20話
今回もミーゼル回です
ミーゼル視点
「はぁ…はぁ…はぁ」
仮想の汗が髪を伝って目の前を落ちる。
周囲の温度は吐き出す息が白くなるほど低というのに私の体には玉の様な汗が浮かび戦闘服がぐっしょりと湿っている。
そして汗がさらに体温を奪い立っているだけでどんどんと体力を奪っていく。
「はぁ…はぁ…すぅ」
乱れ切った呼吸のまま無理やり息を吸い右側から飛んできたものに手に持ったショットガンの銃口を向けてトリガーを引く、ドガンと発砲音が鳴った瞬間にミスリル製の散弾が全弾飛んできたものーー魔物ジャックフロストに命中し氷でできた表皮を破砕しながら吹き飛ばす。
右側から来たジャックフロストが数メートルほど吹き飛んで地面に落ちた瞬間逆側からもう一体のジャックフロストがとびかかってくる。
私は体を反転させるとトリガーを引いたままのショットガンのハンドグリップをコッキングして二射目を撃つ、軍で採用されているポンプアクション式のショットガンは全てスラムファイアが出来ると基礎訓練時に聞いていたからこそできた事だ…ちゃんと聞いててよかった。
左側からとびかかってきたジャックフロストも散弾を食らって絶命したようで合格の表示が出る。
死体のジャックフロストを見つめる、氷でできた獣の姿でその前足には30cm近くある氷の爪、見た目は氷だがその硬度は魔力により通常弾であれば対物ライフルの徹甲弾すら弾くという。
私の両親を殺した魔物…対峙したとき平静を保てるか不安だったが戦闘した今はなんてことなかったなと思う。
それは私が全ての記憶を失ったからだろうか…そこまで考えてジャックフロストから視線を外そうとしたときジャックフロストの顔が目に映る。
頭痛を感じ顔を顰めたところで現実へと意識が引き戻された。
起き上がると目の前に立っていた教官が水の入ったボトルを渡してくれる。
時計を確認すると時間はまだ16時を過ぎたくらい。
「お疲れさま、だいぶ早かったが追加の訓練は時間的に無理だな」
私と同じように時計を見ながら言う教官
「そうですか」
「今日も終わったら自由にしてていいそうだ」
「わかりました」
私は椅子に掛けていた上着を羽織ると訓練室を辞去する。
お腹はすいているのだが、もう少し待って晩御飯にした方がよさそうな時間だな…苹果さん達は今日は警備任務だと言っていたので夜まで帰らないだろう、ということは当然シリウスもいない。
他に知っている人がいるわけもなくどうやって時間を潰そうかと考えながら基地内をぶらぶらと歩いているとトレーニング用のスペースで走り込みや腕立てをしている人たちが目に入る。
ふとシミュレーション中自分の筋力のなさから苦労したことを思い出して多少は自分を鍛えるべきだろうと思い筋トレで時間を潰すことにした。
腕立て…となると右腕のせいで腕力バランスが悪い上にあまり効果のあるものではないだろう。
じゃあ腹筋でもとふと視線を向けた先に鉄棒に足をかけて腹筋をしている人たちが目に入る。
20回くらいならできるかな?
そう自分の筋力に淡い期待を抱きつつ上着を脱ぎ鉄棒に上って足をかけてぶら下がる。
すると周囲から「おお!」という歓声。
周囲の男がほぼ全員こっちを向いている。
その視線の先にはシャツが捲れ上がって露出した私の胸
「ひっ」
気づいた私は掛けていた足を外してそのまま飛び降り空中で体を捻り着地してとごろごろと転がって衝撃をころす。
一連の動作を見ていた周りの人からこんどは別の意味合いの歓声が上がるがそれどころじゃない、私は近くに置いていた上着を拾ってその場から逃げ出す。
建物の陰で頭を抱えて恥ずかしさに悶えていると端末にメッセージが来たのか上着のポケットが振動する。
「ひうっ⁉」
突然のことに一瞬びっくりするがポケットの中に入った通信端末の存在を思い出してすぐにポケットから取り出して確認する。
差出人はサクヤ主任、私の義手を作った人だ。
メッセージの内容は義手の電気信号伝達用ナノマシンの調整が終わったので仮の物と入れ替えるので時間があるときに研究棟に来るようにというものだった。
端末の端に表示されている時間を確認するとまだ16時半前、どうせやることも無いし今から行くとしよう。
サクヤさんには今から行きますと返信して研究棟へ移動する。
サクヤの部屋と書かれた場違いなプレートの掛かった部屋をノックすると
「どうぞー」
と間延びした声、部屋に入るとサクヤさんは椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。
「どうも」
「待ってたよ」
そう言って手で椅子に座るように勧めてくる、私が座ったところでサクヤさんは立ち上がる。
「コーヒー飲む?」
「はい」
「砂糖は?」
サクヤさんがコーヒーをマグカップに注ぎながら聞いてくる。
「7つで」
私が答えるとサクヤさん一瞬驚いた顔をしながら角砂糖をマグカップに7つぽとぽとと入れていく、
スプーンでマグカップの中身を数回かき混ぜて一瞬何かを考えてからそのまま私にマグカップを渡してくれる。
マグカップのコーヒーをスプーンでぐるぐるとかき混ぜながらサクヤさんがPCを弄っているのをぼーっと眺める。
微妙に砂糖の溶けきってないコーヒーを啜っているとサクヤさんが準備ができたらしく手招きしてくる。
作業台の前の椅子に座るとサクヤさんがいくつかのコードを義手に繫げていく
「一回感覚切るわね」
「はい」
私の返答と同時にサクヤさんがキーボードのキーを押下すると右腕の感覚が無くなる。
サクヤさんはPCを操作してから机の上の注射器を私に渡してくる。
「それが新しいナノマシン、入れた後少し調整したら今日はおしまいよ」
「はい」
答えてから私は左手で自分の首に注射器を当ててインジェクションボタンを押す。
プシュッという微かな音と首に微かな痛み、昔の注射器は針を刺して内容物を注入するもので子供は恐怖に泣き叫んだなんて話をどこかで聞いたものだけれど本当なのだろうか?
そんなことを考えているとサクヤさんはまたPCを操作すると右腕を動かすように言われる。
指を順番に動かしたあと腕全体を動かして調整を進めていく
「違和感はない?」
「はい」
「よしじゃあこれでおしまい、また来月今日取ったデータをもとに新しい義手とナノマシンを作るからそのつもりでね」
「来月ですか、ずいぶんと速いですね」
「まぁ今の義肢ってあくまでも欠損した部位の代替が目的だけど貴方のつけているのは兵器としての機能拡張が目的だからね、そのためにどんどんデータを集めていかないと…貴方のその右腕もそのうちだんだん物騒な機能がつくわよ?」
そんなことを笑いながら言うサクヤさん、まぁ無償で着けてもらっているのだから文句はないが笑い事ではない。
このままサクヤさんも休憩に入るらしく用がないのに長居するのも悪いので辞去する。
夕食までどうやって時間を潰すのか考えたが特に思いつかず休憩所のベンチに座って空を眺める。
聞いた話では明日にはどこかの隊に配属されるらしいがどこに配属されるのだろうか、シリウスとすぐに会えるような配属先だといいな…。
だいぶ暖かくなった春の風を感じながらそのまま目を閉じた。