。
「貴女は…」
心が迷っているうちに、目の前のフィンデルが口を開く。
「本当にあの艦に……?」
「………!!
そうか……あの時、指揮をしてたのも……おまえなんか…!」
彼女の手際から察し、シャロンは怒りの念を再燃させた。
「…おまえが……撃たせたんやな!!」
「………。」
押し付けられる銃口と彼女の言葉に、フィンデルは黙り込んだ。
「あの時、主砲は直撃させたが…艦はかろうじて動けただろう!!」
彼女をかばうため、声を張り上げるリード。
「せやな。 確かに、あの時はまだ動けたし、不時着も何とか出来た。
だけどその場所が肝心や。
みんなが…あんな凶獣だらけの森から生きて出れたとは思えへん…。
これは、お前が殺したも同然やろ!!」
「言いがかりだ!」
床を強く踏む彼。
「戦いの中で加減なんて出来るものか!
あの時、フィンデルは俺達を守るために仕方なく指揮をとったんだ!!
それに…どう考えても、先に空賊行為を働いてきたお前達が悪い!!」
「空賊だからって、簡単に殺してもええんか!?」
シャロンの言葉に、リードは思わず気圧される。
「ひとえに賊っていっても、みんながみんな同じ考えやない。
家族や兄弟を大事にしてる奴もおるし、ほんまはこんな仕事、やりたくない奴だっておる…。」
暫くの間、沈黙がブリッジを支配した。
「…ジルルメッシュ一家だって、絶対に殺しはやらん空賊だったそうや。
標的だって、金があり余るってるような連中に限っておった……」
彼女の言葉を聞きながら、フィンデルが重いまばたきをする。
「……全部…兄貴から聞いた話やけどな。」
最後に低く呟く、シャロン。
「貴女は……ジルルメッシュ家を再興したいの?」
「…兄貴は…したいらしいけどな。
あたしは……実はどうでもええ。」
疑問を投げたフィンデルに、何気なく答える彼女。
「兄貴に習った術……あたしは、その成長と成果を何らかの形で認めてもらいたいんや。
炎団で大きくなりたいってのは、半分意地。
特に、その後は考えてへんわ。」
「……そう…」
フィンデルは、それを憂いだ表情で見詰めていた。
「……ん…!
何で…お前に…こんなこと話さなあかんねん!!」
シャロンはくだらない問答をしていることに気付き、顔を真っ赤にして彼女を怒鳴りつけた。
(…でも…紅蓮の奴に目を付けられたのが運のつき……。
……いつも手柄から遠いところに飛ばされて……。)
だが、予断を許さない状況とは裏腹に、彼女の頭は別のことに支配され始める。
(…本当は、あたしは実力は充分だし、人一倍努力だってしとる…!
ただ、運が無いだけなんや……!!)
「命の大切さを解っているのなら…」
突然、フィンデルの声が耳に響いた。
「……退くのは貴女だわ。」
その言葉に、シャロンが銃を構えたまま息を詰まらせる。
「何故なら…仲間が『ここ』に帰って来るのだから、『ここ』が無くなるような選択肢は……私には無い。」
言い切る彼女を目の前に、頭をよぎる、昨夜の凶獣との一戦。
「…人間なんて、生きててなんぼや!
仲間がどうとか、そういうのが一番くだらない考えやで!!」
あの時、戒達に対して感じた疑問とどこか似ていた。
「……そうね。
くだらないかもね。」
フィンデルは自嘲するように笑った。
「私も責任ある者として……常に大局を見て、冷静に努め、理知的に最善を尽くそうと思ってる。
でも……」
顎を引く。
「こればかりは、理屈じゃない。
私は……本気よ。」
「馬鹿にするな!!
あたしだって……おまえが考えてる以上に本気や!!」
震わせる銃口を彼女の眉間に突きつけるシャロン。
「…わかってる。
だからこそ負けたくないの。」
半分を拳銃に覆われた彼女の顔。
その眼が睨み返す。
「もう一度言うわ。
…ここに帰って来る仲間のために、私は絶対に降伏しない。」
「……もしも、そいつらが帰って来る前にやられたら…どないすんねん?」
シャロンが言った。
「そうなったらもう……ルベランセが背後を突かれるのは避けられへん。
その時はおとなしく、この艦を明け渡すんや。」
「逆に…もしも彼等が無事に帰還したならば、貴方達が降伏して頂戴。」
フィンデルが微笑む。
「……それは…賭けのつもりなんか?」
同じ表情でシャロンが返し。
「その勝負……おまえ、途中で…降りることになるで!!」
張り上げる声を、ブリッジ中に響かせた。
◆ ◆
戒が無理な回避で、機体を四、五回転させる。
通常ならばバランスを崩してそのまま墜落の姿勢だが、機体内部の自動平衡装置の働きで
重心は戻り、なんとか飛行状態を取り戻す。
「…ぐ……!!」
しかし、頭を襲う激しい『酔い』に呻く戒。
炎団側の大きな機体が現れ、ジンも戦列を離れてからというもの、戦況は一気に傾いた。
元々、数で負けているうえに、戒とバーグの腕は拙い。
もはや弾を避けて飛ぶだけで二人は精一杯だった。
「ジンの野郎、何やってやがる…!
さっさと片付けて戻ってきやがれ!!」
同じように逃げてきたバーグが並んだところで、戒が愚痴を叫ぶ。
「それだけ…あっちも余裕が無いんだろ!
今は俺たちゃ……」
一方、横を向く余裕すら無いバーグ。
「とりあえず、生きることだけ考えろ!!」
叫んだところで、銃弾の礫が再び頬をかすめる。
二人は慌てて、左右に分かれて飛んだ。
◆ ◆
大陸中の空を、ずっと共にしてきた機体だった。
―――それは、まだ飛翔艦が生まれる前に創られたという。
機構も粗末で、無秩序に空いた機体内部を埋めるために包帯を詰めている。
そしてそれが装甲の隙間から外部に飛びだして、まるで死体や亡霊のようだと忌み嫌われていた。
初めて倉庫で見た時も、子供心に恐ろしくて仕方なかった。
しかし乗り込んでみると、意外にもその操縦席は、暖かく包んでくれた。
両親はいつも仕事でかまってもくれず、いつしか、そこは寂しさから逃げる場所になっていた。
自分が操縦士になった時、父のリ・オンはそのことに対して、特に感情は持っていなかったように見えた。
そんな無感情な態度が、心を余計に戦闘騎に向かわせたのかもしれない。
ただ鍛錬と戦闘を積む毎日。
やがて、自分はどの空賊にも恐れられるようになった。
―――『サイアの亡霊』
その威名から、最近では空で戦うことも稀になっていた。
続いていく漠然とした戦いに対し、何も感じなくなっていった自分は、身も心も亡霊そのものに
なったのかもしれなかった。
それが今、人のため、父のために戦っている。
ジンはそんな運命の流れに不思議を感じていた。
馴染み、手足のように動かせる機械……というよりも友。
今までよりも一層、力を貸してくれと願う。
機銃は先端に一門。
通常の機関銃のように連射は出来ないが、長い銃身が機体内を通っていて、いわばライフル銃のような
弾速と破壊力を備える。
その能力を知り尽くし、信頼している銃が、普段のように韻を踏んでいった……。
◆ ◆
突然、背に迫ったジンの機体。
オヴェルは素早く反応し、回避運動をとる。
そして放たれる弾を寸前のところでかわし、態勢を整える彼女。
だが。
ジンからの攻撃は数発続き、彼女は同様にして避け続ける。
余裕を見てかわせるその攻撃は、一見、無駄のように思えた。
「…このリズム……違う?」
ふと浮かんだ疑問に、後ろを振り向かせられるオヴェル。
目に飛び込むのは、放たれた銃弾の延長上、その向こうで煙を噴く多数の味方機。
脳に上り始める血液で、頭が熱くなっていくのが自分でも判った。
◆
奇術を見ているようだった。
あさっての方向から放たれた銃弾。
それが自分の機体をかすめたかと思えば、目の前の敵達に吸い込まれるように命中していったのだ。
(……ジンの奴が撃ったのか!? あいつは向こうで戦ってるはず……!?)
首を捻りながら、銃弾の放たれた方を向くバーグ。
(……何て距離から…! 化物か……!!)
遥か遠くで、豆粒のような機体がかろうじて確認できた。
しかも相当の速度、夜闇の視界の中で、針の穴を通すような射撃に驚愕する。
(…こんなの見せ付けられちゃあよ……!!)
相手の数は半減したものの、不利な状況は依然として変わらない。
だが、彼の戦意は大幅に回復していた。
先のジンの攻撃は、諦めてはいけないという激励の意志も含んでいるのだ。
バーグはそれを噛みしめながら、堕ちていく機体達の間を縫っていった。
◆
「―――あの野郎!?」
目を剥く、二人の砲手。
「こっちを狙いつつ、別の機体をやるなんて…これが……『亡霊』の実力……!!」
興奮に唇を震わせながら、オヴェルがペダルを踏み込む。
同じ弾道上に、二機を置いた射撃。
かわせば味方、かわさなければ自分に命中する。
どちらに転んでも相手を堕とす、死の射撃だった。
「く……くくっ……!」
やがて不気味な笑い声を洩らしながら、オヴェルがうな垂れる。
その目には、堕ちていく部下の機体が映る。
「……死んだのは、どうしようもねえ役立たずのクズ共だな!!」
突然叫び、腹から低い声を上げる彼女。
「周囲の状況なんて、関係ねえ!
結果が出ない? それは、何が何でも勝ちにいくっていう気概が不足してるからだ!!
わかるか!? え!」
砲手二人に交互に怒鳴りながら下弦からカーブを描き、ジンとの間合いを一気に詰めるオヴェル。
「…まずは……!
てめえ、絶対殺してやるッ!!」
限界まで回転させるエンジン。
同時に、オヴェルの機体と執念が乱暴に加速していった。
◆
戦闘騎で狙う時の定石は、相手に近付き過ぎず、適度な距離をもって背後を突くこと。
加速をひたすらにかける今のオヴェルからは、その意思を全く感じない。
狙いは不明だが、ジンは用心のためにペダルを踏みこみ、自身も加速した。
しかし、既に最高速度まで達した相手。
瞬く間に抜かされ、脇に付けられるジン。
「っ!!」
そこで90度回転し、自分の方に向く相手の砲台。
とっさに判断を効かせ、ジンは逆噴射で速度を落とす。
耳元をかすめ飛んでいく銃弾。
「―――ジン!!」
後ろの世羅の顔に、鮮血が散った。
「…大丈夫。 かすっただけです…」
首を曲げたまま、前を向いて答える彼。
抉られた耳端から、熱い血液が肩に滴っているのを感じた。
速度を落としたため、今度は自分が追う番。
ジンはためらわずに機銃のスイッチを押し込む。
しかし相手は、まるで後ろに目があるかのようにかわす。
一流の人間が、操縦のみに集中しているのだ。
それは当然であった。
そして同時。
前を行く戦闘機の砲台は、再び背後の自分へと回転する。
「……!!」
速射される火花。
攻撃を中止して回避に入るジン。
放たれた弾は、案の定、今自分がいた空を撃ち抜いて行く。
(…全方位 撃てるとは……厄介な機体だ……!)
しかも敵は、完全に攻撃役と操縦役を分担している。
大きな外見から動きの鈍重さを期待していたが、その認識は一気に不安へと変貌した。
嵐の中のような速度の中。
ジンが目を凝らすと、前を飛ぶ彼女が怪しい笑みを浮かべているのが見えた。
◆ ◆
3
◆ ◆
突然のスコールを傘で受けているような機銃の音。
わずかに後ろを顧みて、操縦桿を傾けるバーグ。
機体すれすれを抜けていく銃弾。
肝を冷やすのも慣れただろうか。
煩わしい、蜂から逃げるような展開を、もう10分は数えた。
(…確かに…以前より『かわせる』……。
ジンの言うとおり、俺の反応に合ってる機体かもしれねえ…)
前方の視界に敵集団が入る。
反射的に機関銃のスイッチを押し込むバーグ。
だが、銃弾は残された排気だけを貫いて飛んでいく。
そして回避を終えた憎らしい赤色の機体達は、あざ笑うように、散ったり集まったりを目の前で繰り返す。
「下手くそが!!」
何回りも逃げのびて、バーグの背後を偶然に訪れた戒が叫んだ。
勿論、彼にも最初の一機以上の手柄は無く、敵弾を避けているだけで手一杯。
野次を飛ばされる義理は無い。
だが本来なら、経験者として彼を守る立場でなければならない自分。
その操縦の稚拙ぶりに、バーグは自分に心底腹が立っていた。
(…戦いは逃げるだけじゃ勝てねえ…。
どうにかして…攻めなきゃよ……)
考えれば考えるほど、ぐちゃぐちゃになる頭。
その中で再燃する一つの疑問。
何故、弾を避けることが出来て、命中させることが出来ないのか。
―――それは射撃の練習を積んでいないからだと、勝手に決めつけていた。
そんな考えの中、目の前の敵機から放たれた小さな礫が、自分の機体の脇を恐ろしい速度で
真っ直ぐ通過した。
その直後、考えることもなく操縦桿を傾けていた自分に気付く。
(俺は……弾を見てるんじゃない……!?)
本能が、一つの答えを嗅ぎ付けた。
相手との距離を見て、無意識に間合いを計る自分。
それは、陸において剣を構える相手と対峙する時の感覚と似ていた。
操縦席の中で、戒に鞘を投げたために抜き身となった愛剣に触れるバーグ。
剣の刃が届く距離がある。
遠すぎても、近すぎても敵を討つことは出来ない。
自分が相手を斬る時は、どうあがいても逃げられない距離に相手を引き込んでから剣を振る。
それは、きっと銃も同じ。
撃てば相手がかわせない、そんな『必死の距離』というものが、剣と同じように存在するのだ。
それを本能的に悟り、自分は相手の間合いを外している―――。
後方に、見える敵機。
今度は確実に、その銃口の角度と自分への距離が、一つの線となって見えた。
(こういうことか……ジンよぉ!!)
笑みを噛みしめながら、旋回するバーグ。
急に照準を外された相手は、撃つ姿勢をやめて自分を凝視しているのが良く見えた。
「戒!!
おまえは撃つことを考えるな!!
逃げて、逃げて、逃げまくって、相手をかく乱しろ!!」
「……囮になれっていうのか!?」
唐突に近寄ってきたバーグに命令され、当然、反発する戒。
「いいから、言うとおりにしてくれ!!」
掴んだ感覚を手放したくない。
心が急く。
「すっとばせ!!
全速で進めば、そうは照準は合わせられない!!」
「気楽に言うんじゃねえよ!!」
彼の迫力に押され、渋々ながら真っ直ぐに加速していく戒。
新品のエンジンの火柱が山肌を照らした。
―――いきなり猛進して来る戦闘騎。
正面の炎団の二機は泡を食ってそれをかわす。
瞬間、戒の背後から狙いを定めるバーグには、それら両脇の戦闘騎が得物を構える二人の剣客に見えた。
一方の機体に斜め下から近付き、避けようのない至近距離で機関銃のスイッチに軽く指を乗せる。
殺す間合い。
殺される間合い。
空でも、銃でも同じ―――。
交差する寸前まで引き寄せた射撃。
鈍い金属音。
指先と大空に張った神経に、今度は手ごたえを確かに感じた。
燃料部に一つの穴を開けた赤い機体が、爆発する。
息つく暇も無く、回頭。
その脇の戦闘騎の背後にも回りこみ、間髪入れずに撃ち込む。
―――剣を扱う自分。
すれ違いざまに、もう一人を薙ぐ。
陸で二人を相手にした時、自分がとるであろう行動。
そのイメージが今の動きと見事に重なっていた。
空気と機体が破裂する中の歪みを突破するバーグ。
熱いはずの炎が、妙に心地良く汗を飛ばす。
経験や才能で相手の動きを読むのが、リジャンやジンの射撃。
それと比べれば何と不恰好な攻撃だろうか。
だがバーグは、とても自分らしいと思った。
そして何よりも、いつも遠く感じていた空と風が自分を祝福してくれること、今はそれが何よりも嬉しい。
「……この調子で行くぜ、戒!
今回は、お前が逃げる役。
俺が撃つ役だ!!」
「………!!」
意気上がる自分の言葉に、戒が遠くで目を丸くしていた。
◆ ◆
「あらら……かわいそう。
そんなに血を流しちゃって。」
耳から出血しているジンの様子に目を細め、甘い口調でオヴェルが呟いた。
そんな彼女の機体から速射される、機関銃。
そして、両翼の砲台から放たれる砲弾。
だが依然として、ジンはそれを軽やかにかわし続ける。
「……そろそろ…楽になれよ!」
羽毛のように捉えようのない動き。
それに苛つきを覚えたオヴェルが途中から吠える。
「隊長……」
その激昂の顔を両脇から、やはり不安そうに見る二人の砲手。
彼等の視線に気付き、オヴェルが口角を歪めた。
「…わかった、そろそろやめるわ。
…もう『終わった』の人間を相手にしても……時間の無駄だし。」
そして彼女は直後、小さく言葉を吐く。
「!?」
急に自分から離れた、オヴェルの戦闘騎。
もはや彼女は顔を背け、遥か遠方の戒とバーグに狙いを定めているのが分かった。
ジンはこれには面食らい、速度を上げて追った。
「……血が…すごい出てるよ! 本当に…平気なの!?」
身を案じる背後の世羅の手をとり、安心させようとするジン。
「……出血は多いですが……そんなに深くない……大丈夫………!」
眩暈。
そして、鋭く高度を下げる機体。
ジンは疼く患部を素早く手で覆った。
(…これは……!?)
耳の傷が脈を打ち、その鼓動が波紋のように頭や喉、身体全体へ広がっていく。
(まさか……!?)
震える手首。
それになぞり、揺れる機体。
(……さっきの弾に……毒……!?)
焦燥の中。
「―――言っただろうが!!
てめーは……『終わった』ってよぉおおおお!!」
猛禽類のようなオヴェルの甲高い嬌声が、頭上から浴びせられた。
気付かぬうち、彼女の遥か下を飛んでいる自分。
朦朧とする意識の中、ジンは操縦桿を必死に傾けた。
狭まる瞳孔。
みるみるうちに視界が奪われていく。
「……こんなことになって…すみません………世羅さん…!」
ジンの小さな言葉に、世羅がゆっくりと頬を寄せる。
「しばらく……私の目になって下さい…」
「……?」
わけもわからず、頷く世羅。
「周囲の状況…それさえ教えてもらえれば……」
「ジン……目が…!?」
察した彼女は、すぐに周囲を確認した。
「……上っ!!」
零式のエンジンの火に照らされて、山肌に映った怪鳥の影。
すぐに見上げて叫ぶ世羅。
彼女の声に反応し、全身を傾けて強引に機体を右にずらすジン。
目下の岩が銃弾に貫かれ、砕け散る。
「……あ!…何かに当たる!!」
ところが、岩肌から伸びた枯れ木。
衝突しかける寸前に、世羅が慌てて叫んだ。
「……っ!!」
今度は操縦桿を引き、自分の勘を頼りに機体を持ち上げるジン。
垂直に持ち上がった機体は、そのままゴーベの岩肌ぎりぎりを舐めて昇っていった。
もう追う必要が無いということだろう。
大きなエンジン音は遠ざかっていく。
(…おそらく…これは…神経性の……毒…)
操縦桿を握る逆の手で、自分の座るシートの下をまさぐるジン。
「……?」
世羅がその様子に注視する。
彼が取り出したのは、小型の拳銃だった。
「……いい『気つけ』に…なれば良いのですが。」
その銃口を、自分の足に当てがうジン。
世羅の制止の叫びは、銃声にかき消された。
◆
「あっちは……どうなってるんだ!?」
「知るか……よ!!」
並んで飛んでいる戒が、気合の叫びと共に、逃げ腰になった最後の一機を撃ち堕とす。
その様子に口笛を鳴らすバーグ。
半分以上がジンの手柄だったが、尻上がりに調子を上げた自分達。
その最後の一機が堕ちる様を見ながら、二人はようやく一息ついた。
まるで現実感の無い、夢心地な状態。
バーグも戒も、慣れない戦場に肉体が限界に達していた。
上昇していくうち、雲が多くなり、靄も深くなる高山。
頂上は近付いているのだろうか。
二人は戦っているうちにルベランセとの距離感をとっくに失っていた。
「……おい…」
よく見ると、靄は機体より早く上へと昇っていた。
風が『下』から吹いている。
「……!?」
海から浮上する鯨のように、突如、下の雲からせり上がる来る巨影。
薄い雲越しに初めは真っ黒に見えたその姿が、鋼鉄の身体をした飛翔艦であることに気付くのに
時間はかからなかった。
鋭角の尖頭。
細長い艦体。
それは、雲を突きぬけ、天空へ目掛けて飛ぶ槍のようだった。
赤のカラーリングと脇に描かれた炎の紋章は紛うことなく、炎団のもの。
呆然と見詰める間に、自分達をあっさりと抜き去って行く飛翔艦。
(あれが…高速の……!!)
フィンデルの言葉を思い出し、ペダルを踏み込む戒。
しかし、距離は縮まらない。
相手の加速は充分で、恐ろしいほど速度が乗っている。
気持ちだけでは、限界以上にエンジンを回転させることは出来なかった。
追い討つ射撃も、猛スピードの飛翔艦に対しては焼け石に水。
いつしか、二機の機関銃は弾切れで空回りをしていた。
◆
上昇する際の空気圧のため、発生する耳鳴り。
それと重なる、悪夢のようなエンジン音。
(何故……あいつは動ける!?)
追われるはずの無い相手。
背筋に感じる視線。
焦ったオヴェルがペダルから足を踏み外す。
「隊長!!
落ち着いてください…!!」
機体がぶれるため、砲手もなかなか狙いを定めることが出来ずにいる。
「うあぁあああああーーーー!!」
我を失ったかのように、恐怖に怯え、ただひたすらに上昇を続けるオヴェル。
何も考えない、垂直の飛行。
「―――何で動けるんだよっ!!
あの毒を…喰らってんだろうが!!」
得体の知れない不安から、彼女はただ逃げのびたかった。
(…操縦が…荒れ出した……)
狭い視界の中、背後から相手の機体を見定めるジン。
世羅から貰った。
舌を噛まないよう、口にくわえた赤いリボン。
破いた残りのそれは、自分の腿の弾痕にきつく縛り、血止めとした。
初めは騒いだ彼女も、今は後ろでおとなしく自分の覚悟を見守ってくれている。
身を引いてレバーを握り、引き金を軽く押し込んで撃ち込む一弾。
破裂音にオヴェルが顔を向けると、脇では頭部を撃ち抜かれた砲手の姿があった。
「―――くそがぁあああああ!!!」
オヴェルの絶叫の中、もう一方の砲手の頭も砕け散る。
背後から迫る亡霊は、尾に付けた白布を威嚇するように広げ、自分を飲み込もうとしていた。
その恐怖に屈服する寸前―――
噴き上がる豪風。
引き金から、ジンの指が離れた。
待望の。
下腹に響く鈍い音に、一瞬にして気を取り戻すオヴェル。
「ふ……ふ…あははは!!
やった! 俺の勝ちだ!!!」
機体を反転させ、逆さまに向ける彼女。
「………!?」
音のする方へジンも振り向く。
熱い風と共に、一瞬にして至近距離を過ぎ去っていく飛翔艦。
風圧に流されながら、ジンは反射的に迎撃態勢に移る。
「―――させるかっ!!」
しかし、体当たりで彼の行く手を遮るオヴェルの機体。
「慌てなくていいんだよ!!
てめえは……ここで指をくわえて見てやがれ!!」
操縦席の脇の特殊なレバーを操作するオヴェル。
席に死体を乗せたまま、砲門が自分に向いた。
「……くっ…!!」
すぐさま反応して、放弾を回避するジン。
(砲手が居なくても……動かせるのか…!)
眼下に、戒とバーグの機体が確認できた。
二人が追いついて来ている。
「よっしゃあ…おもしれぇ……三機まとめて…相手してやる!!」
同じく彼等に気付き、不利な状況にも関わらずオヴェルは笑う。
「ふふふふ……遊ぼうぜぇ……!!」
オヴェルの狂気と、巨大な機体に気圧される様子の戒とバーグの姿。
天を見上げれば、飛翔艦の姿はもう見えなくなっていた。
◆ ◆
「……あ…!」
一番最初に気付いたのは、念通術に秀でたメイだった。
彼女の顔を見て、改めて自分も察知するリード。
「……でかい…。
……しかもかなりの速度だ…」
念通球を握りながら、彼は震えて呟く。
「……足止めは…失敗か!!」
そして、近付いてくる飛翔艦のイメージに、怒りにまかせて机を叩く。
「はよ降伏せえ!!
時間が……無いで!!」
シャロンは焦る。
ルベランセを制圧し、それを早く示さなければならない。
彼女は片方の空いた手で声通管を取り、フィンデルに差し向けた。
「いや…あきらめちゃ……ダメっすよ!!」
だが、そこで勢い良く舵を切るタモン。
目の前に姿を見せる、ゴーベの頂上部。
ついに到達したそこは、周囲よりもさらに厚い雲で真っ白に覆われていた。
綿を貫くような、音と柔らかな衝撃。
途端に見えなくなる視界。
そこは、どこまで続いているのか全くわからない、深き雲の世界だった。
「……確かに…飛翔艦なのね?」
そこでフィンデルは姿勢を崩さずに訊いた。
「…間違えるものか!
しかも、この速度じゃ……あと一分も経たずに接触するぞ……!!」
リードから洩らされる言葉。
途端に、タモンからは先の明るい表情が消え失せる。
「……ミーサ、聞こえる?」
シャロンの手から静かに取る声通管。
それは誰もが予想しない、フィンデルの言葉だった。
「―――源炉の出力を……低下させて。」
眼前の大窓の外は、深雲によって何も見えない。
それはまるで、今の全員の心中を表したようだった。
「ルベランセは落下しないだけの推進を保ち、この空域で停止。」
フィンデルは続ける。
「…ようやく………降伏する気になりおったんか…」
安堵の表情で、シャロンは汗を拭った。
「お嬢! 超・お手柄っすよぉ!!」
「ルベランセを無傷で……!!」
嬉々として浮かれるイールとムールをよそに、シャロンはまだフィンデルから銃口を外せないでいた。
「……ブリッジを制圧した合図、どうしましょうかねぇ…」
窓から真っ白な景色を見回すイール。
「こう雲が厚くちゃあ……この信号弾の光も見えるかどうか…」
懐から長い筒を出したまま、ムールが考える。
二人の言葉を聞き、シャロンは窓の外に注目した。
周りを囲む靄。
すぐ真下に見える、先ほど突き抜けた雲。
次の展開を予測し。
彼女は心臓の動きを詰まらせた。
「……あかん……!
11番艦に知らせ……ッ!」
時間的にも無理だと解っていながら、彼女は自然と二人に命令していた。
「…これは………『罠』や…」
瞳に、フィンデルがさらなる命令を下す姿が映る。
「―――源炉完全停止用意。」
◆ ◆
「……どうなっている?
オヴェル以外のウチの戦闘騎が全く見えなかったぞ…」
薄暗いブリッジで、団員の一人が呟いた。
「標的の速度も止まらない。」
別の一人も言う。
「やむをえん……。
降伏の意思が見えなければ、攻撃しろとの命令だ。」
「雲の中に入ったようだが……?」
団員達は、ブリッジ前方に座る念通士に目を向ける。
「分かっているだろう?
雲の中に入った標的の索敵は不可能だ。
様子は分からない。」
苦笑しながら答える念通士。
「構うものか。 見ろ。」
艦長の代理の者が視線を向けた。
迫り来る厚い雲。
そこには、ルベランセの航路を示す大穴が開いていた。
「標的の進入角度がわかる。
雲が厚いのが幸いした……!」
操舵士に『そこ』へ向かうよう指示をする彼。
「しかし、紅蓮様も太っ腹なことだ。
この最新鋭の飛翔艦を今作戦に用いるとはな。
よほど、オヴェルのことが可愛いとみえる……」
余裕から軽口の雑談を交わした、その時だった。
雲に飛び込んだ直後に認める、ルベランセの底部。
すぐに全身の毛穴が開いた。
「…お、面舵―――!!」
誰かの、その指示は間に合わなかった。
衝突。
ひしゃげる艦首。
「……ぎゃっ!!」
続けてブリッジを突き抜けてくるルベランセの装甲に、押し潰される念通士。
助けを求める者。
騒然となる団員達。
「下へ……逃げ……!!」
自分達の飛翔艦は抑えこまれ、岩をむき出した山頂に迫っていた。
目上のルベランセは、既に落下していたのである。
鋭く、早い衝撃。
最後に彼等に許されたのは、絶望の叫び声のみだった。
◆
「源炉、完全停止状態から最大出力へ移行!
これ以上の自由落下を、何としても回避せよ!!」
艦長席に掴まりながら、握った声通管に向かって必死に叫ぶフィンデル。
「相手を上から潰す? アホなっ……!!
こんな手が……!?」
シャロンも適当な機器に掴まりながら叫ぶ。
ヒビが入り、砕ける床のタイル。
(しかも航行中にエンジンを停止やと……!?
何故……こんな馬鹿げた指示に機関室の奴も従ってんねん!!)
飛ぶ書類。
「……上昇…!!
どうしたッ!?」
変わらない状況に、リードが吠える。
「もう……舵が効かないっす……!!」
握った舵を小刻みに震わせているタモン。
このままでは、ルベランセ自身も墜落する。
それは誰の目にも明らかだった。
下敷きにした艦の爆発が、激震となって襲う。
態勢を崩し、床に転げるタモン。
放りだされる舵。
咄嗟にそれを握ったのは、それまで脇で身動きひとつせずに座していたザナナだった。
「……どうすればいい。」
豹頭が唸る。
「と、とにかく、舵を真っ直ぐ引くっす!!」
倒れたまま、叫ぶタモン。
「…山を踏み台にして、飛び上がる感覚で!!」
フィンデルが命ずる。
敵艦と山頂に半分埋まった姿勢から、持ち上がるルベランセ。
ブリッジ前部の分厚いガラスに長い一本の亀裂が入り、そこから枝分かれする。
細かい破片が、足元に落ちて散った。
舵を握るザナナの上腕は膨れ上がり、血管を浮き出させる。
「………おおぉ!!」
わずかに動く舵。
彼は、直後に一気にそれを伸ばした。
同時に、皆の足が一瞬浮く。
「……やった!!」
歓喜の声を上げながら窓際に転がり、下の様子をうかがうリード。
だが、その声は一瞬にして消えた。
目下の惨状。
無残にも溶けたる飛翔艦の残骸。
そして、砕けた山脈の頭頂。
無論、相手の乗組員の生存は絶望的だった。
何よりも、自分達が押し潰した感触。
それが罪悪感として足元に残っていて、拭えない。
「おまえ―――ッ!!」
立ち上がったシャロンの銃口が、フィンデルの唇に突きつけられる。
「逃げる気なんて……毛頭無かったやろ……。
初めから……ここへ誘い込んで……相手を殺す算段だったんやろ…!!」
涙を浮かべて、訴える彼女。
「悪魔か……!!」
悪天候の利用。
鉄鋼などを積載し、質量に勝るルベランセが持ちこたえ、速度重視型の軽い相手飛翔艦が負けて潰れる道理。
全てが初めから計算だったのか、そんなことは解らない。
ただ、ゴーベという自然を利用して敵艦を轢殺するという、神をも恐れぬ背徳の策。
信頼できる仲間でありながら、フィンデルという人間を恐ろしく感じている自分が確かに存在した。
「あの時も……今も……飛翔艦には…何人乗っていると思うとるんや!!
…その命…おまえは一瞬で奪ってるんやぞ……!」
「確かに……戦争において、相手に降伏の余地があることが美徳とされていた時代があったわ。
私は、その時に編纂された兵法に触れて憧れ、軍隊に入った。」
彼女は淡々と返した。
「…でも、すぐに思い知った。
…空には逃げ場なんて無いの。
大地で戦うよりもずっと、人はあっけなく死んでいく。
空に出る者は、いつでもそれを覚悟しなけらばならない……。」
「ふざけるな―――」
シャロンが叫ぶと同時に、フィンデルは嗚咽した。
艦長席から崩れ落ちる寸前で、先と同じように肘掛けに掴まってこらえる。
「……おまえ…!」
呟くシャロン。
「…敵だけでなく…自分の心も殺してるんか……!!」
彼女の言葉に、フィンデルは力無く笑った。
◆ ◆
4
◆ ◆
祭りの初日は終焉を向かえ、騒ぎは最高潮に達していた。
巨大な炎の梯子の周りを踊り狂う民衆。
空に打ちあがる花火が、お互いの顔を眩しく照らす。
身体を寄せ合わなければ、お互いの声も届かないほどの太鼓と笛の音。
そんな場違いな熱狂的な空気の中。
三人の騎士は、広場の最後方にぽつりと空いていた粗末なテーブルに陣取っていた。
「楽しんでんのかよ?
え、マクス?」
アルコールで顔を真っ赤にしながら、ヂチャードがマクスに絡む。
「………ああ。」
特に迷惑そうな表情も浮かべず、マクスはただ答えた。
手にしたカップに注がれた、深井戸の新鮮な冷たい水。
自然豊かな風景と幻想的な祭の雰囲気。
彼にとっては、それだけで十分だった。
「マクス様……そろそろ止めてあげて下さい。
これでは、明日の任務に差し支えます…。」
傍らで、クゥが耳打ちする。
「なに、こいつは意外と気を使う人間でな。
飲めない私の代わりに飲んで、さらに私達を楽しませようとしているのだ。」
そう言って、彼は笑った。
「もしも、明日体調がすぐれないと言ったら、休ませてやればいい。
実際は警護するほどのことも起こるまい。」
「……!!」
平然と答えるマクスに、クゥが顔を強張らせる。
「こらそこぉ!
なに二人で…こそこそ話てるんだぁ?
もしかして……会ったばかりで、もうデキてんのか? ……うぷぷ。」
そんなやりとりも知らず、テーブルの上に片足を乗せ、下品な笑いを浮かべながら
ビールをがぶ飲みするヂチャード。
彼の泥酔した様子に、いったん口を半開きにしたまま呆れ返る二人。
「まあ……いいや。
しかしタダ酒ほど、うめぇものねえな……まったくよ……。
…おかわり……してきまーす…」
そして独りで呟き、おもむろに腰を上げる彼。
「……どうして…そんなことを言うんですか?」
千鳥足のヂチャードの姿が視界から完全に消えてから、クゥが強い口調で言った。
「そんなこと、とは?」
意外そうな顔で、返すマクス。
「明日、平然な顔で『休めばいい』などと言えば、彼は自分を責めると思います。
『自分はいなくてもいい、その程度の人間なのか』って。」
「そういう意味で言ったのではない。
いざという時に助けてやれず、何が仲間かと……」
「それは、貴方が勝手に思うことです。
相手は、決してそうは受け取らない。
だってそうじゃありませんか!?」
マクスの言葉を制し、より一層、語気を強める彼女。
「一方的な優しさなんて……逆効果です…。
そんなの…本人がみじめになるだけじゃないですか!!」
そして、ついに声を荒げた瞬間、クゥはそこで固まった。
「……すみません…!
平民風情が……」
直後、恐縮する。
「いや……。 まさにその通りだ。」
マクスは、感嘆の表情で腕を組んだ。
「私は、昔からそういう方面に鈍くてな。
取り柄といえば、武芸くらいだ。」
彼は自嘲しながら、美しい銀の瞳でクゥの顔を真摯に見詰める。
「おかげで親しい者に対しては、良かれと思った行動をしてしまうことがある。
…今後は、気を付けよう。」
彼の穏やかな表情を前に、彼女は自然と両の手に力が入った。
「…なかなか鋭いようだな、君は。
何より人への思いやりが深い。
これからも……色々なことを教えてもらいたいものだ。」
さらに、深く頭を下げるマクス。
とても身分ある騎士の言葉とは思えなかった。
そして対等の扱いともとれる、彼の態度。
だがクゥは、警戒を全て解くことができずに無表情を保ってしまっていた。
妙に汗ばんだ手で、テーブル上のカップを握る。
揺れる水面。
一際大きな花火が上がった。
わあ、という人々の歓声。
だが、『それ』に気付く人間は二人以外にいなかった。
立ち上がるクゥ。
確かに花火と同時に、背にした森の奥から、鳥や小動物の鳴き声が反響した。
マクスの目が、森林の闇中をなぞる。
それはその先で、国境にそびえる山脈と繋がっていた。
「……見えませんよ。」
その頂上を見上げようとする彼に、クゥは言った。
「ゴーベの山頂は…いつも天候が悪いですから……」
目線で示す彼女。
言うとおり、山頂付近は黒の絵の具で塗りつぶしたように途中からは星空が見えない。
「……嫌な予感がする。
教会へ……戻るぞ。」
マクスの言葉に、クゥは無言で頷いた。
◆ ◆
轟音と共に、真昼のように明るくなった山頂。
炎が付いたまま飛び散っている鉄の装甲が、頭上に降る。
視覚の大半を失っても。
出撃前にフィンデルと会話を交わしたジンにとって、その光景を想像するのは容易かった。
火山のように熱くなったゴーベを昇っていく、残った四機の戦闘騎。
各々(おのおの)が、脇に沈んで堕ちていく飛翔艦の残骸を目のあたりにする。
「……なんだ?
…これは………失敗…!?」
彼女を襲う、理解の及ばない状況。
だが視界に飛び込んできた変えようの無い『現実』が、オヴェルに判断を下させた。
「…こうなったら……直接……堕としてやるよ……!!」
さらに上へと飛び出す赤い鋼鉄の巨体。
すぐそれを追う、ジンの零式。
「邪魔だ!!」
怒りにまかせて、体当たりを仕掛けるオヴェル。
そして、それを上手くかわしたジンに照準を合わせ、機銃のスイッチに指をかける。
「!?」
だが、相手の機体の中から両手出して構えている世羅の姿を見て、彼女は足のペダルへと意識を変えた。
「―――《源・衝》!!」
目の前に広がる光弾。
寸前でかわし、無様な螺旋を描きながら、山靄の中に消えるオヴェル。
「やった!?」
身を乗り出し、確認する世羅。
だが、その様子は既にうかがえない。
「……いや、おそらく…」
ジンは警戒しながらも、少しでもルベランセへと近付くため、垂直に上昇を続けながら周囲を見渡す。
後ろには、戒の戦闘騎。
さらにその背後に、白い蒸気が上がった。
疲労から、うつろな目をした戒は全く気付いた様子は無い。
無理な態勢で、世羅が後ろに手の平を向ける。
「……《源・衝》!!」
放たれた光弾を、今度は最低限の動きで避けるオヴェル。
「馬鹿め……二度同じ手を…食うか!!」
彼女は、改めて戒へと照準を合わした。
「………!?」
そこで背後の敵機に感づいた戒。
しかし、身体は反応出来なかった。
前方のジンが迷う。
ルベランセを守るためには、ここで反転すれば致命的になるのだ。
だが、次の瞬間。
撃つのも忘れ、狼狽するオヴェル。
そしてジンも彼女と同様の表情で、空の後部座席と、そこでバタついている安全ベルトを見詰めていた。
両者の空間には、ためらいもせずに空に身を投げた世羅の姿。
「《源・衝》ッ!!!」
至近距離から、オヴェルの右翼をもぎ取る光弾。
しかし機体自身は、勢いのついた速度のため、その衝撃から持ちこたえて上昇は続いている。
対照的に落下していく世羅。
ジンは何も出来ないまま、ただそれを眺めていることしか出来なかった。
細い腕が泳いだ。
目の前で大きな影がトンボを切る。
その瞬間、手首からの衝撃が全身を伝わった。
腕を伸ばしたまま、戦闘騎から乗り出す戒の姿。
空中で繋がった二つの手。
「……戒!!」
互いの腕が、嫌な音を立てて軋んだ。
「離して!
腕が……戒の腕が…ちぎれちゃうよぉっ!!」
「うるさい…!!」
彼の言葉に、彼女が口を結ぶ。
「……っ!……くそがーーーーーーッ!!」
操縦も忘れ、叫んだ。
彼女の長い手袋をしっかりと引き持つ彼の手。
その指の天命の輪が輝くと、肉と筋が悲鳴をあげていた手首から、痛みが引いていくのを世羅は感じた。
「戒……」
伝わる、鈍い骨の音。
機体が世羅の落下に追い着き、軽めの身体がふわりと、狭い操縦席に収まる。
戒は彼女を、そのまま強く胸に抱いた。
「……リボンは……どうした…」
髪を乱した世羅に、かすれた声をかける。
「ジンが……怪我したから…あげたんだ…。
…戒の分が…無いから……ボク…」
紫色に腫れあがっている、彼の手首に彼女は擦り寄った。
◆
驚きと共に安堵をするジン。
それも束の間、追われる形になった戦況に意識を戻す。
「次は……てめえだ!!」
下の二人の様子には全く気付かずに、自分に向かって狂走するオヴェル。
放たれる、速度と怒りに任せた銃撃。
ジンは回頭して避け。
それと同時に背後に付き、撃ち込んだ弾がオヴェルの機体を抉った。
だが装甲の厚さで、致命傷にはならずに彼女は飛び続ける。
その速度は留まるところを知らず。
満身創痍だが、今の彼女ならば執念でルベランセを堕としかねない。
そんな、凄味をジンは感じていた。
その時、思いもしない『正面』という方向から、飛行してくる機体。
バーグの戦闘騎。
(…いつの間に…?……さっきの隙に回りこんでいたのか!?)
ジンが目を見張る。
それは天から振り下ろされる、一筋の剣閃。
「どいつもこいつも…!
何故こうも歯向かって―――!!」
首を捻じ曲げ、迎え撃つオヴェル。
戦闘騎の先端の機銃と、残った左翼の砲台が火を噴いた。
軽い金属音の連続。
わずかに機体を持ち上げ、頑丈な部位で防御したバーグの機体はまるで速度を失うことなく、
真っ直ぐ突っ込んでくる。
相手が一弾も撃っていないことに気付き、彼女は目を剥いた。
(こいつ…まさか―――!?)
その『狙い』に、気が付くのが遅すぎた。
焦りと混乱の中、操縦桿を傾けて回避運動を取ろうとする彼女。
しかし、先に奪われた片翼がそれをさせなかった。
(…こちとら……もうとっくに全部撃ち尽くしてんだよ……。
…これしか…ねえんだ……!!)
バーグが操縦席で前のめり、相手を見定める。
きしみ、細かく震える機体。
急激な上昇と下降。
機体も自身も限界であった。
全身の感覚は麻痺し、寒さも何も感じない。
不意に機体がわずかに浮いた。
正面から突っ込むはずが、軌道が上に逸れる。
二機が上下ですれ違う、その刹那。
それは刃を重ねるが如く。
バーグの戦闘騎の鋭利な腹部が、赤い機体を縦に薙いだ。
「……!……!!?」
オヴェルは内部がむき出しになった、自分の機体の断面図を上に凝視した。
自分は何故か、ゴーベへと墜ちていく空の中にいた。
その空間だけ時が止まったように、吹き飛んだネジの一つ一つまで、目で確認することが出来る。
自分の身体だけがゆっくりと落下し、意識が遠ざかっていくのがわかった。
何かを叫ぼうと、喉を震わせる。
しかし吐き出されるのは、凍りつく息のみ。
―――彼女、オヴェル=ハイマンは墜落した仲間達の残骸の中に消えた。
◆
「やった……!」
戒と世羅が同時に呟く。
前を行くジンも、ゴーグルを上げて勝利を祝った。
「―――!?」
「バーグ?」
だが一人だけ、速度を落とせずに垂直落下していくバーグの機体。
戒は、痛めた手で操縦桿を握り締めた。
ジンも今度は方向を転換し、追いかける。
「バーグ!!」
世羅の大声に目を開ける彼。
下降している自分、そして周囲を見回す。
「なにやってんだ、ヒゲ!!」
「へ……歳だ…!
腕が……痺れて動かねえ!!」
笑いながら受け答えるバーグ。
しかし、戒は真剣な眼差しで自分を睨んでいる。
さらに脇に現れるジンの姿。
彼等は、自分の戦闘機の下部に潜り込み、方向を変えようとする。
だが素材の硬さに、音を立てて散る二機の装甲。
「…やめろ! もたねえぞ……!!」
バーグは慌てて叫んだ。
「……やめてくれ!!
…ここまできて、お前らまで死ぬことはねえ!!」
火花と共に翼が折れかける二機。
「…死なないよ、誰も……。
……ううん……死なせないんだ!!」
その操縦席から立ち上がった世羅。
彼女と三機の周囲には、源の粒子が集まっていた。
◆ ◆
厚い雲を抜け、広がる星空。
周囲は不気味なほど静かであった。
「……どうなっているんだ…戦況は……!?」
呟くリード。
「反応が……」
索敵を続けていたメイが、声を失った。
「……戦闘騎の反応…!
たった一機……だと…!?」
続けて気付いた彼も叫ぶ。
「……きっと、オヴェルや……!
はよ…飛翔艦を……止め…」
多量の汗をほとばしらせながら、シャロンが言いかけた。
「……いや…。
…フィンデルの…勝ちだ。」
後方を覗き、呟くザナナ。
「…………あ!!」
イールとムールが彼になぞり、窓の外で目撃する。
雲を突き上げて姿を見せる、それは、源法術の氷で頑丈に接合されている三機の戦闘騎だった。
「…そういうわけか!!」
機体状況は最悪の様子ながら、彼等が格納庫へと無事到り着いたのを確認。
リードが念通球を握りしめる。
「………オヴェル……。
やられたんか……おまえが……」
シャロンの手から下がる銃。
「………。」
勝ち誇りもせず、フィンデルは淡々としていた。
「……お嬢…。」
「……オレら、出ます。」
イールとムールは背筋を直しながら、シャロンに近付いた。
「……よせ。
…もう…あたしらの負けや……賭けも勝負も……」
「なに言ってるんですか?」
「オレ達は…炎団ですぜ?
賊は賊らしく、最後まで悪あがきしましょうよ。」
二人の様子に、目を見開く彼女。
「……なに言うとんねん…おまえら…」
「一応、オレらにも用意した『最後の手段』ってのがありまして。」
「ブリッジもお嬢が占拠してる。
依然として、うちらの方が有利じゃないですか。」
静止も聞かず、ブリッジの扉を開く彼等。
「いつか言いましたよね、お嬢……。
火は、青い炎の方が温度が高くて熱いんだって。」
「やるんでしょう?
いつか……炎団の全てが青く染まるまで。」
二人は笑った。
「この期に及んで………あきらめが悪いぞ…お前ら!!」
唸るリード。
(そんなこと……)
(重々承知なんだよ……!!)
彼に対し、心の中で返しながら足を踏み出す二人。
「炎団…青組……行くぜ。」
全身スーツとゴーグルを直す。
二人は同時に、ぴしゃりと頬を張った。
片方の目に、シャロンの顔。
もう片方の目に、長い廊下が広がっていた。
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第二章
第四話 『背徳の策』
了
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