ゆきめ
「ピンポーンピンポーンピンポーン」」
どきりとした。
寝起きのチャイムは心臓に悪い。
「俺だよ俺」
インタホーンにでると友達の弘樹の顔が映っている。大福餅みたいなのっぺりした顔に、妙な笑みを浮かべている。
ああ、そういえば、今日は奴も来る日だったな。
「隆志、今日は大学に行かないのか? 」
「ああ……面倒くせえからいかね」
法螺大学の経済学部に通う、同じ3回生の前沢弘樹。経営学のゼミで知り合ってから、時々、俺の住処の賃貸マンションに押しかけてくる。今日は、3ヶ月ぶりの訪問になるか。
「なににやついてるんだよ」
俺が無精髭を鏡を見ながら剃っていると、奴の馬鹿面が目に入った。
「お前の部屋の扉の前にさ、お盆に温かそうなうどんをもった白いワンピースを着た美人が来てたぞ」
「ああ、そうか」
「同じマンションに住む女か? お前いつの間にご飯をつくってくれる女できたんだよ」
「放っておけ」
「いいなあ」
気楽な顔しやがって。
女ができたらできたで大変なこともあるんだよと、言いかけたがその言葉を飲み込む。
「ゆきめは帰ったのか」
「あ? ああ、俺が来たら恥ずかしそうに、一礼して、帰っていったぞ。」
「そうか」
ゆきめと知り合って、3ヶ月近くになる。
白い透き通った肌、美しい目鼻立ち。あんな美人に毎日飯を作ってもらえる。
それは他人からみれば、幸せなことなんだろう。
しかし、俺にとっては面倒くせえ女だ。
ゆきめ、漢字に直すと雪女。彼女にはぴったりの名前だ。
雪女は、常に「死」を表す白装束を身にまとい、目をつけた男に冷たい息を吹きかけ、凍死させたり、男の精を吸いつくして殺すと伝説にはある。
容姿はもちろんだが、嫉妬深く、執念深い性質のゆきめは雪女と瓜二つだ。
俺が少し他の女と話していると、すぐに駆けつけて、女を罵倒する。
――近づくな、この人は私の彼氏です。
時間通りに家に帰ってこないと浮気を疑う。
――遅いじゃない、なにしてたのよ!
はあ、面倒くせえ、まとわりつかれて大変だ。
それに毎日、飯を届けるおせっかいも鬱陶しい。
他の奴らはどうかはしらないが、俺にこんな女は扱いきれねえ。
カツン……
「あれ、なんの音だ? 」
「さっきのうどんを置いてきたんだろう、ちょっくら取ってくるわ」
「そうか、羨ましいな」
「なんならお前に紹介するぞ」
「本当か? 」
「嘘だよ、相手にも選ぶ権利がある」
「だな……ハハハ」
俺は玄関でサンダルをつっかけ、扉を開けた。
視線を落とすと、お盆の上にあるお椀にだし汁とうどんが入っている。
白い煙が立ち昇っていて暖かそうだ。
うどんを避けて通路に出ると、柵越しに、前の道路にいるゆきめの姿がみえた。
手を振っているが、俺は振り返さない。
名前も知らぬストーカーに付きまとわれるのはもううんざりだ。俺にも選ぶ権利があるんだ。
う~ん、難しい。