13話
タイタンとの戦闘が終わって数分後、現在私は小隊と合流して隊長に報告を済ませヘリを待つ間特にすることも無くぼーっと救助された少女を眺めていた。
視界の端に映る自分の髪の色が気になって何度目かの溜息を吐いたとき、真っ白い犬とじゃれていた雛鳥がいつの間にか隣に立っていたことに気付く。
「また染め直すの手伝え」
「はい」
それだけ話すとまた少女に視線を戻す。
遠くでバタバタとヘリの羽音が聞こえて、もうそろそろ到着かなどと考えていると
「…ん」
少女が意識を取り戻したらしくゆっくりと目を開ける。
「アリサ少尉」
「はい?」
白い犬を触ろうとして吠えられまくっているアリサ少尉を呼ぶ。
「私…痛っ」
「っと、まだ安静にしてて下さいね」
起き上がろうとした少女をアリサ少尉が押さえながら言う
「私…魔物に…」
「ええ、この人とそこの犬と遊んでる人が負傷しているあなたをここまで」
「そうですか…ありがとうございます」
そう言いながら少女が私を見ると目を見開いた。
「その髪…」
「ん…?あぁ…変な色でしょ?」
「いえ…とても綺麗です。」
自嘲気味に言った私に微笑みながらそういうとすうすうと寝息を立てはじめた。
「綺麗か…ふふっ」
ぽつりと呟いた私の言葉は風切り音を立てながら降りてきたヘリにかき消された。
数時間後、
第三小隊は他の部隊に避難民の救出を引き継いだ後基地へ帰還し報告を終えた。
このまま休んでいいと通達があったので、そのまま解散して私は自室でぼーっとしていた。
ふと自分の髪をみて数時間前のことを思い出してふふっと笑うと、時計をみてそろそろご飯にしようかと考える。
私が椅子から立ち上がったところでタイミングよく自室のドアがノックされる。
「どうぞ」
そう言うとドアを開けて入ってきたのは雛鳥だった
「お嬢、髪染めを買ってきました」
そう言って手に持った袋を見せてくる。
そうだ、完全に忘れてた。
「雛鳥、すまないが髪染めはもういい」
「え?」
「羅刹を使うたびに染めるのも面倒だからな」
適当にこんなことを言うと雛鳥は
「そうですか」
とただ一言嬉しそうにそう述べるとそれ以上追及してくることはなかった。
「そんなことより、もうそろそろいい時間だし食堂に晩御飯食べに行こうか」
「はい、あ、そういえばサクヤさんが後で研究棟に顔を出すようにと」
「わかった、じゃあいこうか…ってその犬ずいぶん懐いたな…」
部屋から出ると雛鳥の後ろに白い犬がちょこんと行儀よく座っている。
「ええ、あの少女にずっとついていて言うことを聞かなかったらしいのですけど…僕の言うことだけは何故か聞いてくれるみたいで…」
「あぁ…なるほど仲間だと思われたんだな」
「おそらくは…」
そんなことを話しながら犬を連れて二人で食堂へ行き食事を済ませた後そのまま研究棟へと向かった。
研究棟の22階、明らかに場違いなプレートの掛かったドアをノックする。
「開いてまーす」
少し間延びした声を確認してドアを開ける。
「失礼します」
「あ、苹果少尉ちょうどいいところに…ちょっとそのへん座って待ってて」
何かの作業中だったようだこちらを確認することなくそう言う。
言われた通り椅子に座って待つこと数分。
「おまたせ、ってその子」
作業を終わらせて振り向いたサクヤの視線の先には白い犬
「今日救助した女の子にずっとついてた犬なんですけど、治療の間懐かれた僕が預かることになりまして」
そう説明する雛鳥に
「その子、犬なんかじゃないわよ」
とくつくつと笑いながら言うサクヤ
「その子、フェンリルの幼生体よ、成体になれば車くらいの大きさになるわよ?」
そういいながら見せてきた端末には魔物の資料、書かれている特徴や画像は目の前にいる白い犬に当てはまる。
「このまま置いとくのも問題ですかね…」
「研究目的で軍用犬として申請だしちゃえば通るんじゃない?救助した女の子に連れて帰らせるのはちょっと問題あるかもしれないけど…まぁそんなことより」
と話を切り替えるサクヤそんなことで済ませていいのか…
「苹果少尉のロングソードのことなんだけど、これはもう駄目ね、熱で芯が曲がっちゃってるから」
言いながらサクヤが作業台から持ってきたのは私のロングソード
「そうですか…」
結構気に入っていた物だけにたったの一戦で使えなくなってしまったのは少し残念だ。
「そこで新しい装備なんだけど…っとこれなかなか使えそうかなと思って」
サクヤがずりずりと作業台の上を滑らせながらこちらに見えやすい位置まで移動させたのは
「タイタンの腕?」
「ええ、本体は跡形もなくなったみたいだけど…回収した腕の1本を研究用に回してもらえたの、ちょっと見ててね」
そう言うとサクヤは横にあったマチェットでタイタンの腕を叩く、すると戦闘で見せた強度が嘘だったかのように深々とマチェットが食い込む。
「これは…」
「それじゃ苹果少尉ちょっとこれに魔力流してみて」
嬉しそうにタイタンの腕をぺしぺしと叩くサクヤに言われるままタイタンの腕に触れて魔力を流す。
そして先ほどと同じようにマチェットをタイタンの腕に叩きつけるサクヤ、しかし今度はタイタンの腕にマチェットが食い込むことはなくバキンと甲高い音を響かせてマチェットが折れた。
「なるほど…流した魔力によって硬化する表皮か」
「ええ、解析したらまぁそれだけじゃなくて表皮の下が流体になっていてさらにその下が表面と同じ物があってその下が普通の生物と同じ筋肉やら骨やら…」
「流体?」
「そう、流体、中身が詰まってるわけじゃなくてある程度流体が中を移動する構造ね…ショックレスハンマーみたいな」
「なるほど」
「そんなわけでこれを苹果少尉の新しい装備に使ってみようかと」
「それは願ってもない話だけど」
「それで呼んだ理由なんだけど、装備は前と同じロングソードでいいのかしら?なにかリクエストがあるなら聞いておこうと思って」
どんな武器にするか…あのロングソードを選んだ理由は重さのバランスと長さだ、一番使いやすい武器と言えば刀が頭に浮かぶ。
「それだったら刀が良いわ、長さと重さのバランスはあのロングソードぐらいで」
「分かった、じゃあ完成したら連絡するわ」
「ええ、それじゃあよろしく」
「要件はこれだけ、この子、隊で使うなら私に言ってくれたら申請してあげるから」
白い犬改めフェンリルの頭を撫でながらサクヤが言う、サクヤには懐いたようだ。
「分かったわ、それじゃあ失礼するわ」
「はいはーい」
手を振りながら作業台に戻るサクヤを見ながら辞去する。
研究棟を出たところでこの後はどうしようかと考えて救助した少女のことが頭に浮かぶ。
今日はそっとしておいた方がいいかもしれない…明日は施設復旧等の関係で第3小隊は休みらしいので明日にでも病室を尋ねよう。
自室の前でフェンリルを連れた雛鳥と別れる。
手早くシャワーを済ませてベッドに潜り込む、お世辞にも寝心地がいいとは言えない硬いベッドの布団の中で今日はよく眠れそうだと思うのだった。